5-91 修練の日々17
明くる日、全員が外に出て出立する者達を見送っていた。悠とアルトはフェルゼンに、そしてバロー、ハリハリ、シュルツは一足先に王都へと向かうのだ。
「では『竜ノ微睡』を解くぞ。レイラ、準備はいいか?」
《いつでもいいわよ。しばらく私は出て来れないけど、皆気を付けてね?》
レイラは『竜ノ微睡』を解く際に全竜気を喪失して低位活動モードになる。今は『豊穣』があるので前ほど長い休眠状態にはならないだろうと思われるが、それでも数日間は表には出て来れないだろう。
つまり、悠は数日間は空を飛ぶ事も出来ないし、大怪我を治癒する事も出来ないという事だ。ある程度回復するまでは魔法も使えないであろう。
だが、それでも心配無い様に子供達を鍛えた自負が悠にはあった。『心通話』自体は通じるので、何かあっても持ちこたえる事は出来るだろう。それに悠には鍛え上げられた肉体がある。全力で走れば馬以上の速度で帰って来る事も不可能では無いのだ。
「ここは俺とミリーも居ますから、安心して行って下さい。事が無事に済んだら、一度皆で冒険に行きましょう」
「頼んだぞ、ビリー。それと樹里亜、防衛の指揮は引き続きお前が執れ。お前なら万が一という事も無いだろう」
「そんな、買い被り過ぎです。・・・でも、任された以上は精一杯頑張ります!」
ビリーに頷き、悠は樹里亜に指揮を任せた。樹里亜は前回の事が余程堪えたらしく、ハリハリに個人的に戦史を聞き学んだり、戦闘関連の書物も紐解いたりして知識の増強に努めていた。樹里亜はこっそりとやっていたつもりだったのだが、悠はその努力を分かっていたからこそ、信頼して樹里亜に任せる事が出来たのだ。
「ビリーとミリーは子供達に冒険者の心得を教えてやってくれ。それに加えて日々の鍛練の監督も頼む」
「分かりました。遺漏無く済ませておきます」
「恵は引き続き家の中での事を頼む。それと葵を貸してくれ」
「はい、どうぞ」
細々とした事は各自の裁量に任せて、悠は葵を恵から受け取った。
「葵、蓄えた竜気はいざという時に樹里亜の権限の下でのみ使ってくれ。それと索敵は怠らない様にな」
《了解です、我が主》
《虚数拠点》にも若干の機能追加がなされていた。地下の心臓部でハリハリが手を加えた結果として新たに索敵能力と、僅かながら竜気を備蓄する機能を得たのだ。竜気自体は悠でないと充填出来ず、また量も少ないが、結界に転化すればこれまでよりもずっと強力な結界を短時間であるが張る事が可能である。出来ればある程度の攻撃能力も付与したかったのだが、それには流石に時間が足りなかった。
「では解除に掛かるぞ」
恵に葵を返した悠が胸の前でレイラを中心にして両手で包み込む様に集中し、それと共にレイラが強く発光していく。
「『竜ノ微睡』並びに隔離結界解除開始」
《『竜ノ微睡』並びに隔離結界解除開始・・・解除!》
『竜ノ微睡』は解いた瞬間にレイラの竜気が枯渇するので、起動とは違い解除は同時に行わなければならない。悠が手を合わせると、乾いた音と共に赤い光の輪が広がり、グレーに染まっていた空が青い光を取り戻した。
同時にレイラの媒介であるペンダントが一切の光を失って沈黙する。
「青い空ってのも久々に見たな! やっぱりいいモンだぜ」
何となく解放された気分になったバローが大きく伸びをして空を仰いだ。それは他の者達も同様だったらしく、皆強い光に目を細めている。
「バロー、王都での活動はお前に任せる。ある程度は自由裁量で動いてくれ」
「分かってる。お前さんが来るまでに情報は集めとくさ」
「では出立しよう。アルト、ここからフェルゼンまでなら走れるな?」
「勿論です、ユウ先生」
悠の言葉にアルトは自信を持って答えた。この場合の走れるとはどんなペースでもいいから走り切れるかという意味では無いにも関わらずだ。
アルトには苦難を力に変える『勇気』がある。1年前とは比べ物にならない制御力を手に入れた今のアルトであれば、軽い疲労であっても『勇気』を効率良く発動出来る為、時速30キロ程度であれば2~3時間は休まず活動可能なのだ。ましてフェルゼンとは7キロ程度しか離れてはいないので、ほぼ全力で走り切る事が出来る。時間にして十数分程度だろう。
「皆も俺が居ない数日間はビリーやミリーの言う事を良く聞いて、体に気を付けろよ」
「「「はい!!」」」
元気よく返事をした子供達の中から、始が一歩前に出た。
「悠先生、ミレニアさんにこれを渡して下さい。1年前に貰った種から僕が育てた花です」
「分かった、渡しておこう」
始から美しく花開く白い花を受け取って鞄に仕舞い、悠は踵を返した」
「行くぞアルト。お前が前を走れ」
「はい。・・・じゃあ、皆、行ってきま・・・じゃ無かった、またね!!」
「またいつでも来てくれよ!!」
「ミレニアさんによろしくね!!」
「またね、アルト!!」
行ってきますと言いそうになるほど、アルトはこの屋敷に馴染んでいたが、アルトは今から逆に家に帰るのだと思い出して言い直した。そんなアルトに笑いながら男性陣が別れを述べる。
「はっ!」
後ろ髪を引かれる思いを振り払うかの様に、アルトが屋敷から飛び出した。悠もそれに続いて走り出し、2人の姿はすぐに遠く霞んで見えなくなったのだった。
こうして修練の日々は終わりを迎え、時は流れ出す。
次回から元の時間軸に戻ります。




