5-83 修練の日々9
全員の処置を済ませた時には起きている者は誰も居なかった。悠のマッサージはその腕力から相当キツく揉み解したりするのかと身構えていた子供達だったが、最初のリーンが嬌声を上げながらも5分と経たずに眠りに落ちた事で皆自分の番を今か今かと待ち構え、そして施術に入ると例外無く5分以内に眠りに付いたのだった。
悠は眠った子供達が寝冷えしない様に毛布を掛け直して部屋を出ようとしたが、ドアの前に立ったままノブに手を掛けずに声を掛けた。
「何か用か、ミリー?」
「あっ!? いえ、その・・・」
「とりあえず開けるから離れてくれ」
悠は一声掛けた後でノブを押してドアを開いた。
「どうした? 随分長い間ドアの前に居たようだが?」
「あの・・・私、ユウ兄さんに謝りたくて・・・でも、邪魔をしちゃ悪いかなと・・・」
ミリーは歯切れ悪く悠に理由を語ったが、悠は首を振った。
「構わない。ミリーが真心で言った事は分かっている。だが、それが妨げになる事もあると覚えておいてくれたらいい。体調に関しては俺も極力気を払おう」
「すいません。ユウ兄さんもちゃんと考えているのに、私ったら熱くなりやすくて・・・」
「これからも心が折れそうになる時があると思うが、そういう時はただ手助けするのではなく見守ってやって欲しい。皆、今は必死に己の足で立とうとしているのだ」
悠の諭す言葉にミリーは頷いた。
「では俺は夕食の下拵えをするので行かせて貰うぞ」
「え? あの、お休みにならないんですか?」
「別に疲れてはいないからな。ミリーこそ夕食まで休め。明日に障る」
自分も手伝いを、と申し出ようかと思ったミリーだったが、彼女自身、今も相当な疲労を感じていて、とても悠の助けにはならないと思い諦めた。手伝っている最中に居眠りでもしたら余計に悠に手間を掛けさせてしまうからだ。
「・・・分かりました、私も少し休みます。それでは・・・」
「ああ、ではな」
そのまま立ち去る悠の背中に、ミリーは一言言葉を掛けた。
「・・・やっぱりユウ兄さんが優しい人で、私嬉しかったです」
悠は振り返らずに立ち止まって答えた。
「別に優しくなど無いぞ? よく部下からは「神崎竜将は被虐趣味でもお有りなのだろうか?」と陰口を叩かれたものだ」
「まぁ! フフ、アハハハ!! ユウ兄さんらしいですね!!」
「俺が行き過ぎていると思った時は遠慮無く言ってくれ。今まで部下や同僚の体を壊した事は無いが、年が年だけに俺も手探りな所があるのは否めんのだ」
「分かりました、そうさせて貰います」
ミリーが頭を下げた気配を後ろに、悠は厨房へと立ち去った。
(信頼・・・か。きっとそれは少しずつ積み重ねて行く物なんだわ、きっと・・・)
悠の背中を見て、ミリーもまた一つ、胸の奥で積み重ねられた音を聞いた様な気がしたのだった。
悠以外の鍛練参加者が眠りについている頃、元気な者が一人存在した。
「ユウ殿!! ワタクシも手伝いましょうぞ!!」
「ハリハリか、お前はどこに行っていたのだ?」
「残念ながらワタクシ達エルフはいくら肉体を鍛えても筋力も体力も殆ど成長しないのでね、明日の講義の内容を練っておりました。なので、せめて夕食の支度くらいはお手伝いしようかと思いまして」
いそいそと白いフリルの付いたエプロンを身に着けながらハリハリが厨房に姿を現した。決して暇になったからやって来た訳では無いのだ。
「ならばせめてハリハリも恵の作った飲み物は飲み続けた方がいいだろうな。多少なりとも効果はあるだろう」
「ああ、そういえば昼に飲んだ変わった味のジュースってそんな効果があるんですか?」
「ああ、ドラゴンの血入りのジュースだ。体力増強に効くらしい」
「へぇ、ドラゴンの血・・・ドラゴンの血!? もしかしてユウ殿、ドラゴンの血を結構持ってたりします!?」
急にハリハリが目を見開いて悠に迫った。
「まぁ、それなりにな。俺達がドラゴンを倒した事はハリハリも知っていよう?」
「いやぁ、アザリアの町に寄付したりギルドで売り払ってましたから、もう無いと思っていましたよ!! すいませんが、瓶一本分でいいから譲って貰えませんか? ドラゴンの血は魔法の強力な触媒になるのですよ!」
「その程度なら構わんぞ」
《多分、血に含まれる竜気の効果だと思うわ。魔力より5倍以上は濃いんだから、いい触媒になるのも当然よね》
レイラの言う通り、それは薬効というよりも竜気を魔法に転用している事が大きかった。その証拠に、ドラゴンと同ランクの魔物の血液を用いてもドラゴンほどの効果が出ないのだ。
「むむっ!? という事は、ドラゴンの血を触媒にする事で、ワタクシ達もユウ殿と同じ様な事が出来るのでしょうか?」
ハリハリがレイラの言葉に食い付いたが、レイラの返事は素っ気無い物だった。
《無理ね。竜気が扱えれば竜の能力を使える訳じゃ無いわ。アレは私達のサポートがあって初めて使える技術だもの》
「やはりそう上手くは行きませんか・・・でも、魔術を拡大する事でそれに近い事は出来そうです。ん~~~~~! ワタクシ、俄然研究心が湧いて来ました!!」
「研究もいいが、今は手を動かせ。恵によるとこの野菜はしばらく水に晒して灰汁抜きをせんと渋いらしい」
ハリハリの熱意に引きずられる事も無く、悠はテキパキと野菜の処理を進めていた。慣れているので手元を見なくてもその作業に危うさは無い。
「全く、ユウ殿は冷静ですなぁ・・・。世の魔法使いからしたら長年解き明かせなかった真理の一つなのですぞ?」
「今の俺の真理とはこの野菜の灰汁抜きに2時間掛かるという事だけだ。それに、竜気を使って効果を増強しているというのなら、俺の魔法は強化出来ないという事だからな。・・・ハリハリ、そこのボウルを取ってくれ」
所帯染みた悠の態度にハリハリは片手で額を押さえ、もう片方の手でボウルを渡しながら嘆いた。
「はいはい、ユウ殿には確かに必要無いでしょうね。ああ残念です! 今少しでも魔法に詳しい者が居たらワタクシの興奮を分かって貰えるというのに!」
悠の言っている通り、悠の魔法は既に竜気で構成されているので、更にドラゴンの血を用いる必要は無かったのだ。多少は使用する竜気が節約出来るかもしれないが、その為に戦闘に耐えるだけのドラゴンの血を確保する事は難しいだろう。
「効果的な利用法を考え付いたのなら話を聞いてやる。今はこの実の皮を剥け。薄皮を残すなよ」
「・・・今のユウ殿はまるで下宿の強面管理人のようです・・・」
ガックリと肩を落とすハリハリだったが、それでも悠に振られた作業を黙々とこなす辺りは根が真面目な証拠なのかもしれなかった。
ドラゴンの血の成分自体には体力増強以外の効果は無いのですが、内包する竜気で魔法の効果が押し上げられていた訳ですね。
ただ、血を用いて魔法を使うという儀式自体が集中を高め、魔法を強くする暗示効果もあったのでした。魔法は様々な効果が絡むので、一概に迷信とバカに出来ない事が幾つもあるのです。




