5-90 修練の日々16
悠達が広間へと入ると、中で待っていた子供達が一斉に頭を下げた。
「「「先生方、今日までのご指導ありがとう御座いました!!!」」」
明も悠の隣で可愛らしく頭を下げ、顔を上げてニカッと笑う。
広間の中は各種の花々で彩られており、恵が作った「先生方を慰労する会」と書かれた垂れ幕がゆらゆらと天井から吊り下がっている。どうやらこのパーティーは子供達の間で前々から計画されていた物らしく、飾り付けや料理にも気合が見て取れた。
「皆の心遣い、有難く頂戴する。ご苦労だった」
悠が返答すると子供達も笑い合い、早速料理の盛り付けに取り掛かった。
「今日は前に言っていた通り、美味しく調理したドラゴンのお肉料理をご用意しました。是非ご賞味下さいね」
「待ってました!! こいつをずっと楽しみにしてたんだよな!!」
「いやぁ、貴族の方でもおいそれとは食べられない料理なんて、ちょっと緊張しちゃいますね」
いそいそと席に着くバローとビリーは皿の上にあるドラゴン料理に目が釘付けになっており、口元は涎をこぼさんばかりに弛んでいた。娯楽の少ない世界では、美食は大きな娯楽の一つであるから、この反応も当然かもしれなかった。
悠の皿の肉は明らかに他の皿よりも量が少なかったが、これは恵が悠の事情を考慮した結果であった。
恵はやはりドラゴンの食材に関しては自分が食べる分には抵抗感が強く、悠も僅かに口にするだけだった。
決して嫌いな訳では無く、それだけ竜に対する敬愛の念が強いのだ。地球基準で例えるなら、馬を育てる人達が馬肉を食べないのと同じ理由である。
それでも最小限でも食べるのはその効用が他に比類無い効果を持っているからだ。
「では頂くとしよう。頂きます」
「「「頂きます!!」」」
メインのドラゴンの肉はこれまでとは逆て旨味を逃さない様に一度蒸してから調味料で味を整えた調理がされており、皆まずはやはりドラゴンの肉を一口頬張った。
そして、広間の物音が絶えた。
「「「・・・」」」
悠以外の全員がフォークを口に入れた状態でフリーズしている。美味いと言う声はおろか、味に言及する言葉は一つも無い。ただただ沈黙。それだけが空間を支配していた。
10秒経ち、20秒経ち、そして一分が経過してもその状態は維持されていた。動いているのは他の料理を食べている悠だけだ。
(・・・ねぇ、ユウ、皆固まったまま動かないんだけど?)
(それほどの味だったのだろうよ。そっとしておいてやれ)
レイラとマイペースに『心通話』を交わす悠の言う通り、ようやく動き出したのは五分も経過してからの事だった。
味覚に思考が追い付いた小雪が滂沱と涙を流し始め、語り出したのだ。
「・・・ふぐっ・・・間違い、ありません・・・これは、このお肉様は、世界一美味しいお肉様です・・・」
自他共に認める肉マイスターの小雪が「様」付けして肉を崇めた。
小雪が動き出した事で他の者達もようやく硬直から立ち直って口を開く。
「びっくりした・・・口の中に入れて一口噛んだ瞬間に意識が吹っ飛んだわ・・・」
「ナニこれ・・・いくら噛んでもずっと美味しいままなんだけど!?」
「コイツで酒でも一杯と思ってたんだが・・・そんな勿体無い事出来ねぇよ・・・」
「・・・アルト、貴族っていつもこんな美味しい物食べてるの?」
「と、とんでもない!! 僕だってこんな美味しい物、初めて食べましたよ!?」
「・・・だからベリッサさんのメモに「決して途中で味見しない事」って書いてあったんだ・・・」
出て来るのは賞賛の嵐であった。誰一人としてこれ以上に美味しい物を食べた事が無いのだから当然である。
ドラゴンの肉は確かな歯応えがあるのに固い訳では無く、旨味はあってもくどいと言う事も無い。どの調味料と合わせても違った魅力を感じる事が出来、およそ飽きるという事が無かった。
「と言っても、普通はここまで美味しく無いんでしょ? ベリッサさんが料理したのなら別だけど・・・」
「恵もこの1年で益々腕を上げたもんな~。あたし、帰ってもご飯に関しては満足出来ない気がする・・・」
「俺も俺も!! こんなウマイの食えないって!!」
科学技術や倫理に関しては数段遅れた世界であるアーヴェルカインであるが、他の世界には無い才能、能力、魔法や魔道具など、別の視点で見てみれば決して総合的に他の世界に劣っているとは言えないだろう。
「何言ってんだよ、こんなモンばっか食ってたら舌が肥えて何も食えなくなっちまうぜ? こんなのを毎日食うなんてのは、ケイの旦那になった奴の特権だっての」
