5-77 修練の日々3
悠の居ない広間では、ハリハリの講義が始まっていた。
「ヤハハ、教師の真似事をするのは200年振りですが、追々思い出しながらやっていく事にしましょう。という事でワタクシも元の姿に戻らせて頂きますね」
人間の状態では魔力を抑制されているハリハリが指から白い石の指輪を抜き取りエルフの姿へと変貌を遂げた。
「・・・ふう。さて、まずは魔力について説明しますか。魔力とは簡単に言ってしまえば燃料の一種です。生物でも知能がある者はこれを燃料にして様々な奇跡をこの世界に引き起こす事が出来ます。それは火や水や風や土を出現させて操ったり、光を生み出したり、闇に閉ざしたり、幻覚を見せるといった風に様々にね」
言いながらハリハリは蝋燭を取り出すとその先端に指を近付けて火を灯し、それを弱い風で煽ったり、指先から水の飛沫を出したりして消火して見せた。
「魔法を行使するには、まず魔法陣を魔力で描かなくてはなりません。この中で一度も魔法を使った事の無い人は居ますか?」
その質問に手を上げたのは恵と明と蒼凪、それにベロウであった。蒼凪は悠と『心痛話』で話す事は出来るが、あれは魔法とは少々違うので除外したのだ。
「おや、バロー殿、珍しいですね、魔法を使った事が無いとは?」
ハリハリが興味を引かれたのはベロウが魔法を使った事が無いという事だった。庶民でも無いベロウが一度も魔法の関わって来なかったという事は、何らかの理由があると思ったからだ。
「ウチは代々剣を尊ぶ武門の家だったからな。魔法には当主になる人間はあんまり関わらないようにってんで、まともに習っちゃいないんだよ。・・・この際だから知らない奴に言っておくがな、ノースハイア王国元伯爵、ベロウ・ノワールっていうのが俺の肩書だ。だが今の俺はそれを捨ててここに来た。だからバローが今の俺の名前だ」
魔法に関して問われては言わない訳にはいかないので、ベロウは遂に皆の前でその正体を明かした。
「・・・やっぱりアニキは貴族の方だったんですね。どおりで粗野に振る舞って見せてもどこか品があるなと思いました」
「捨てて来たと言うのなら、私達はそれ以上は詮索しません。とにかく、今は講義を聞きましょう」
「・・・悪ぃな、2人共」
一番長く謀る形になったビリーとミリーが深く詮索する事無く受け入れたので、ベロウは軽く手を上げて感謝の意を示した。これにより、ベロウはバローであると皆が認識するに至ったのだった。
「・・・その辺りはまた後ほど伺いましょう。今は魔力の扱い方に話を戻しますが、魔力を扱うにはまず『覚醒儀式』を行う必要があります。『覚醒儀式』とは魔力の扱いに長けた者が対象となる者に魔力を流し込み、魔力の存在と扱い方を自覚させる通過儀礼です。とりあえず、魔法を使った事の無い4人はこちらに来て頂けますか?」
ハリハリに促されて恵、蒼凪、明、バローの4人は立ち上がり、ハリハリの側まで近寄った。
「本来は一人ずつやるのですが、纏めてやっちゃいますので皆さん手を繋いで下さい。そして輪になって・・・そうそう、そしてそこに私が混ざりますから、ハイ」
そのまま5人は円陣を組んで一纏まりになった。
「まさか4人同時にやるんですか?」
「そうですよ、ミリー殿。その方が早いですしね」
ミリーの言葉をハリハリは軽く肯定したが、本来『覚醒儀式』は1対1で行われる物で、4人同時などという離れ業は人間では熟練の魔法使いにすら不可能である。
「今から私が魔力と使うべき魔法陣の図を送りますので、皆さんは光る玉を思い浮かべてその通りに魔法陣を描いて下さい。呪文は「〇〇が奉る。光よ、闇を照らせ」です。『光源』の魔法ですね」
「明、ハリハリさんの言ってる事が分かる?」
「うん! だいじょうぶ!!」
「いつでもいい」
「いいぜ、やってくれ」
全員が首肯したのを確認してハリハリは魔力を集中し、それを円環状に循環させ始めると4人の脳裏に描くべき魔法陣が浮かび上がり始めた。
「見えますか、魔法陣が? 感じますか、魔力を? 魔力を感じたならそれを材料にして魔法陣を描いてみて下さい。焦らず、ゆっくりとね。最初はペンの様な物をイメージしてそれで魔法陣を描くようにすると楽かもしれませんよ」
