5-93 確かな手応え2
「これはユウ殿!! ようこそお越し下さいました!! ・・・はて? 見慣れぬ馬車ですが、ユウ殿の物でしょうか?」
「シロン、実は些か事情があってな・・・」
悠達がフェルゼンに着いた時、出迎えたのはシロンが居る時であったのは幸運であろう。悠はシロンにここに来るまでの経緯を話し、荷台に他2人が居る事をシロンに伝えた。
「その怪我をした商人をアルト様が今荷台で看て下さっているのだ。・・・というのは建前で、少々成長著しいのでな、急に街中を闊歩すると騒ぎになるかと思って、屋敷まで荷台で隠したまま連れて行こうかと思うのだ。髪を整え、普段の服に替えれば多少は違和感も薄れるだろうからな」
「なるほど、事情は了解しました。では私だけ確認させて頂きます」
最初、悠はアルトには適当なローブでも被せてフェルゼンに入ろうとしていたのだが、悠もアルトもフェルゼンでは有名人なので一緒に居れば注目度が高く、無用な騒ぎを起こしてしまう可能性が否めなかった。
そこでアルトが一計を案じたのが商人の馬車に同乗して屋敷まで行くという方法である。これなら波風立てずに屋敷まで行く事が出来るだろうし、協力して貰ったという事で商人の気も晴れるという寸法だ。
「若様、失礼致します」
そう言ってシロンが荷台の幌の幕を開けると、中に横たえられた商人とアルトの姿が見え、アルトもシロンを確認すると破顔した。
「シロン、久しぶり!! ・・・って言っても、シロンにとっては数日と経ってないか」
「あの、この度はその・・・え? 若様? え??」
「わ、若様・・・!?」
アルトの言葉も商人の戸惑いもシロンには届かなかった。アルトを見慣れたシロンすらその美しい成長ぶりに心を奪われたのだ。
商人は商人でアルトが若様と呼ばれた事に疑問の声を上げたが、当のアルトに人差し指を口に当てるポーズで何も言わない様にとジェスチャーされ、その可憐な仕草に思わず顔を赤らめていた。
「それでシロン、問題は無いかな? 荷台には危険な物は無いと思うんだけど?」
「・・・ハッ!? は、はい、も、問題ありません、どうぞお通り下さい!!」
シロンもアルトに促されて慌てて直立不動になり敬礼を返した。必要以上に礼儀の仮面を被らなくては精神が立ち直れなかったのだ。
「では行くか、シロン、またな」
そう言って悠は馬車を操って街中へと入っていき、残されたシロンは大きく溜息を付いた。
「はぁぁ・・・つい先日まで旅立ちの時に泣かれていた方と同一人物とは思えぬ成長ぶり・・・お美しくなられた・・・」
なまじアルトを良く知るからこそシロンの動揺もまた激しかった。見目麗しい若様だとは認識していたが、成長と共に加速度的にその美しさの完成度が高まっている。自分でこれなのだから、初めて見た者の動揺はこの比では無いだろうとシロンは頷きながら自分を納得させた。
(それになんとも涼やかな立ち振る舞い。・・・ユウ殿、感謝致しますぞ)
過ぎ行く馬車に一礼して、シロンは職務へと戻って行った。
「・・・あの、も、もしかして・・・お嬢様はやんごとない身分の方なのでは・・・?」
商人の言葉にアルトは一瞬虚を突かれたが、すぐに憮然とした表情で言葉を返した。
「・・・ダイクさん、誤解なさっている様ですが、僕は男です! 僕の名はアルト・フェルゼニアス、一応この街の領主の息子です」
「・・・・・・・・・えっ!? おとっ!? 領主様の息子!? えっ!? ええっ!?」
自分が幾つかの誤解をしていたと商人――ダイクは今更ながらに悟った。この目の前の若者は女性では無く男性で、しかも自分が想像するよりも遥かに高い身分の方だったらしい。この街の領主と言えばミーノスに名高きローラン・フェルゼニアス公爵である。その事に思い至ったダイクは真っ青になって慌てて荷台に平伏した。
