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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第五章 異世界修業編
345/1111

5-88 修練の日々14

入院中、書きたかった事満載にしたらエラク長くなりました。今日から平常運転です。ウィンウィン。

一月経ってからの修行ペースは格段の向上を見た。


体力的に長時間の過負荷運動にも耐えられる様になった事で子供達は悠の指導の下、急速に格闘術を修めていき、ハリハリが支配の魔法を解いた事で魔法処理速度も向上し、恵の作る食事は魔法的な効果すら伴って文武両面で子供達の心身を支える糧となった。


理想的な環境と体術、魔法の最高の教師、ドーピングなど足元にも及ばない効果的な食事、切磋琢磨する仲間、そして強い信頼関係。


充実した日々はあっという間に過ぎ去り、約束の一年が過ぎようとしていた・・・。








京介がパシンと手の平に拳を打ち付ける音が屋敷の庭に響き渡る。


「今日こそ悠せんせーに一撃入れるぜ!!」


「卒業試験みたいな物だって言ってたもんね、悠先生」


「私の水魔法で決めてみせるわ!!」


「ん~、朱音ちゃんの魔法だと当たらないからサポートに回った方がいいと思うな~」


「ニシシ、明が一番に当てて悠お兄ちゃんとまた一緒にお昼寝するんだもんねー!」


そう言って意気を上げる年少組の姿は1年前とは随分と異なり、話し方もしっかりとしていた。この1年で最も身体的な意味で成長したのはこの5人だったに違いない。なにしろ、全員身長が30センチ以上伸び、体格も1年前とは比べるべくも無いのだ。一番小さかった明ですら140センチ近い身長まで成長しており、京介に至っては既に150センチを突破している。


これは訓練というよりも恵の食事にその原因があった。恵の才能ギフト家事ハウスキーパー』の効力と希少な食材、そしてベリッサのメモが子供達の成長を強烈に後押しした結果がこれである。


言葉に関してはハリハリが講義の合間に語学や神話、伝説などの読み聞かせや音読をさせた結果として現れていた。魔法のイマジネーションを高めるには様々な事象を知る必要があり、その一環としての教育が結実したのだ。


戦闘能力で見ても最早全員1年前とは別人である。その辺の冒険者と一対一で戦っても遅れを取る事は無いというビリーとミリーのお墨付きも貰っている。


そんな彼らが目下取り組んでいるのが悠との卒業試験を兼ねた模擬戦闘であった。もっとも、それは年少組だけが参加しているのでは無いのだが・・・


「ほらほら、焦って飛び込むとこの前の二の舞よ! ちゃんと事前に相談した通りに動いてね!!」


「そうそう、悠先生に一撃入れるのはあたしに任せて、アンタらは霍乱してくれよ!!」


「・・・神奈さん、そんな大きな声で言ったら作戦がバレバレです・・・」


「いや・・・悠先生はもうとっくに見抜いてると思うよ・・・」


「付け焼刃でどうにかなる相手じゃ無い。全力で立ち向かうだけ」


「ハァ・・・結局そうなるのね・・・」


樹里亜、神奈、小雪、智樹、蒼凪、そして恵。彼らもまた大きな成長を見せている。女性陣は皆女性らしい体付きになり、智樹も痩せ気味だった体は今では一本芯の通ったしなやかさを感じさせた。


「でもユウ先生も僕達の全力をご希望だと思います。作戦だけに拘らなくても、今の僕達なら最適な戦闘が出来るはずですよ。ね、リーンさん?」


「そうよね、アルト君。私達だって精一杯頑張って来たんだもん、きっと全力を出せばユウ先生にだって届くよ!」


アルト、リーンの2人も美しく成長を遂げていた。リーンは年長組の女性達と同じ様な物であったが、アルトなどはその眉目秀麗な容姿に更なる磨きがかかり、頭に「絶世の」が付く美男子と言っても誰からも文句は出ないだろう。・・・それでも伸びた髪と相まって、微笑むと女性かと見紛う中性的な印象もまた更に深まっていたが・・・。




「そろそろ開始時刻だ。全員、心して掛かって来るがいい」




大きくは無いが決して無視出来ない力強さを持つ声が全員の注目を集めた。そこで腕を組んで待っているのは子供達が尊敬して止まない悠である。


悠の印象は一見すると一年前と余り変わった様には見えなかったが、だからと言って侮る様な真似をする者はこの場には居なかった。この一年で成長したのは子供達ばかりでは無いのだ。


