閑話 「明が奉る! 完全なる力よ、我に宿れ!!(スーパーマジカルパワー・グロウアップ)」
「・・・お? おお!! やった!! 成功! 成功ですよ!!」
書物を片手に魔法陣を弄り回していたハリハリは、笑顔を浮かべて快哉を上げた。周囲には書き損じの魔法陣もどきが散乱しており、ハリハリがこの魔法を作り出すのにいかに苦労したのかを物語っている。
「これは早速メイ殿に試して貰わないと!! ・・・ああ、でもあの様子なら今日は無理ですかね・・・?」
ドアに駆け寄ろうとしたハリハリだったが、外で鍛練をする子供達を見て足を止めた。丁度窓から見える場所で子供達が悠に絞られていたが、どの顔も疲労の色が濃く、新魔法を試すには決して良いコンディションとは言い難い。
「集中力の問題もありますし、ここはせめて夕食後にした方が良さそうですか・・・ヤハハ、こんなに心躍るのは久方ぶりですねぇ」
そう言ってハリハリは魔法陣を記した紙を片手に、踊るような足取りで部屋を後にしたのだった。
「終わったーーー!!!」
「いたた・・・やっぱり悠先生は強いよ・・・こんなので僕達、外でもちゃんと戦えるのかな?」
風呂から部屋に戻るなり、ベッドに大の字になって横たわった京介が叫び、その隣では始が肩の辺りを擦りながらベッドに腰掛けた。そろそろ10か月が経過するが、未だに悠との模擬格闘では一発も入れる事の出来ない毎日が続いていたのだ。
「もっと工夫する必要があるのは間違い無いけど、それ以前に私達の力が足りないわ。当分は悠先生とやり合ってもただ叩きのめされる日々が続くでしょうね」
「うえぇ・・・私尻餅付いてばっかりだからそろそろお尻が大きくなっちゃいそう・・・」
樹里亜が現状の自分達の力を冷静に分析し、肩を竦めて白旗を上げた。少し離れたベッドに座る朱音は何度も尻餅を付かされて痛む尻を擦って愚痴っている。
「大丈夫だよ、朱音ちゃん~。朱音ちゃんのお尻は元々大きいから~」
「ちょ!? いくら友達でも許さないわよ神楽!!」
その発言に怒った朱音が神楽に飛び掛かったが、神楽も口調とは違い素早い身のこなしでひょいとそれをかわして笑っている。全く動く事の出来なかった10か月前とは段違いに成長はしているのだが、悠があまりに強いせいで皆中々それを実感出来ないでいたのだ。
「とにかく、私達には悠先生を詰める為の手札が足りないのよ。何か一手、悠先生が対処に手を取られる攻撃が無いと・・・」
「あたしが『敏捷上昇』をフル活用して追い込むのは?」
悩む樹里亜に神奈があっけらかんと口にしたが、樹里亜は首を横に振った。
「ダメ。神奈は確かに一番の戦力だけど、悠先生なら対処出来るし、そもそも全力で使ったら10秒も持たないでしょ? それに、この前教えて貰った『双竜牙』だってまだ使いこなせてないじゃない。もっと悠先生の気を引ける、特大の技が必要なのよ。でも、一番火力のある京介の魔法でも悠先生の結界どころか私の結界も抜けないわ。目くらましじゃ一瞬の効果しかないし・・・やっぱりハリハリ先生に相談した方がいいかな・・・」
と、そこにドアがノックされる音がして、悠とハリハリが入室して来た。
「やぁ、皆さん絞られてますね、ヤハハ」
「明、ちょっといいか?」
「ん? なぁに、悠お兄ちゃん?」
悠に呼ばれた明がトコトコと悠に歩み寄った。
「実は明専用の魔法が完成したから、夕食の後で俺とハリハリの立ち合いの下で実験してみようと思う。体は大丈夫か?」
「え!? 出来たんだ!! やるやる!! 明、今すぐでも出来るよ!!!」
やる気を見せる明だったが、ハリハリがそれを押し留めた。
「ヤハハ、気持ちは嬉しいのですが、これまで失伝していた様な魔法ですからね、念には念を入れて万全の状態で行いたいのですよ。だから今は休んで下さい」
「ちぇー。・・・分かった、明もう寝るね?」
