5-74 フェルゼンの休日9
しばらく温室で話をしている内に辺りはすっかり暗くなり、ミレニアは悠達を夕食に誘って来た。
「そろそろ主人とアルトも戻って来ると思いますし、ユウさんが居て下さったらアルトも喜ぶと思うんですけど・・・?」
「いや、今日は修行前の最後の一日だ。アルトには親子水入らずで過ごさせてやりたい。ローランやミレニアにとっては1日でも、アルトにすれば1年は離れ離れになるのだからな」
「そうですか・・・ではせめてこちらでご用意した品物がありますのでお持ち下さい。それとハジメ君、ちょっと手を出して?」
「はい?」
ミレニアが始の前に屈み込み、小さな手を広げる始に黒い粒の様な物を幾つか手渡した。
「これって、もしかして・・・」
「ええ、植物の種子よ。幾つか混ざっていて栽培が難しい物もあるけど、良かったら挑戦してみてね?」
「あ、ありがとうございます、ミレニアさま!!」
「やだわ、様なんて。私達はお花好き同士のお友達なんだから、せめてミレニアさんって呼んでね?」
小踊りしながら礼を述べる始の鼻を軽くつまんでミレニアは悪戯っぽく笑い掛けた。
「ふぁい、ひれひあふぁん」
綺麗な年上の女性に触れられて赤面した始は鼻をつままれたまま返事をしたせいでおかしな返答になり、それを聞いた皆で笑い合ったのだった。
そのまま悠達がエントランスに辿り着いた時に丁度ローランとアルトが屋敷に帰って来た所に出くわした。
「おや、ユウ、帰ってしまうのかい?」
「今日は親子だけで過ごすべきだろう。どうせアルトとはしばらく一緒に暮らす訳だからな」
「そうかい? ではその心遣いは有難く受け取っておこうかな。悠には代わりの物を持って行って貰うよ。・・・ミレニア!」
「ええ、丁度ご用意出来た所ですわ、あなた」
ミレニアが頷き、その後ろからアランが手に持てるサイズの鞄を持って現れた。
「ユウ殿、こちらはドラゴンの食材です。これらの食材は強い体を作り、病気に罹りにくくなると言われておりますので、是非ご活用下さい。調理の仕方は中にメモが入っております」
「これは・・・もしかして俺達がギルドで売却した物では?」
「はい、その通りです。・・・と言っても気に病む必要は御座いませんよ?」
悠の懸念を察したアランが微笑みながらそれを訂正した。
「この領内は最も早く先の魔物襲撃事件の影響から脱する事が出来ましたから、他の領地に先んじて流通が回復しておりました。その間に物資の足りない領地へ割増しで余剰品を捌きましたから、当家はまるで損はしておりません」
「なるほど・・・流石はローラン、抜け目が無いな」
「なぁに、ユウなら必ずやってくれると思って信じて準備していただけさ。麗しい友情に神が与えたもうた慈悲だと私は思うね」
したり顔で話すローランだったが、これはある種の賭けに近い物であった。もし悠達の解決が遅ければ余剰品とはいえローランの用意した品は無駄になり、少なからず損失を与えていたであろう事は明白である。そしてローランの治めるフェルゼニアス領は国一番の穀倉地帯であり、商業に使える余剰品の量も他の領地とは桁違いで、今回の短い商機の間にローランが売り上げた利益は金貨1万枚を上回るものであった。それでもフェルゼニアス家の財産から見れば大した額では無いが、金銭はあって困る訳では無いので、ローランは今回の手土産にそれを流用したのだ。
「ではその慈悲とやらは子供達の為に有難く使わせて貰おう。そろそろ俺達は失礼する。アルトは明日俺が迎えに来るから、朝の鐘(午前6時)までに出発出来る準備をしておいてくれ」
「はい、明日からはよろしくお願いします!」
アルトに頷きで答えた悠が外に出ると、護衛をしていた冒険者達がこちらを向き、悠に手を振って来た。
「あっ!? きょうかーーーん!!」
「え? ・・・あっ、ユウ様!?」
そこに居る冒険者達は悠に最後まで抗った者達で出来たパーティーだった。手を振るのは短剣使いの女であり、それに気付いたギャランだ。
「護衛の依頼か、お前達?」
「はい!! と言っても全然魔物は出て来ないし、盗賊なんていうのも治安のいいフェルゼニアス領では殆ど居ませんから、ただ送り届けただけになっちゃいましたけどね~」
「お、オレは皆でやる依頼は初めてだったので緊張しました・・・」
ニシシと笑う短剣使いに緊張で胃の辺りを擦るギャランと、反応は見事に対照的だった。
「お前達は足して2で割ったくらいが丁度いい様だな」
「えへへ、良く言われます」
「が、頑張って慣れる様にしていきます!」
「ああ。何にせよ、フェルゼニアス公爵のお目に適ったという事だろう。この縁を大切にしろよ?」
「「はい!」」
悠としてもローランの護衛に付く者が自分の信頼の置ける人間であるという事は望む所であるので、是非彼らには頑張って欲しいと思っていた。
悠達が通り過ぎる間、他のパーティーメンバーも悠に頭を下げていたが、一番遠くに居る者だけが悠と目が合うとプイッとソッポを向いたのが印象的であった。
《フフ、相変わらず依怙地ねぇ、ジオったら》
「それが原動力で切磋琢磨出来るのなら構わんさ。・・・それを見せる所は若さだと思うがな」
元気そうなジオを見れたとリーンに土産話が出来たなと思いながら、悠達は我が家へと帰って行ったのだった。
屋敷への帰り道も暗いだけで特にトラブルも無く辿り着いた悠達は少し遅めの夕食を取り、その後全員の注目を集めて話し出した。
「皆も覚悟は出来ていると思うが、明日から俺達は本格的な修行に入る。だがまずは全員にやって貰う事は体力作りだ。それもこれまでの物よりずっとキツイ事になると心得ておいてくれ」
目元を鋭くする悠の言葉が脅しでも何でも無い事は一番近くに居た子供達には既に周知の事であったので、少し青ざめながらも皆黙って頷いた。
「だが、やるのは体の修行だけでは無い。基本的に午前中は皆には勉学にも励んで貰う。魔法を使うには想像力や理解力を必要とする物もあるし、そもそも戦うという事は非常に頭を使う。何も考えずに戦う者は死ぬだけだ。だから基本的に午前中は勉学、午後は鍛錬という形で当面は進めて行く。俺はその間に出来る限り個人ごとの特訓メニューを考えておくので、出来上がるまでにしっかりと体力をつける様に」
勉学と聞いて幾人かの子供達の顔に嫌そうな表情(主に京介、神奈)と嬉しそうな表情(主に始、智樹)が浮かんだが、悠の説明を聞いてそういう物かと納得し、そのまま話に聞き入った。
「最後になるが、この一年をどういった物にするかは結局は自分次第で、俺がいくら怒っても本人にやる気が無いのなら全てが無駄だ。だから俺が言える事も殆ど無いが・・・諦めないで欲しい、挫けないで欲しい、必ず元気な姿で元の世界に帰るのだと頑張って欲しい。陳腐な言葉しか出て来んが、俺の偽らざる本心だ。・・・この一年を実りある物にしよう。以上だ」
その言葉で悠達の最後の休日は締め括られたのだった。
今日はこの後出かけなければならないので早めに書きました!
・・・さて、修行はどこまで詳細に書くべきかを決めてしまわないと・・・