「ユウ、あんまり無茶すんなよ!!」


「愚問。師がそう易々と一撃を食らうはずが無かろう」


「でも全員合わせた時のあの子達の戦闘力はもう国の軍隊並みよ? ・・・いえ、もしかしたら上回っているかも・・・」


「強くなったもんな、皆。3人以上ならもう俺達でも負けるし・・・」


バローが一段と濃くなった髭を震わせて悠に注意するのをシュルツが横から混ぜっ返した。ミリーは子供達の成長を末恐ろしくも頼もしく思い、ビリーも先日の敗北を思い出して苦笑する。


「ヤハハ、楽しみですねぇ全く。今回の子供達は前回とはまた一味違いますよ? 流石のユウ殿も驚く事間違い無しです!」


「ハリハリの兄さん、あんまり変な事教えないでくれよ? この前みたいに装備を壊されるとアタシ達だって直すの大変なんだぜ?」


「耐久実験にもなっていいだろう。カリスはまだまだ修行が足りんのだ」


ハリハリはエルフなので一年程度で外見が変わる様な事は無く、カロンも精悍さは増したが年が年なので大きな変化は見られなかった。その点ではカリスも成熟度は増したが鍛冶仕事を繰り返しているだけあって印象は変わっていない。


《じゃ、始めましょ。私達はいつでもいいわよ》


最後にレイラがそう締めると、子供達は真剣な表情でそれぞれの武器を抜き放った。訓練用とは言え、カロンとカリスが丹精込めて打った龍鉄で出来た装備である。


それを見た悠も静かに腰を落とす。今の子供達は悠ですら油断をすれば一撃受けかねない強者である証拠だった。


「行くぞーっ!!」


「行きます!!」


「援護をよろしく!!」


まず戦端を開いたのは近接攻撃を得意とする神奈、アルト、智樹の3人だ。それに遅れて樹里亜、リーンもその後ろに続いて行く。


先頭の者達が前線に到達する前に、素早く魔法を構築した始が地面に手を付いて叫んだ。


「『大障壁グランドウォール』!!」


その言葉と共に悠の左右からアーチ状の土の壁がせり上がり、悠の退路を塞いでいく。瞬時に形成された壁の出口は前方だけしか無く、悠が脱出しようとした時には既に次の魔法が悠に迫っていた。


「へへっ、『炎蹴撃ファイヤーシュート』でゴールだぜ!!」


その強力な勢いで悠に迫る火球の背後には火球を足で張り飛ばした姿勢の京介が不敵な笑みを浮かべている。京介はただ放つよりも魔法の火球を蹴り飛ばす事でより高い威力で魔法を放つ術を身に着けていた。


だが悠に飛び道具の魔法は相性が悪いのは既に周知の事実であり、その予測通り悠は片手で京介の『炎蹴撃』を受け止め、それを前方に迫る近接攻撃集団へと投げ付ける。


「『暗黒洞ブラックホール』」


だがその火球は先頭集団の前に空いた黒い穴に吸い込まれて消滅した。対飛び道具では子供達も多様な防御手段を持っており、今のは蒼凪の闇魔法の『暗黒洞』・・・空間に穴を空けて攻撃を何処かへ放逐する魔法である。


それらの援護を受けた先頭集団が遂に悠に肉薄し、まずは智樹が手にした棍で悠に殴り掛かった。


「『筋力上昇』!!」


智樹の気合と共に打ち込まれた棍が悠にかわされるが、そのまま強烈な勢いで地面に叩き付けられた棍は地面を爆発させて周囲に土が巻き上がる。


中心地点に居る智樹も無事では済まない一撃だったが、体の各部に装備された龍鉄の防具で急所への痛撃を避け、残りは『物理半減』の能力スキルで和らげた。


至近距離で荒れ狂う土や石を悠は小手ガントレットで軽く捌いたが、それでも一瞬アルトと神奈を見失ってしまう。


「!」


その時、急に頭上に湧いた殺気を感じて頭をその場から後ろに逸らすと、一瞬前まで頭があった場所に踵が高速で通過した。


「今よ!!」


攻撃を仕掛けたのは後ろから来ていたはずの樹里亜である。その頭上には半透明な板の様な物が浮かんでおり、良く見れば樹里亜が使う結界と同じ物である事が分かっただろう。樹里亜は結界を足場にして宙を駆け上がり、そのまま踵落としを狙ったのだが、それも他の者達の攻撃の布石に過ぎなかった。