「ああ、そうしてくれ。そういう事情だから今日のマッサージは明からだ」
「やった!! お願いしまーす!!」
そのまま空中で横回転しながら明が素早くベッドに戻り、そして悠がマッサージを始めるとすぐに夢の世界へと旅立っていった。
「いいなぁ・・・私には専用の魔法が無いし・・・」
「いやいや、恵がこれ以上何でも出来る様になっちゃ、あたし達の立場が無いじゃん!! な、樹里亜? ・・・樹里亜?」
羨ましそうに呟く恵に神奈が突込みを入れて樹里亜に同意を求めたが、当の樹里亜は今のハリハリの発言に気を取られていて気付かずに何事かをブツブツと呟いていた。
「明の専用魔法・・・成長して実力の底上げ・・・もしかしてこれなら・・・」
「おい、樹里亜! 樹里亜ったら!!」
「何よ、煩いわね」
「うるっ!? ちゃんと人の話を聞けよな!!」
神奈が熱くなって樹里亜に食って掛かったが、樹里亜はさらりと流してベッドに横たわった。
「ほら、もう寝てる子も居るんだから静かにしなさい。起こしちゃ可哀想でしょ」
「何だよ、急に・・・そもそも一度寝ちゃったらご飯の時間まで起きるもんか・・・」
ブツブツと文句を言いながらも、神奈はベッドに横になった。樹里亜はそれには構わずに自分の思考に更に深く潜り込む。
(もしその魔法を皆に掛ける事が出来れば、飛躍的に戦力を増強出来るわ。ドーピングみたいなやり方だけど、正攻法でダメなら搦め手を考えないとね)
そんな事を考えながら、やがて自分の番が回って来た樹里亜もすぐに眠りに落ちたのだった。
そして時間は流れて夕食後。『魔力回復薬』まで使って気力体力共に回復した明は全員に見守られながら渡された魔法陣を必死に構築していた。
「ん~~~~~~~」
「凄く複雑な魔法陣ですね、ハリハリ先生?」
「ええ、皆さんには扱うのがまだ難しい魔法だという事は分かっています。何しろ三重魔法陣ですからね。余程練習しなければ戦闘中に滑らかに構築する事は出来ないでしょう。ジュリア殿もまだ二重魔法陣でも難しいでしょう?」
「ええ・・・って、三重ですか!? 『成長』の魔法って!?」
「いかにも。正確な魔法名は『成長促進』ですがね。多少はその難しさが分かって頂けるでしょ?」
ハリハリの言葉に樹里亜は無言で頷いた。前述した様に、魔法は◎の輪状の空白に情報を書き込んで成立するが、二重魔法陣はその外側にもう一つ円が増え、情報の複雑さが増した高等魔法を使う為の魔法陣である。これは単に難度が倍になる事を意味しない。そもそも、円はその外側になるほどその直径を増していく物であり、書き込む情報量は幾何級数的に増大してくのだ。それが三重ともなれば、単円魔法陣と比べれば難度は10倍以上になっていると言っても過言では無い。
事実、明は何度も魔法陣の構築に失敗してやり直すという作業を繰り返した。それでもこれまでに培った精神力で子供とは思えない集中力を維持し、1時間近くの時間を費やして、遂に魔法陣を描き上げる。
「で、出来たっ!!!」
「良し! では焦らずに呪文を唱えて下さい。そこに書いてある通りにね。それと、自分が成長した姿をしっかりと想像して魔力を注ぐのです。慎重に、慎重にね」
「えーと・・・明が奉る! 完全なる力よ、我に宿れ!!」
ハリハリが拳を握って見守る中、明の魔法が発動する。
・・・と、そこでハリハリが一つの事実に気が付いた。
「・・・あっ」
「え? どうしたんですか、ハリハリ先生?」
ハリハリは焦った様子で明に手を伸ばしかけた。それを見て樹里亜は何か魔法に不備があったのではないかと青くなって明を見たが、明の体が発光して直視出来ずに目を覆った。
そして・・・
「・・・・・・・・・ほわぁ!! 悠お兄ちゃん!! 明、大きくなったよ!!!」
