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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第五章 異世界修業編
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5-81 修練の日々7

「ど、どうした、もうバテたかっ!? せ、拙者はまだまだ余裕だぞっ!!」


「ぬ、抜かしやがれ!! 俺様がこ、この程度でバテるかよっ!!!」


子供達の美しい覚悟とは違う、醜い争いがバローとシュルツの間で繰り広げられていた。互いに抜きつ抜かれつしながら走る2人は既に両者共全速に近い。それでもシュルツは悠の自称右腕として、バローは男のプライドに掛けて相手に譲る事は出来なかった。


本来、体力という面でなら男のバローの方が優越しているはずなのだが、技術はともかく体力的な鍛練を最近まで怠っていたバローと常に鍛え続けていたシュルツの体力は拮抗していたのだ。


「このクソ女!! た、たまには男を立てやがれ!!」


「た、立つほどのモノも持たぬ輩が吠えるな!!」


「い、一々卑猥な女だな!?」


喚き続けながら走っているせいで既に両者共に限界を迎えているのだが、相手への反感から2人は足を止める事が出来ないでいた。だからこそ心を折ろうと口汚く罵り合っているのだが、そのせいで余計に疲れるという悪循環であった。


そんな醜い競い合いが不意に途絶える。


「あっ!?」


「どわっ!?」


何かに足を取られ、2人の体が宙を舞っていた。そして半秒後にそろって地面をゴロゴロと転がってしまう。


「貴様らは鍛練中に何をしている? あっさり足を刈られるとは・・・恥を知れ」


「師匠!」


「な、何すんだよユウ!!」


2人の足を刈った物の正体は悠の足であった。悠が接近するのにも気付かない2人の足を背後から刈り取ったのだ。


「どうやら貴様らにはこの程度では生温いらしいな。これからは俺が追いつく度に貴様らに妨害を仕掛ける事にする。回避出来なかったらその場で素振り百回だ」


「げぇっ!?」


「望む所です、師よ!!」


結局、更なる鬼仕様となった鍛練を消化する事になる2人であった。




「全員、今の周回が終わったら今日は上がりだ!! 終わったら風呂で汗を流し、子供達は部屋で待機しろ!!」


悠は格闘場で報酬として受け取った『拡声』の魔道具を使って敷地内にアナウンスし、走っている者達は最後の力を振り絞ってそれに応えた。


ゴールした者達は例外無くその場に倒れ込み、用意されている水を浴びる様に飲み干した。


「ング、ング、ング、ング、ング・・・ぶはぁっ!! ハァッ!! ハァッ!! ハァッ!! お、終わった・・・」


「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ・・・くはっ!! せ、拙者の、方が、速かった、ぞっ!!」


「ば、バカヤロー、お、俺の、方が、はえぇ、よっ!!」


「ど、どっちでも、いいじゃ、ないですか、ハア、ハア、ハア」


未だに言い争う元気があるバローとシュルツはいっそ見事と言うべきかもしれない。


「終わったからといってすぐに止まると怪我をするぞ。しばらくの間は歩き回って徐々に休め」


誰よりもハードに周回を積み重ねた悠は自ら実践してみせ、他の者もそれに倣って立ち上がって歩き始めた。


「ハァ・・・ユウ、お前、一体何周したんだ?」


「162周だ」


「ブフォ!? ゲホッ!! ゲホッ!!」


何となく自分の倍くらいかと考えていたバローは飲んでいる水を吹き出した。悠を抜かせば妙な競争をしなかったビリーがトップの66周で、バローとシュルツが58周の30キロ足らずであった。もっとも、バローとシュルツは途中で何度も悠の攻撃を回避し損ねて素振りをやっていたせいでもあったが。


だが水を持って走り回っていたはずの悠は額に汗を掻いてはいるが、呼吸も殆ど乱れは無く、軽く一汗掻いたという風にしか見えなかった。


「やはり単純に走るだけでは負荷にならんな。次は重りでも担ぐか」


「こ、この化けモンが・・・」


二時間で80キロ超と言えば、マラソン男子の世界ランナーの約2倍であり、平均時速40キロ以上だ。百メートルを10秒で走る速度が約36キロ程度であるので、悠は短距離走の選手以上の速さでマラソンをしていた事になる。誰も追いつけるはずが無い。


そんな事を話している間にも子供達は次々にゴールしていったが、最後の蒼凪だけが中々やって来なかった。


「俺は蒼凪を待つから、他の者は先に風呂に行け」


「ユウ兄さん、私も待ちます。お風呂に行くにしても、連れて行く人間が必要ですよね?」


「頼む」


ミリーの申し出に短く返し、悠は腕を組んで蒼凪を待った。


それから5分後、最後の曲がり角を足を引き摺る様にして蒼凪が姿を見せた。それは最早走っているとは言えない速度で、体も左右にフラフラと揺れていたし、意識も虚ろな様子だった。