「せい!」「ハッ!」「やあっ!!」


仰け反ったせいで体が硬直している悠の左右としゃがむ樹里亜の頭上から神奈、アルト、リーンの3人同時攻撃が繰り出された。


この状態では防げるのは2つまでと踏んだ悠はそのまま体を後ろに預け、神奈の拳とアルトの剣を回避しつつ後方に宙返りを打って頭上を抜けるリーンのスピアを逆さまの状態で足に挟み、地面に手を付いた瞬間に体を強く捻って槍ごとリーンを投げ飛ばした。


「キャア!?」


「『風鎧ウィンドアーマー』」


地面に叩き付けられそうになったリーンの体を弾力のある風の塊が優しく受け止め、そのダメージを殺して消滅した。


「あは~、リーンお姉ちゃん大丈夫~?」


「ありがとう、カグラちゃん!!」


「悠先生を休ませちゃダメよ!! 『氷針アイスニードル』!!」


全員の攻撃をやり過ごした悠に朱音が微細な氷の針を連射する。『アイスアロー』よりも攻撃力も射程も低いが連射が利き、尚且つ悠でも掴めないほどの量を放つので、飛び道具に強い悠にも効く数少ない魔法であった。


結界を張れば軽く防げるが、硬直を嫌って悠はサイドステップで魔法を回避する。だがそれは仕組まれた連携の一部だった。


「『反射壁リフレクトウォール』!」


「チッ!」


回避したはずの『氷針』が背後から再び悠へと迫った。そこにはそっと回り込んだ小雪が朱音の魔法を悠へと反射しており、悠はやむなく結界を立ち上げる。


再び硬直した悠に態勢を立て直した神奈、アルト、リーンが再び迫り、神奈が雄叫びを上げた。


「はああああッ!! 『敏捷上昇』!!!」


気合と共に神奈の体が霞み、結界を回り込んで悠をその場に足止めする拳の弾幕を放つ。


悠の小手と神奈の拳連環ナックルが空中に激しい火花を散らし、数秒して神奈の動きが鈍る寸前、蛇の様な軌跡を描いてリーンの槍の穂先が悠の足を狙って突き込まれた。


悠は神奈の拳に強めに一撃を当てて後ろに引かせると、付き込まれる槍に逆に斜め前に一歩踏み出して穂先の下に手を添え、拳を捩じって回転させる勢いで槍自体を弾いた。


神奈とリーンの攻撃を凌いだ悠だったが、一連の攻防で態勢が崩れ、初めて悠の動きが完全に止まった瞬間、流星の如くアルトが血の糸を引きながら急降下しつつ斬撃を繰り出していた。


「『流星剣』!!!」


アルトが負傷しているのは悠の攻撃を受けたからでは無く、自ら体に傷を付けたからだった。アルトはこの一年の修行で『勇気ヴァロー』をある程度制御下に置いていて、例え肉体が疲労や大怪我をしていなくても、傷を触媒に『勇気』を発動させる事が出来る様になったのだ。


回避は不可能と判断した悠は頭上に落ちて来るアルトの剣を大きく振った拳で迎撃する。




ガギャンッ!!!!!




辺りを照らすほどの火花が一瞬戦場を彩り、悠の小手とアルトの剣が共に粉々になって粉雪の如く戦場にキラキラと煌めいた。


「見事だ。だがこれではまだ一撃を加えたとは認められんな」


「く・・・と、届かない・・・!」


アルトは両手に走る強烈な痺れに刀身を7割ほど失った剣を取り落して膝を付いたが、そこに今まで沈黙していた明の声が響き渡った。




「『進化エボリューションコクーン』!!」




明の魔法が解き放たれると、明本人とその周囲に待機していた京介、始、朱音、神楽、蒼凪の体に変化が現れた。手足が伸び、体の厚みが増し、顔付きからあどけなさが消えて行く。そこに居るのは既に子供では無く、立派な体を持った大人であった。


明は明にしか使えない2つの魔法を持っている。一つが自分自身を成長させて全ての能力を大幅に引き上げる『成長促進グロウアップ』であり、もう一つが自分の半径3メートル以内に居る人間を成長させて同じ効果を得る事が出来る『進化の繭』だ。