『成長促進』が効果を発揮し、成長した明が悠に飛び付いたが、それを見たアルトと智樹が鼻を抑えて撃沈した。その隣でぼんやりと見ていたバローとビリーもついつい見入ってしまい、シュルツとミリーの平手を目に食らって悶絶する。
「め、明ッ!!! 悠さんから離れなさい!!! 見えてる!!! 見えてるからッ!!!!!」
広間に恵の絶叫が響き、朱音と神楽はそれぞれ京介と始の目を後ろから目隠しした。
一瞬で阿鼻叫喚に陥った原因は明の格好にあった。明は膝上ほどのフレアスカートと白いワイシャツを着用していたのだが、それは当然今現在の体に見合ったサイズの物である。それが急に成長したからと言って服まで大きくなるはずも無い。結果、明の服は成長によってとんでもなく際どい代物に成り果てていた。膝上のスカートは股下数センチあるかどうかというギリギリで下着を隠せていない腰布と化し、ワイシャツは上半分のボタンが弾け飛んで豊かな双丘が谷間も露わに自己主張している。街角に立つ娼婦でももう少し体を隠すだろう。そう言い切れるほどに、今の明は扇情的であった。
不幸中の幸いとして、悠にだけは近過ぎて見えていないという事だろう。だが、抱き付く明を離せば嫌でも目に入る為、悠も迂闊に身動きが取れずに抱き留めるしか無かった。・・・それでも冷静さを失わないのが神崎 悠という男であるが。
「誰か、布を持って来てくれ。この際毛布でもいい」
「は、はいっ!!! あわっ!? はわっ!? ふぎゃ!!」
いち早く反応したリーンがドアに向かって走り出そうとしたが、何かに躓き、何とか転倒を堪えた所でまた何かに躓き、更に絶妙なバランスで堪え切ったと思った所で三度躓いて床に転がった。リーンが躓いたのはアルト、智樹、そして悠に半裸で抱き付く明というショッキング映像をモロに見て気絶してしまった蒼凪であった。リーンも受け身も取れずに気絶してしまった為に、こちらも大いに慌てていた神奈が何故か自分の服を脱ぎ始めて恵に後頭部を引っぱたかれる。
「んぎゃ!?」
「か、神奈までナニしているのよ!!!」
「ち、違う!? あ、あたしは服を明に着せようと・・・キャアアアア!!!!! へぶっ!?」」
そこで自分の暴挙に気付いた神奈が普段は上げない女らしい絶叫を上げ、リーンに躓いて仲良く失神者リストに加わった。丁度上半身に服が舞い降りたのは幸運と言っていいだろう。
結局、動けるのは恵と樹里亜しか居なくなった。
「・・・・・・・・・恵、お願い、急がなくていいから何か掛ける物を持って来て・・・」
「・・・・・・・・・分かったわ」
昼間の疲労が戻って来たかの様な感覚を覚えて重い足を引きずりながら恵が部屋を後にし、樹里亜は痛む頭を押さえてそっとその場から立ち去ろうとするハリハリの背中をむんずと捕まえた。
「・・・どこに行くつもりですか、ハリハリ先生・・・?」
「・・・ヤハハ、あの、ワタクシ、明日の講義の準備をすっかり忘れてまして、その、今から準備しちゃおうかなー・・・なんて・・・」
「へぇ・・・そうですか・・・フンッ!!!」
「ヒギッ!?」
逃げようとしたハリハリの股間を樹里亜の足が蹴り上げ、ハリハリは引き攣った悲鳴を上げて神奈の後を追った。その気配を察したバローがビクッと反応し、股間と目を押さえてゴロゴロと何処かへ転がって行き、壁まで行った所で花瓶の台にぶつかり、落ちて来た花瓶が後頭部に命中してすぐにハリハリの後を追う。ただの自爆である。
「全く・・・せっかく話したい事があったのに台無しじゃない・・・」
この場にカロンとカリスが鍛冶の詰めの作業の為に居なかった事が唯一の救いだろう。あの年で娘に軽蔑されるのは、きっと辛いに違いない。
「へっへー! これだけ大きくなったら悠お兄ちゃんとも結婚出来るね!!!」
死屍累々の広間の中で唯一人、明だけがこの上なく幸せそうに悠に胸に頭を預け、一時の大人の喜びを楽しんでいたのだった。
・・・うん、悔いはありません。書いてて楽しかったです。