ハリハリから流れて来る不可視の力に方向性を与え、4人はそれぞれ魔法陣を描き始めた。だが初めての感覚に戸惑いが大きく、中々魔法陣を描き切る事が出来ない。
そんな中、最も早く魔法陣を描き上げたのは明であった。
「出来た!!」
「出来上がったらそのまま少し待っていて下さいね? 魔法は先入観が無い幼い内の方が覚えが早いですから、メイ殿が一番覚えやすいと思っていました。他の皆さんも余計な事は考えず、ただ魔法陣を描く事だけを考えて下さい」
幼い内というのは素直に人の言う事を鵜呑みのするので、理屈で物事を考える大人よりも魔法の習得が早い傾向があった。今考えるべきはただ与えられた材料で魔法陣を描く事であって、何故魔法が発動するのかや、魔力とは何かなどという大人の思考は逆に邪魔なのだ。
「ん~~~っ」
「・・・ん」
「くっ・・・」
それでも一番幼い明に先を越された他の3人も魔力を操る事だけに集中し始め、何とか魔法陣を描く事に成功した。
「全員描き終えましたね? では次はそこに魔力を通し魔法を発動させましょう。その出来上がった魔法陣に時計回りに魔力を流し込んでいきます。魔法陣自体に今描いたようにに魔力を注ぐのです。花に水をやるように、水差しでコップに水を注ぐようにね。そして呪文を唱えながらイメージを膨らませて下さい。今から使う『光源』の魔法は光の玉を作り出す魔法です。強く光の玉を意識するのですよ」
ハリハリの言葉を一番早く実践出来たのはまたしても明であった。
「めいがたてまつる。ひかりよ、やみをてらせ!」
明が光る玉を意識しながら大雑把に魔力を注ぎ発動させると、明の目の前に明るく輝く玉が出来上がった。
「やった!! 出来たよ!!」
「上手くいったみたいですね。ただ、メイ殿は少し魔力を多く流し過ぎです。次からはもう少し魔力を丁寧に注いでみて下さい。魔力の無駄遣いは勿体無いですからね?」
「はーい!!」
明は元気よく返事をしながらも自分の作り出した『光源』にキラキラとした視線を注いでいた。『蓬莱』には存在しなかった技術で自分が作り出したのだという事実が明を高揚させていたのだ。
「恵が奉る。光よ、闇を照らせ」
「蒼凪が奉る。光よ、闇を照らせ・・・」
「バローが奉る。光よ、闇を照らせ!」
他の3人も遅れる事少々でそれぞれ魔法を発動させた。
「わっ、で、出た!」
「これが・・・魔法・・・」
「うおっ、ちっさっ!!」
恵と蒼凪の前にはほぼ同じくらいの大きさの光の玉が浮かび、バローの前には小さな光の玉が浮かんでいた。
「ケイ殿とソーナ殿は結構ですよ。バロー殿はイメージが足りませんね。途中で雑念が入ったせいでイメージが乱れたのでしょう。もっとしっかりと意識せねばなりませんよ」
そう言ってハリハリは円陣から手を放した。
「一度使えるようになれば、次からは自分の魔力で使う事が出来ます。魔法陣を描く練習は続ける様にして下さいね。ちなみに慣れるとこんな事も出来ます」
ハリハリは今説明した様な回りくどい事はせずに魔法陣を描きながら魔力を注ぎ、呪文も無く魔法を発動して見せた。その間は1秒にも満たない。
「使う魔法のイメージが明確に出来るようになったら呪文はいりませんし、魔法陣にを描きながら魔力を注いだりする事が出来ますよ」
「は、早い!?」
ハリハリの魔法の鮮やかさにミリーが舌を巻いた。この中で一番魔法を多く使って来たミリーだからこそ、その速度の異常さが良く分かるのだ。
「他の皆さんも『光源』の魔法で練習してみて下さい。『光源』は消費魔力も少ないし、危険も無い魔法ですから練習するにはもってこいです。それを更に研ぎ澄まして使う練習をする事で他の魔法でも魔力の効率や速度、威力を向上させられます」
ハリハリが全員を促し、広間に幾つもの光の玉が浮かび上がっていく。
魔法に対する知識に関しては人間より優れているエルフの肩書通りに、ハリハリの講義は皆に上手く浸透していったのだった。
裏タイトル「教えて! ハリハリ先生!!」第一回。
ハリハリは難しい事を簡単に説明出来る本当に頭のいいタイプの先生です。