ただし、『進化の繭』は消耗が非常に激しく、また魔法陣も今の明では描き切るまでに数分の時間を要するほどに難しい上、効果時間が30秒しかないという、明の切り札である。どちらも数少ない『成長グロウ』の資料からハリハリが一から作り上げた謹製の魔法であった。


「行くぞ皆!!! ハリーせんせー直伝のアレだ!!!」


「「「うん!!!」」」


野性的な男の魅力を感じさせる風貌へと成長した京介が――口調だけは少々幼いままだが――音頭を取り、同じく成長した始、朱音、神楽が心を合わせ、全員で一つの魔法陣を描き上げる。


「・・・『影牢シャドウプリズン』」


その間の空白を埋める為に、こちらも美しく妖艶に成長した蒼凪が悠に闇の束縛魔法を掛け、その自由を数瞬だけ遮った。


『影牢』は対象を完全なる闇の中に閉じ込める束縛魔法であり、これを掛けられた者は一切の光、音、魔力、気配などを感じ取れなくなる。戦場でそれらを感じ取れなくなった者の末路は言うまでも無いが、蒼凪もこれだけの速度で展開出来るのは『進化の繭』の影響で大人になっている時だけであり、要求される魔力も膨大でまだまだ普段は実戦に投入出来るレベルでは無かった。


悠も蒼凪の魔法系統は熟知しているので、光の竜気プラーナを高めて抵抗レジストを試み、すぐに視界を取り戻した時には4人の魔法は完成していた。




「「「「『四方対極烈破弾テトラパラドックス』!!!」」」」




4人の唱和と共に放たれた魔法は赤、青、茶、緑の4色が渦を巻き、高速で回転しながら悠に肉薄して行った。


足元で膝を付いていたアルトは既に智樹が棍で回収しており、その場に居るのは悠だけだ。


《ユウ、回避出来ないわ!! 避けると結界に穴が空くわよ!! それに『反属性防御』は不可能!! 物質体マテリアル制御で受け止めて!!》


瞬時に魔法の威力を読み取ったレイラが悲鳴に近い警告を発すると、悠は受け止めるしかないと腹を括って可能な限りの竜気で物質体制御を行い、魔法を両手で受け止めた。


『反属性防御』が不可能なのは、次々に属性が入れ替わっているからだ。この魔法を放たれては回避するか結界で受け止めるしか無いが、普通の魔力マナでの結界では軽く貫通してしまうだろう。


竜気での結界でも厳しいと踏んだレイラの警告に従った悠だったが、それでもその足は後ろへとガリガリと滑って行った。


《4人がかりとは言え、ドラゴン吐息ブレス並の威力だわ。ハリハリも無茶な事を!》


「ヤーッハッハッハ!! 褒め言葉として受け取らせて頂きましょう!! ユウ殿に手加減しても通用しませんからね!!」


得意満面の顔でハリハリが高笑いしつつ手を掲げてポーズを決めた。


『四方対極烈破弾』はハリハリが理論段階で開発を中断していた魔法であり、この度悠が居ない間の切り札として開発を再開し、つい先日完成したばかりの悠も知らない魔法であった。


原理としては親和性の高い2属性が引き合う力と反発性の高い2属性の離れようとする力を推進力と回転力に転換し、絶大な貫通力で対象を射抜く魔法である。


ただしその原理上、全員の魔力を高い出力で均等に揃える必要があり、未だ成長状態でしか成功し得ない超絶技巧を要求される魔法なのだ。


だがその威力たるや見ての通りであり、悠の力を持ってしても容易に逸らす事も受ける事も叶わなかった。


魔法を受け止める手を中心に巻き起こる乱気流に誰も近付く事が出来ず、近くに居た者達は固まって樹里亜の結界の中で姿勢を低くして耐え忍んでいた。


「くっ!? 皆、悠先生が受け切った瞬間に結界を解くから後はお願い!!」


局地的な暴風圏はいつ果てるとも無く続いたが、樹里亜は悠が防ぎ切る事を疑っておらず、事実後退する悠の速度は徐々に落ち、それが完全に止まった瞬間、悠が受け止めていた魔法弾が衝撃と共に霧散する。


「行って!!」


乱気流が収まるタイミングを完璧に見計らい、解除された結界から神奈が、そしてアルトがそれぞれ矢の如く飛び出した。


「「ハアアアアッ!!!」」


有らん限りの声を振り絞って神奈は限界まで『敏捷上昇』を行い、アルトも新たな傷を作って『勇気』を更に深く発動させ、しゃがんで手を組んでいた智樹の手に足を掛けて前回よりも大きく空へと跳ね上がった。