「ごごごご無礼仕りました!!! 公爵様のご子息とは存じずに行った数々の非礼、平に、平にご容赦を!!!」
「そう畏まらないで下さい。確かに僕は公爵の息子ですが、僕自身はまだ何者でもありません。ただのアルトです」
そう言って苦笑するアルトにダイクは深い感銘を受けていた。ダイクは最初、アルトの事を貴族では無いかと思いながらも、そんなに高い身分の者では無く、商人の自分を助けたのも後々に金銭をせびるつもりなのでは無いかと邪推していたのだ。ダイクの知る貴族とは何の見返りも無く誰かに手を差し伸べたりする存在では決して無かったし、そもそもそれくらいしか自分の様な者を助ける意味が見出せなかったからだ。
だが、それが公爵ともなれば話は異なる。フェルゼニアス家と言えばミーノスの名家中の名家であり、その財産はダイクが一生掛かって稼ぎ出す額の金銭を合わせても爪の先ほどにもならない巨大な存在である。それならそれでダイクには疑問があった。
「あの、何故私の様な身分の者をわざわざ高価な薬を使ってまで助けて下さったのですか? ・・・正直に申しまして、例え私などを見捨てても誰もアルト様を謗る事など出来ませんのに・・・」
ダイクの質問にアルトは即答する。
「助ける事が出来る状況で助けるのは人として当然の事です。それに、見捨てても誰も僕を謗る事が出来ないというのも誤りですよ。例えユウ先生がいらっしゃらなくても、他でも無い、僕自身が見捨てた事を知っています。人は自分の良心の声に耳を傾け、己を律さなければならない、特に身分の高い者ほどその事に留意すべきだと、僕はユウ先生に教わりました。だからダイクさんをお助けしたのです・・・これで理由になっていますかね?」
そう言ってはにかむアルトに今度こそ心から恐れ入ってダイクは自ら進んで膝を折った。その目には薄らと涙すら浮かんでいる。
「・・・私は貴族様という方々を誤解しておりました。なんと高潔な精神をお持ちなことか・・・このダイク、卑小非才の身では御座いますが、アルト様が有事の際には如何様な事であろうとも喜んで協力させて頂きます。何なりとお申し付け下さい!!」
「いやぁ、そんな大層な者では無いんですけど・・・」
その後、アルトが何度言っても屋敷に付くまでダイクは平伏して頭を上げる事は無かったのである。
そうこうしている内に馬車はフェルゼニアス公爵邸に到着し、悠は何故か屋敷の前でウロウロとしているアランに声を掛けた。
「アラン、どうしたのだ?」
「ユウ殿!! 若様は!? 若様はご無事でいらっしゃいますか!?」
どうやらアランはアルトの事が心配で、暇を見つけては屋敷の門前でアルトの帰りを今か今かと待ち構えていたらしい。
「心配せずともアルトは元気にしている。だが少々風貌が変わったのでな、とりあえず敷地内に馬車を入れさせてくれないだろうか?」
「畏まりました、どうぞお入り下さい」
促されて屋敷の敷地に入った馬車を駐車出来る場所に置くと、それを感じ取ったアルトが荷台から姿を見せた。
「やぁ、相変わらずだね、アラン?」
「わ、若様!? ・・・これはこれは、何とご立派になられました事か・・・」
自分が知るアルトよりも頭一つ高く手足も伸び、そして美しい若者に成長したアルトにアランは目を細め、胸から取り出したハンカチで目元を覆った。その後ろでダイクも自己紹介しているのだが、まるで目にも耳にも入ってはいなかった。
「アラン、積もる話もあるだろうけれど、まずは父様と母様をお呼びしてくれないかな? お2人にご許可を頂かないと、僕は屋敷の中に入る訳にはいかないから・・・」
「畏まりました。しかしながら、今の若様を見れば無用の心配かと存じますぞ。少々お待ち下さいませ」
そう言い置いて、アランは一礼して屋敷の中へと戻っていったのだった。
徘徊老人アラン。そしてやっぱり誤解されてたアルト。




