5-82 修練の日々8
「くっ! ・・・今はそれよりもソーナにこれを飲ませないと・・・」
蒼凪を放っておく訳にもいかず、ミリーは悠を追うのを諦め、『治癒薬』の栓を抜いて蒼凪の口に付けた。
「ソーナ、『治癒薬』よ、飲んで」
「・・・ぅ・・・」
意識が定まらない蒼凪だったが、喉が渇いていた事もあって少しずつであるが『治癒薬』を飲み始めた。そのまましばらくすると蒼凪の目の焦点も定まって来て、ミリーの手から離れ、頭を下げた。
「・・・ありがとうございます、ミリーさん。もう、大丈夫です」
「本当に大丈夫? どこか痛かったり苦しかったりする所は無い?」
あれだけの消耗が『治癒薬』一つで治るとも思えずにミリーは蒼凪に問い掛けたが、蒼凪は首を振った。
「まだちょっと・・・疲れてはいますけど、大丈夫です。・・・それより、お風呂に行きましょう。早く・・・入って、悠先生の言った通り・・・部屋で待っていないと、いけませんから」
「・・・蒼凪、あなた、ユウ先生ユウ先生っていつも言っているけど、無理な事は無理って言っていいのよ? 今日みたいな事は危険だわ。私からやり過ぎだってユウ兄さんに言っておくからあなたは――」
「やめてっ!!!」
蒼凪は肩に置かれたミリーの手を振り払って叫んだ。
「っ! ソーナ?」
「ミリーさんが、私の事を・・・本気で心配してくれているのは、分かります。けど、余計なお節介は止めて下さい。この鍛練は、私が望んだ物です。私は例えこれ以上辛い物であっても、絶対に止めません」
「・・・何故あなたはそこまでやるの?」
普段は静かな蒼凪の激情にミリーは払われた手を押さえる事も忘れて尋ねた。
「・・・私はこの世界に召喚される前は、息をしているだけの死人でした」
蒼凪は過去の苦痛に耐えながら、ミリーに自らの身の上を語った。
「お父さんもお母さんも居なくなって、友達は皆離れていって、新しいお父さんはイヤらしい人で、新しいお母さんは私の事が大嫌いで・・・私は早く死にたかった。だって・・・誰も私に優しくして、くれないんだもの。私が皆、死ねばいいと思っているのと同じ様に、皆も早く、私が死ねばいいと思ってるんだもの」
蒼凪の目には過去の全てが忌まわしく映っていた。なまじ最初に幸せな記憶があるせいで余計に辛く、哀しいのだ。
「あの時の私は、何も出来ずに怯えて縮こまる・・・無力な子供でしかなかった。・・・今なら分かる。私は戦わなきゃ、ダメだったんだって。醜くても、無様でも、軽蔑されても、足掻かないといけなかったんだって・・・。お母さんは戦わずに死んじゃったけど、諦めていた私に、悠先生と明は新しい命を吹き込んでくれた・・・だから私は、今度こそ、一生懸命生きるの。それは誰にも邪魔させない、絶対に」
蒼凪の視線の強さにミリーは思わずたじろいた。ビリーという保護者が居たミリーの甘い言葉は、蒼凪の心の奥には届かなかった。
「悠先生が、誰よりも私達の事を大切にしてくれている事を、私達は皆知っている。小さな子達もそれを今日知った。知らないのは大人だけ。私達を本当に信じてくれているのは悠先生だけ。だからどれだけ辛くても耐えられる。悠先生が私達の先で待っていてくれるって信じられるから。・・・そんな甘いだけの言葉を吐いて、私達の道を塞がないで下さい」
「あ・・・う・・・」
自分よりずっと年下の子供の言葉にミリーは言い返す事が出来なかった。ミリーとて別に子供達の邪魔をする気は無かったのだ。ただ、やはりどこかで子供がこのような過酷な鍛練に付いて来れるはずが無いと思っていた事は事実であった。つまり、甘く見ていたのだ。悠と子供達の覚悟の両方を。
絶句して固まるミリーを置いて、蒼凪は立ち上がった。
「・・・少し言い過ぎました、ごめんなさい。私の体を心配してくれた事は、本当に感謝してます。でも、もう2度と誰かが諦めたりしない限り、修行の中断を、申し出る様な事はしないで下さい。そして、最後に一言だけ・・・」
蒼凪は息を大きく吸って、叫んだ。
「悠先生を悪く言わないでっ!!!」
叫んだ後、蒼凪は慣れない大声に咳き込んだが、ミリーは固まったまま微動だにしなかった。いや、蒼凪の迫力に動けなかったのだ。
