5-96 確かな手応え5
「・・・で、全てはユウの思惑通りという事なのかな?」
「その様な手管は俺の悪友の領分だな。これは状況が偶々積み重なったに過ぎんよ。・・・だが、アルトにはいい薬になっただろう」
「それについては否定しないね。今回の事が頭にあれば、アルトも傲慢になる事はないだろうさ。・・・・あーあ、何だか剣の腕でも性根の部分でも息子に追い抜かれた気分だよ。嬉しい様な、寂しい様な・・・」
それを遠くで見守る影が2つ、廊下の陰にあった。言うまでも無くローランと悠だ。アルトの様子から何事かを察したローランがこっそりと覗いていた所に悠がやって来て、事の顛末を見守っていたのだが、そんな2人の耳に痛みが走った。
「むっ」
「あたっ!?」
「いい大人が2人して何を覗き見してますの!! 広間でちゃんと待っていなさい!!」
後ろから近付いたミレニアが悠とローランの耳を引っ張っていた。大国の公爵と世界最強クラスの『竜騎士』と言えど、特に権力や戦闘が絡まなければその力も振るい様が無いのだった。
「いや、私は息子の成長を是非この目で見ておきたくてだね・・・?」
「済まん、ジロジロ見る物では無かったな」
「あなた!! ユウさんを見習いなさい!! 男ならグチグチ言い訳しないの!!」
「・・・ごめんなさい・・・」
私生活ではミレニアに頭が上がらないローランであった。
しばらくして、服装を整えたアランと旅支度を済ませたアルトが並んで広間へとやって来た。アルトの髪が少し短くなっているのはアランが整えたのだろう。服装を替えると益々貴公子然として見えるアルトである。今回のパーティーではさぞ多くの女性の(ある程度の男性も)心を奪われる事であろう。
「お待たせ致しました」
「申し訳御座いません。少々時間が掛かってしまいました」
「なぁに、アルトにとっては1年振りの我が家なんだから時間も掛かるだろうさ、気にしなくていいよ」
遅れた理由を覗き見して知っていたにも関わらず、ローランは紅茶などを楽しんでいた風を装ってアルトを出迎えた。
「ユウ先生、僕・・・」
その隣で同じく紅茶を嗜む悠にアルトは何か言おうとしたが、悠はそれを遮った。
「分かったのなら何も言わんでいい。さて、そろそろ出るとするか」
「そうだね。ミレニア、また留守にしてしまって悪いけど、家の事は任せたよ」
「ええ、心得ていますわ。・・・でも今回のパーティーは色々きな臭い物を感じます。殿下共々、お体にはお気をつけ下さいましね?」
ミレニアも今回のパーティーには不安を感じている様だった。ローランの身を案じる言葉を口にし、悠に向き直る。
「ユウさん、ハジメ君に綺麗なお花を有難うとお伝え下さい。それと・・・くれぐれも主人の事をよろしくお願いします・・・」
「心配はいらんよ。俺だけでは無く、バローやアルトも居るのだ。例え一軍が攻め寄せようと、ローランは無事に家に帰すと約束しよう」
「マンドレイク公には悪いけど、こちらに手を出すなら少々、いや、かなり手酷く痛い目にあって貰うよ。前々からあの方には腹に据えかねる物があったからね・・・」
そう語るローランの目が常に無い剣呑な光を帯びた。そもそもローランは父親を彷彿とさせる典型的な貴族であるマンドレイクを激しく嫌悪しており、更にミレニアを見る目の好色さにも夫として、そして男としても看過出来ない物を感じていた。いっそ手加減しなくて済む分、政敵であって良かったとすら思っていたのだ。
「どうせ穏便に済むはずも無いのだから、精々これまでの鬱憤を晴らさせて貰う事にしよう。毒を盛るか暗殺者を雇うのか知らないけど、そんな盤外戦術が通用する時代はとっくに過ぎ去ったのだと老害に教えて差し上げないとね」
そんな風にのたまうローランの手元にはアルトが居ない間に悠から渡された箱が一つ握られていたのだった。
それからしばらく後、旅立つ者達の姿は門前にあった。
「じゃあ行ってくるよ、ミレニア。アラン、警備は頼んだよ。普段よりも今回は警戒を強めておいてくれるかい?」
「畏まりました。実は既に手配は済ませてあります。警備のシロン殿とも連絡を密にして、万全の警戒網を築いております」
ローランの心配はこの場に置いていくミレニアと我が子達であるが、アランも心得たもので既に手は回してあるらしい。
「流石はアラン。君が居るから私は後顧の憂い無く旅立てるというものだよ。諸事万端は任せるから、怪しい者は街に入れない様にね」
「相手方の貴族の方も理由を付けてご遠慮頂きましょう。陽動でもされかねませんから」
「マンドレイク本人でも無い限り、強権を振るって入る事は出来ないさ・・・いや、待てよ・・・」
ローランはしばし考え、自分の考えを口にした。
「ちょっと変更して、もし徒党を組んでやって来たら「奥の客間」に通しておいて。但し貴族だけね。それ以外の連れが居たら街の外で待たせておいてくれ。難癖を付けて来たら私の名において対処して構わないよ」
「・・・畏まりました、「奥の客間」ですね?」
「そう、「奥の客間」さ。・・・私の不在時に家族を狙う様な輩に払う礼儀は無いからね」
共犯者の笑みを浮かべたローランとアランはそれで十分とばかりに話を終わらせた。
「では出発しよう。ユウ、御者は任せたよ」
「ああ。ではな」
悠は了承して御者席に乗り込み、ローランとアルトも馬車の中へ入ろうとすると声が掛かった。
「お待ち下さい、若様!!」
その声にアルトが振り向くと、ダイクが息を弾ませて馬車へと駆け寄って来た。
「ダイクさん?」
「はぁ、はぁ・・・さ、最後にどうしても若様にお別れの挨拶を致したいと思いまして、不躾ながらやって参りました。この度若様並びにフェルゼニアス家の方々に受けたご恩は一生忘れません。いずれ近い内に改めて礼の品を持って参りますので、その時までご壮健であられます様に・・・」
「気にしないで下さい、偶然が積み重なった上の幸運だったのですから。・・・でも、またフェルゼンに来て頂けるなら嬉しいですね」
アルトの飾らない言葉にダイクは感激で体をブルッと震わせて、恭しく頭を下げた。
「ダイク殿の取り扱う品々は値段の割に非常に質が良い物でした。今度とも取引願いたいですな」
続くアランの言葉に嬉しさのあまり膝から下の力が抜けかけたが、何とか持ち直してダイクは更に頭を深く下げる。
「ではダイクさん、また会いましょう。・・・帰りはちゃんと護衛を雇わないとダメですよ?」
「き、肝に命じます!!」
予定より高く買い取って貰えたので、ダイクも冒険者を雇う余裕が出来ていた。そうで無くてもあのような目に遭って再び単独行を選ぶほどダイクは神経が太くなかった。
そのままアルトは馬車に乗り込み、一同は陰謀渦巻くミーノスへと歩を進めたのだった。
あと数話で五章も終わりです。