「ソーナ!?」


「動くなミリー! 手助けはならん」


「で、でも・・・!」


その声が聞こえたのか、俯いて走っていた蒼凪が顔を上げ、小さく左右に振る。目が合った悠は蒼凪に頷き、ミリーに言い捨てた。


「蒼凪は自分の力で成し遂げようとしているのだ。それを遮る事は許さん」


「・・・・・・分かりました」


蒼凪自身が助けられる事を望んでいないと理解したミリーは駆け寄りたい気持ちをグッと堪えてその場で蒼凪を待った。


その時、悠の脳裏に蒼凪の声が響いた。


(ありがとう御座います、悠先生。でも、あと少しですから・・・必ず自分一人で走りますから、待っていて下さい)


(ああ、待っている。お前が辿り着くまで俺はずっと待っている)


蒼凪の顔にほんの微かに笑みが浮かび、蒼凪は前進を続けた。何度も転んだせいで服は砂だらけで、顔や髪にも汚れが付いていたが、その姿はとても美しく、そして哀しくミリーには思えた。


(頑張って、ソーナ! あとちょっとよ!!)


蒼凪の体が牛歩の速度でゴールに近付いて行く。あと10メートル、9メートル、8メートル・・・


だが無常にも残り5メートルの所で蒼凪の足がもつれ、その場に転倒した。


「あっ!? ソーナ!!」


今度こそ見ていられなくて駆け寄ろうとしたミリーの肩を万力の如き力がその場に縫い止めた。止めたのは勿論悠であり、振り返るミリーに無言で首を振った。


「・・・っ!」


その手の力に絶対的な物を感じたミリーは射竦められて再びその場に留まったが、顔だけは蒼凪の方を向いた。


蒼凪は倒れはしたが諦めてはおらず、体をゆっくりとであるが起こし、手を付いて片膝を付き、震える足に渾身の力を込めて低い姿勢で立ち上がった。


疲労の為に上体を起こせない蒼凪は両手をそれぞれ膝に当て、痙攣する足を何とか一歩ずつ前に出していく。それは既に牛歩どころか蝸牛の歩く早さに等しかったが、悠は決して蒼凪に手を差し伸べようとはしなかった。


もし蒼凪が悠に助けを求めたなら悠も手助けしただろう。だが、蒼凪は一度だって助けを求めはしなかった。蒼凪が求めたのは待っていて欲しいという事だけだ。ならば悠は例えこのまま夜になろうともその場で待つつもりで立っていたのだ。


残り数メートルが果てしない距離に感じていた蒼凪であったが、口では小さく呟き続けていた。


「待って、て・・・悠、先生・・・待ってて・・・」


その呟きを拾ったミリーの涙腺が熱くなり悠を睨んだが、悠の顔からは一切の感情を読み取る事が出来ずに歯軋りした。こんなに頑張っている子に心配そうな気配すら欠片も表さない悠に、ミリーは初めて会った時の様な反発を得ていたのだった。


だが、熱くなっていたミリーは気付いていなかったが、悠は一瞬たりとも蒼凪から目を離してはいなかった。ちゃんと見ている、待っているという態度を示す事だけが悠の蒼凪に対するエールであった。


やがて蒼凪にしてみれば永遠にも思える数メートルが踏破され、残り一歩の所までやって来て、不意に顔を上げて悠を見た。


明らかに目の焦点が合っていなかったが、悠も自分を見ているとぼやける顔の向きで分かった蒼凪はその方向に向かって最後の一歩を踏んだ。


その足が地に着いた瞬間、蒼凪は糸の切れた人形の様に前のめりに倒れた。


「ソーナ!!!」


今度はミリーを悠が止める事は無く、ミリーは倒れる前に蒼凪の体を抱き締めた。


「終わったな、ミリー、蒼凪にこれを飲ませておいてくれ。その後の風呂は頼んだぞ」


そう言って『治癒薬』を出す悠の手からひったくる様に受け取ったミリーは先ほどより強い視線で悠を睨み付けた。


「・・・それだけですか? これだけ頑張ったソーナに何か一言くらい言ってあげたらどうなんですか!? そもそもここまでやる必要があるんですか!?」


人一倍子供達に共感しているミリーが大声で悠を問い詰めたが、悠の返事は素っ気無い物だった。


「これ以上言うべき事は無いし、ここまでやると決めたのは全員の合意の上だ。俺は先に行くぞ」


「あっ、ま、待って!! 待ちなさい!!!」


それきり、悠はミリーの呼びかけに振り返る事も無く屋敷の中へと戻っていってしまい、後には蒼凪とミリーだけが取り残されたのだった。

ミリーもまだまだ悠を甘く見ていました。本気で悠がここまでやるとは思っていなかった為、激昂してしまいましたが・・・

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