「ケホ・・・。この話はここまでにしましょう。私もいつまでも蟠りを引きずっていたくは、無いですから。行きましょう」
「・・・ええ、その・・・ごめんなさいね。私、子供っていうのはもっと弱い物かと思ってたわ・・・」
「いいんです、それは事実ですから。・・・でも、強くなろうとしている子供まで、同じだと思わないで下さいね? 大人が思っているより、子供の成長は早いんですから」
「全くね・・・ソーナ、あなた、初めて会った時からみたらまるで別人だもの」
ミリーは立ち上がって蒼凪に笑い掛けた。少し苦味が混じっていたのはまだ青い証拠かもしれない。
ミリーの言葉に蒼凪も少し悪戯っぽい笑みを返す。
「それは子供だからじゃ無くて、女だからです、フフ・・・」
「え!? ちょ、ちょっとソーナ!?」
「行かないなら先に行っちゃいますよ、ミリーさん?」
「待って! 待ってったら、ソーナ!!」
歩き出す蒼凪に慌ててミリーは追い縋って風呂へ向かったのだった。
そして全員が風呂から上がった後、悠と子供達の姿は大部屋にあった。
「悠先生、全員を集めて何をするんですか?」
いつも通り樹里亜が口火を切って悠に尋ね、皆が注視する中、悠が答えた。
「今日からの鍛練は俺が言うのもなんだが厳しい物だったと思う。これから一月の間は終了後に簡単な検診とマッサージをするので、各自自分のベッドで横になってくれ。夕食まで時間があるからそのまま昼寝して構わん」
「「「マッサージ!!!」」」
女性陣が声を揃えて叫んだ。
「ん? 嫌だったら検診だけにしておくぞ?」
「「「いえいえいえ!!!」」」
打ち合わせしたのかと思うほど、女性陣は一糸乱れぬ動きで悠の言葉を否定した。
自分のベッドを見て頬を染める樹里亜、クンクンと体の匂いをチェックする神奈、胸を押さえて深呼吸を繰り返す恵、そして先走って脱ぎ出す蒼凪・・・という所で悠から待ったが掛かった。
「待て、服は脱がんでいい。簡単な検診だと言っただろう?」
「あ・・・そうですか・・・」
服のボタンを4つほど外した時点で手を止めた蒼凪は、何故か残念そうに留め直した。胸元が覗く前に男性陣は智樹とアルトがそれぞれ京介と始の目を塞いで明後日の方を向いており、女性陣は一切躊躇いの無い蒼凪の行動に戦慄を覚えた。
「あの、何が始まるんでしょうか?」
「見ていれば分かるわよ、さ、皆、横になりましょう」
「はぁ・・・?」
説明になっていない説明を受け、リーンは疑問を感じながらもベッドに寝転がった。
「ではまずリーンからにするか。リーン、俺は医学の心得があるので子供達の主治医の真似事もやっているのだ。体に触れるが大丈夫か?」
「え・・・ああ! そういう事ですか。はい、大丈夫ですよ?」
「ではそのままの姿勢でいてくれ。・・・ふむ・・・」
快諾したリーンの手を取った悠は各部の関節や腱が痛んでいないかを簡易的に検診していった。
「・・・」
大丈夫と言ったはずのリーンは触診が進むにつれて徐々に顔が赤くなって来た。リーンの知る医者の検診とはもっと簡素で大雑把な物であり、かつ乱雑であった。しかし悠の触り方は乱暴ではなく、むしろこちらを気遣った心地良い物だったのだ。
(あわわ・・・ど、どうしよう・・・! こ、声が出ちゃう・・・!)
特に疲労していた足は敏感になっており、悠が曲げたり伸ばしたりする瞬間に思わずリーンの口から声が漏れそうになったので、リーンは慌てて自分の口を押さえ付けた。
「・・・っ・・・ぅ・・・!!」
「ふむ、疲労はしているが痛めた所は無さそうだな」
(お、終わったぁ・・・)
何とか声を漏らさずにやりおおせたリーンがホッと安堵の溜息を漏らしたが、それは全くの早計であった。
「ではこのままマッサージに入る。いくぞ」
「へ? あ、ああ・・・あひゃん!!」
最初の一揉みから盛大な喘ぎ声を上げたリーンの声は、その晩、智樹とアルトを大いに悩ませたのだった。
蒼凪はこれまで散々色々な事を我慢して生きて来ましたが、もう自重するのは止めたらしいです。言いたい事は言いますし、したい事はします。・・・だからと言って思春期の男の子が居る前で脱ごうとするのは止めた方がいいかと思いました。そんなのはシュルツだけで十分です。あと亜梨紗。