実力以上の力を発揮した神奈とアルトに衝撃から立ち直っていない悠は絶体絶命かと思われたが、悠は冷静に優先順位を見極め、一撃に賭けて飛び込む神奈の拳を巻き込む様に絡め取り、まるで合気道の投げの如く神奈の力の流れを操って上空へと吹き飛ばした。


「嘘っ!?」


「あっ!?」


上空にはアルトが迫っており、咄嗟に攻撃から神奈を受け止める形になって2人は衝突し、もつれ合いながら撃墜された。


これによって大勢は決したと思える鮮やかな反撃に子供達の顔に絶望が浮かぶかと思われたが、何故か誰一人として絶望を浮かべている者は居らず、その答えを悠は自分の目で見る事になった。


《ケイ!?》


本当に誰一人気付かなかった。勿論レイラや悠すらも。


悠の背後に忽然と恵が出現し、あらん限りの力で得物である細い棍を悠に向かって打ち込んでいたのだ。


「ヤアアアアッ!!!」


「シッ!」


回避はおろか防御も迎撃も不可能と判断した悠は、それでも無理矢理投げの態勢から背後の恵に向かって裏拳で恵の顔に向かって反撃を試みる。


刹那の交錯。


恵が殴り飛ばされるかと思い、思わず激突の瞬間に目を閉じたリーンだったが、恵の悲鳴も殴打の音も聞こえず、不審に思って恐る恐る目を開けると・・・




「・・・合格だ、恵」


「・・・・・・・・・」




恵の棍が悠の脇腹に触れており、悠の裏拳は恵のこめかみの数ミリ手前で停止していた。


その出来事は最初誰にも理解出来ず、全員の頭が真っ白になっていた。その中でも一番驚いていたのは悠に攻撃を届かせた恵であり、悠が言葉を掛けても返事どころか瞬き一つしていない。悠の拳圧で乱れた髪が顔を横切っているが、乱れるに任せたままただじっと悠と視線を交錯させている。


が、次の瞬間、糸が切れた様に恵が崩れ落ちた。


「おっと」


地面に倒れる前に悠がその体を受け止め事無きを得る。戦闘中の悠では有り得ない行動に他の者達の呪縛も解け、そして全員が拳を天に突き上げて叫んだ。




「「「やったーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」」」




「マジかよ!? あのガキ共やりやがった!!! やりやがったぞオイ!!!」


「見事の一言だな。いくら師が積極的な攻撃を行わない前提での戦闘であろうとも、まさかあの様な幼子達が・・・いや、もう幼子とは呼べまい。・・・立派な戦士だ」


「やった!! やったわね皆っ!!!」


「うおおおおおっ!!! 凄い、凄いぞーーーーーっ!!!」


喜びを露わにする子供達にビリーとミリーが駆け寄って抱き締めた。


「皆、よく頑張ったわ!!! 本当に・・・もう・・・」


「ミリー先生・・・」


「お前達は俺達の誇りだ!!! 世界一だよ!!! ハハハハハ!!!」


「わっ!? へへへ、やったぜビリー先生!!!」


ミリーは樹里亜に抱き付いたまま感極まって泣き出してしまい、ビリーも元の大きさに戻っていた京介の脇を抱えてグシャグシャの顔で褒め称えた。


「アルト、良くやったな・・・もうお前に教える事なんざねぇかもな・・・」


一番大きく消耗して、地面に腰を落としたままのアルトの脇に体を入れ、肩を貸して立ち上がらせたバローが明後日の方向を見ながらアルトに声を掛けた。


「バロー、先生・・・」


その借りた肩が小刻みに震えているのがアルトには分かったが、慎み深く何も言わずに頭を下げた。自分の剣の師匠はこれで中々感動屋の上に照れ屋なのだ。それを指摘しない程度にはアルトは良く出来た弟子であった。


