5-85 修練の日々11
食事が終わって疲れて他の者達が寝静まっても悠の1日は終わらない。むしろこの夜こそが悠個人の修行時間である。
悠は一人屋敷から出て、庭でレイラと話していた。
《ユウは私が使えない間の戦闘訓練をするのよね?》
「ああ、それに魔法を自分で発動させる練習もしておかなければならん。レイラが低位活動モードに落ちている時は俺は『竜騎士』の技を使う事が出来んからな」
レイラが前に言った通り、竜気があるからと言って竜の技を使える訳では無く、使う為には竜のサポートが必要である。それは悠でも例外ではなく、仗が入院中『再生』を使えなかったのも同じ理由からだ。
これまでは多少竜気が残っていても相棒の竜が低位活動モードに落ちてしまっていては意味を成さなかったが、魔法があるこの世界では残り少ない竜気でもやりようによっては強力な切り札になるはずである。
「だが、竜気は魔力より扱いが難しい力だ。一朝一夕とはいかんだろうな」
《朝ハリハリがやってたみたいに『光源』の魔法で練習したらいいわ。攻撃魔法は竜気を込め過ぎると結界を壊してしまうかもしれないから》
「そうだな、上手く出来る様になるまではそれがいいだろう」
悠は早速『光源』の魔法陣を描く為に竜気を操ろうと試みた。普段はレイラに任せている竜気の操作であるが、使われているのはあくまで悠の竜気であったので、それがどの様な流れを持っているのかは文字通り体に刻み込まれている。
悠は普段通り集中力を高め、竜気が流れていく形をトレースすると、すぐに竜気の動きを掴み取る事が出来た。
「こうか・・・確かに目には見えないが自分の意のままに動くな」
《じゃあ魔法陣を描いてみましょ。どんな形か分かるかしら?》
「大丈夫だ。サロメの資料には各種魔法の呪文と魔法陣も載っているからな」
悠は資料を見て覚えた魔法陣を自分の力で形作っていく。
ここで魔法陣について少し詳細に描写すると、まず六芒星を描き、その頂点を囲む円を作り上げる。それを更に大きな円で囲み、◎の輪状の空白に魔法の情報を書き込んでいくのだ。そして最後に使う魔法の属性を六芒星の対応する三角形の中に書き込んだらあとは魔力を流し込めば発動準備は完了する。
悠はレイラが竜気を操っていた時を思い出しながら淀みなく魔法陣を描き上げ、竜気を流し込み、呪文を唱えた。
「悠が奉る。光よ、闇を照らせ」
明確なイメージを受けて魔法陣が発光し、瞬時に光の玉が悠の目の前に形成された。
《成功ね、ユウ!》
「これが魔法か、なるほど、便利なものだな。・・・少々明る過ぎるが」
悠が首を振ると光球もそれに沿って同じ方向に動いた。
「だがやはりレイラの作成速度には追いつけんな。現状では動いていない状態でも発動までに3秒は掛かりそうだ。最低でも1秒以下まで縮めねば実戦では使えん」
《それでも牽制程度にはなるわよ。ハリハリくらいの相手だと心許ないでしょうけど》
悠とレイラは戦闘に使えないと断じたが、一般的な戦闘に耐える魔法使いの魔法発動速度は平均5秒前後であり、初めて魔法を使った悠が3秒というのは他の魔法使いからすれば開いた口が塞がらなかっただろう。ましてや魔法使いは動きながら魔法を使う事は稀で、それを戦闘速度にまで昇華させられるのはアイオーンクラスの強者以外有り得ない。
「とりあえずしばらくの間は各種魔方陣を1秒以内に作成出来る事を重点に鍛練を積み重ねて行くか。作成しながら竜気を注ぐハリハリ方式はその後だな」
《ユウも竜気の扱いに慣れればすぐに出来る様になると思うわ。私のサポートがあれば今でもハリハリと同じ速度で展開出来るけどね》
「これはあくまでレイラの助けが無い状態での鍛練だからな。まずは各属性の『矢』と結界を使えればそれでいいだろう。俺は専門の魔法使いでは無いから、距離を詰める隙が作れればそれでいい」
悠の本分はあくまで接近戦であるので、魔法は補助的な要素として用いるつもりであった。特に悠の場合は魔力では無く竜気を用いるので、そうそう魔法に頼ってはいられないのだ。低位活動モード中に竜気を枯渇させてしまってはいつまで経ってもレイラが目覚める事が出来なくなってしまう。
悠はそのまま庭に腰を下ろし、座禅を組んで魔方陣を描く練習に没頭した。発動させると竜気を消費してしまうので、あくまでも陣を描く事だけを繰り返す反復練習だ。
呪文と違い、魔方陣には曖昧さや欠損は許されない。一本線を描き違えるだけでそれは意味の無い魔法陣になってしまう為、早く丁寧に描かなくてはならなかった。
レイラの場合は竜の膨大な記憶野に正確な魔法陣をそのまま転写しているので描き損じる事は無いが、普通は様々な状況によって他の生物の魔法は失敗してしまう。人間を例に取るなら、まずは練習不足為の欠損や不備、肉体的な消耗(戦闘等による痛み、出血、疲労、睡眠不足、酩酊)、精神状態(焦燥、恐怖、驚愕、諦観)など、魔法の失敗の原因には枚挙に暇がない。
悠はこれまでの鍛練の結果として肉体的、精神的な影響をほぼ完全に排除する事が出来るが、練習不足だけは努力で補うしかないのだ。
ハリハリは飄々と魔法を操っていたが、その陰では長いエルフの寿命を生かした努力があったに違いない。
それから真夜中までの二時間で無属性以外の六種の基本魔法を悠は覚え切ったが、動いていない状態でも魔法発動までは3秒を切るのが精一杯であった。
「・・・ふぅ、これは存外難しいものだな。俺もハリハリの講義に参加して一から習うか」
《それがいいかもね。ユウはそんなに器用なタイプじゃないから》
悠を知る者であれば耳を疑うセリフであろうが、レイラの言う通り、悠は生来器用では無い・・・どころか、ハッキリと不器用なのだ。何かを覚えようとしても人一倍時間が掛かるタイプなのである。
そんな悠がここまでの戦闘技術を修める事が出来た理由は2つあり、一つは『竜ノ微睡』による時間の拡大と、もう一つは決して諦めない不屈の精神力である。どちらか一方しか持たなかったなら悠がこれほどまでに強くなる事は不可能であっただろうが、この2つが揃った時、世界は最強の『竜騎士』を得たのだ。
「今日はこれまでにしよう。他にも目を通しておきたい資料もまだかなり残したままだ」
悠は立ち上がって土埃を払ったが、言葉通りまだ眠る訳では無く、入手した本や書類を読み込む時間が来た為に鍛練を切り上げた。魔法や言語の他に、世界の情勢や習俗、慣例、礼儀作法に至るまで、悠が記憶すべき事はまだまだ山積していたのだ。
《ユウの体力は理解してるけど、程々にね? 一応一年はあるんだから》
「どうにも俺は貧乏性でな。『竜ノ微睡』に入ると時間を切り詰める癖があるらしい。まぁ、滅多な事では俺がどうにかなる事は無いさ」
レイラのペンダントを弄りながら言う悠に、レイラは小さく溜息を付いたのだった。
ここからは巻きで進めて行きますー