「ふぇっ!? ちょ、ちょっと!! 変な事言わないで下さい!!」
バローの言葉に慌てふためいて恵がブンブンと手を振ったが、女性陣は言われた瞬間に恵が悠に視線を向けたのを見逃さなかった。
「・・・ふぅん・・・まずは胃袋からっていう事ね。恵ってば、案外策士じゃない・・・」
「ず、ずるいぞ恵!! あたしじゃいくら頑張ってもそんなに美味しくならないのに!!」
「・・・・・・・・・やり方が汚い。断固抗議する」
「ご、誤解よ!? 私はそんなつもりじゃ・・・!」
急に団結して恵をチクチクと責め立てる樹里亜達に恵の焦燥が一層加速される。いくら仲間であるからといっても、こればかりは譲れないのだった。
特に恵は女性陣の中でも悠への距離感が近いと目されており、それだけに限らず、この1年の間に身体的に最も女性らしく成長していた。母親の遺伝が効果的な食事で呼び起されたのだろう、その胸は最早誰の目にも隠し切れないサイズになっている。スレンダーなスタイルの者達の劣等感を煽る事甚だしかった。
「・・・じゃあ当然、恵は自分の為だけに悠先生にお願い事をしたりしないわよねぇ・・・?」
「そーだよな!! あたしだって悠先生にして欲しいお願い事があったのに違うのに変えたんだから!!」
「うぐっ!?」
樹里亜と神奈が言っているのは、悠に攻撃を当てた恵の願い事を聞いて貰える権利についてだ。最初の方で神奈も同じ権利を手に入れたのだが、欲望に忠実に行動しようとする神奈を女性陣全員で責め立て、結局「必殺技を教えて貰う」という、色気もクソも無い願い事に変更させたのだ。その時の神奈の目は死んでいた。
恵だって欲望の1つや2つや3つや4つは当然の如く持っている。というか、思春期真っ盛りの者で無い者など居ないと断言してもいいだろう。美味しい物や甘い物、可愛い服やアクセサリー、趣味やそれらに掛ける時間、金銭、気になる相手と過ごす甘い時・・・若者は常に飢えているのだ。
だからと言って恵は蒼凪の様に「では早速ベッドへ・・・」と言える程に突き抜けては居ない(当然、悠がそんな願いを聞き入れるはずも無いが)。だが、それだっていつまでも絵空事では無いのだ。年齢的にも身体的にも。
だから、その前段階としてちょっと2人だけの時間を過ごしたいなとこっそり考えていた恵の目論見は脆くも打ち破られた。
「そもそも、今回の作戦で恵に一番美味しい所を譲ってあげたのは誰だったかしら?」
「うぐぐっ!?」
それを言われると、もう恵には反論の余地が無い。樹里亜は上手く行った時の事を既に考えてあったのだ。恵の性格上、歯車の一つとして策を実行した場合、例え上手く行ってもこう言えば全員に遠慮して突き抜けた行動は取れないであろうと見抜いていたからこそ、この策を実行したのだ。樹里亜の策士としての役者は恵よりも数枚上手なのだった。
「・・・おい、見たかアルト、トモキ。あれが女って生き物だ。お前らは上辺だけの悪い女に騙されるんじゃねぇぞ?」
「・・・バロー先生、僕にはまだちょっと早いみたいです・・・」
「えーと・・・・・・・・・ノーコメントで」
「恋愛と友情は並び立たないという事です。ヤハハ」
バローの知った風な言葉にアルトと智樹は居心地の悪そうな顔をして明言を避けた。その隣でハリハリもそれらしい事をのたまっているが、特に何も考えてはいない。若者は悩めばいいのだと気楽に口を回していた。
「・・・フン、乳臭い小娘共に師のお相手が務まるか。師の隣に侍るのは強者のみよ」
少々不機嫌そうに言うシュルツにバローの顔が嫌らしく歪んだ。
「あっれぇ~? シュルツ、もしかしてヤキモチかよ? あいつらが乳臭いんなら、差し詰めお前は覆面付けっぱなしで汗臭いってか?」
「・・・糞髭、貴様そんなに死にたかったとは知らなかったぞ・・・。表に出ろ、そっ首叩き落としてくれよう・・・」
「止めて下さいよ、せっかくの宴席で!!」
「そうですよ!! バロー兄さんの髭だって胡散臭いんですから!!」
「エッ!? 胡散臭い・・・」
シュルツをからかうバローをビリーとミリーが止めた。そのついでにさり気なくミリーの言葉がバローを傷付けていたが、誰もそれに対してはフォローしない。皆それとなく同じ事を思っていたのだ。
美味い料理と尽きない話題で、和気藹々と最後の夜は更けていった。
そろそろ5章も終わりです。次の章はサッサと本編を進めるか、各所の話を集めた閑章にするか迷ってます・・・上手く挿入して行ければいいんですが、そんなスキルが無いもので;