「カンナ、いくら師の気を引く為の一撃とはいえ、最後の攻撃は直線的過ぎたぞ? ・・・だが、まぁ・・・良くやった」


そう言っていつもより目深に覆面で顔を隠したシュルツはアルトと同じく地面に座り込んでいた神奈に手を差し伸べた。


「素直に褒めてくれてもいいと思うんだけどなぁ・・・へへっ、シュルツ先生に褒められたのは初めてだから、まいっか。ありがと!!」


神奈はシュルツの手を掴んで立ち上がり、男前な笑みでニカッと笑う。


「ヤハハハハハハハ!!! こんな時の為にこっそりケイ殿に『透明化インビジブル』の魔法を教えておいた甲斐がありました!!! ヤハハハハハハハハハハ!!!」


腰に手を当てて高笑いするのはハリハリだ。この一連の流れを考えたのは他ならぬハリハリと樹里亜なのである。


最初の会話すら悠に対するブラフであり、本命は恵の『透明化』からの一撃であるが、それ以前に蒼凪が悠に『影牢』を掛けたのも時間稼ぎ以上に恵の魔法を悟られない為であったし、樹里亜が大声で神奈とアルトに作戦を伝えたのも、悠の気を2人に引き付けて万が一でも恵の存在を悟られない為である。小雪は反射結界で乱気流を受け流しながらこっそり恵を悠の背後へと導き、完全に背後を取った後は後方には乱気流の影響が及ばないので恵は押されて来る悠が近付いて来るのを待っていたのだ。そして神奈の攻撃に対応して隙を見せた悠へと恵が渾身の一撃を放ったのである。全員が力を合わせた結果としての勝利であった。


「出来れば僕達の魔法で決めたかったね」


「私の『氷針』もいい線行ってたと思ったんだけどねー」


「いいじゃない~、勝ちは勝ちなんだから~」


『四方対極烈破弾』もただ悠を釘付けにする為では無く、切り札の一つであったので始や朱音は若干残念そうだったが、神楽は皆で勝てたのでご機嫌だった。


「バロー、そろそろ泣き止んでアルトにこの『治癒薬ポーション』を飲ませてやってくれ」


「ば、ば、バーカ!!! 泣いてなんざいねーよ!!!」


アルトと違ってバローに容赦の無い悠が指摘し、バローは慌てて顔を逸らしたまま目元を擦り、『治癒薬』を受け取ってアルトに渡した。


「皆、休みながらでいいから聞いてくれ」


その言葉で喜びに沸いていた子供達の視線が悠へと向けられ、一様に口を閉じて言葉を待った。悠は恵を鼻を啜るミリーに預けて口を開く。


「俺に一撃を与えるという最終課題は本日をもって達成された。皆にとってこの1年余りの時間が長かったか短かったかは俺には計り知れん事だが、最早俺に後顧の憂いは無くなった。よって明日『竜ノ微睡オーバードーズ』を解く事にする。・・・お前達は俺にとって最高の生徒だった。以上だ」


悠に手放しで褒められた子供達の胸中にこの1年の間に起こった様々な出来事が思い出された。最初の一月の辛い体力作り、持った事の無い武器での慣れない戦闘訓練、夜に皆でやった街で購入したゲームの事、挫けそうになった時に支えてくれた仲間達、葵が自己進化で露天風呂を作り出した時のハプニング、初めて『成長促進』を使った時の明に全員が絶句した事。その他個々の沢山の思い出が走馬灯の様に思い出され、自然と皆の目頭を熱くさせた。


「・・・ぐすっ」


誰がの嗚咽を堪える音が引き金になり、一人、また一人と目から涙がこぼれ始める。辛い事も沢山あったが、それでもこの1年はきっと皆楽しかったのだ。


「悠先生!!」


いち早く感情のダムが決壊した蒼凪が悠に駆け寄って抱き付き、服を涙で濡らしていく。


それを皮切りに全員が悠へと駆け寄り、泣きながら縋り付いた。


「悠せんせー!!」


「悠先生!!」


「悠先生~」


あっという間に悠が泣きじゃくる子供達に埋没していく。


「泣かなくても良かろうが。・・・体は大きくなってもまだまだだな・・・」


悠は一人一人の頭を順に撫で、そして親しい者達だけが読み取れる微かな、本当に微かな笑みをその顔に浮かべた。


そんな悠は、まるで本当にずっと昔から子供達の先生であったかの様に見えたのだった。

修行の過程を一気にすっ飛ばして最終日から。本文途中で書いたエピソードは・・・どうしようかなと考え中です。明の『成長促進』エピソードと露天風呂ハプニングエピソードくらいは後で書くかもしれません。


考えている事を全部文章化するとまた数万字掛かりそうでしたので;;

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