5-69 フェルゼンの休日4
「悠さんに白の指輪は似合いません。私はこっちがいいと思います!!」
「分かってないわね恵!! あえて悠先生が白い指輪をしているのがギャップ萌えなんじゃないの!!」
「ぎゃっぷもえとか言う言葉の意味は分からないけど、絶対こっちの赤い指輪の方が似合ってるよ!!」
「・・・否。悠先生は黒が至上。・・・お揃い・・・」
「なぁ、早くしようぜー。あたしハラ減ってきちゃったよ」
「あ、あの、そろそろ決めないと時間が・・・」
「わたしも~・・・しにそう~・・・」
「しっかりしなさい、かぐら!!」
「おねえちゃん、なんかこわい・・・」
魔道具を取り扱う店舗を見つけ出した女性陣は早速悠へのプレゼントを物色し始めたのだが、アクセサリー系の小物を見ていて血が騒ぐのは女の本能であり、気が付いた時には瞬く間に時間は過ぎてしまっていた。それに飽き始めた年少組が当初の目的を思い出し、さて今度こそプレゼントを選ぶという所までは修正出来たのだが、今度は贈る『治癒』効果付きの指輪に色違いがある事が悲劇の発端になった。
樹里亜は清廉潔白な悠は内面を表す白の指輪が良いと言い張り、恵は赤く栄える指輪が悠の魅力を掻き立てると言って譲らず、蒼凪は自身の特性である闇との繋がりで黒がいいと不退転の構えを見せた。
「・・・どれも効果は同じなんだからどれでもいいじゃないの・・・」
「「「ダメです!!!」」」
ミリーがそう取り成しても3人とも頑として譲ろうとはしなかった。
「確かに悠先生に赤や黒が似合うのも認めるわ。でもだからこそここは悠先生の内面を表す白なのよ!! 一見話し掛け難い厳めしい男の人の指に白の指輪がアクセントになってグッと悠先生を魅力的に魅せるはずだわ!!!」
「そんな奇をてらう必要なんて無いよ!! 悠さんはその男らしい雰囲気を全面に押し出すだけでもっと魅力的になるんだから!!! それに首飾りも赤なんだからお揃いになっててバランスもいいし!!!」
「男性の魅力は・・・バランスでも内面でも無い。それは陰。幾多の陰を背負った悠先生の、その業を指輪だけが知っている。これしかない」
悠にプレゼントをするという事態が普段は冷静な樹里亜や恵の頭をヒートアップさせていた。蒼凪は普段から悠至上主義なので平常運転であるが。ついでに神奈はミリーと同じく効果が同じならどれでもいいと思っているし、小雪は小心なので時間に追われる方が気になっていた。
そしてシュルツはと言うと、
「ふむ、この『筋力上昇』の効果付きの指輪、もう少し負からんか?」
「いえいえ、いくら使い捨てと言ってもこれ以上はちょっと・・・」
「むう・・・拙者、今手持ちが金貨1枚でな、後払いでもいいなら払えるのだが・・・」
「申し訳ありませんが、能力付与系はお高いんですよ。特に身体能力向上系はいざという時の切り札にもなりますから・・・」
店の主人と魔道具の値引き交渉に没頭していた。弱者と話さないという掟は悠に「生活に支障が出るから止めろ」と言われて改めさせられたのだった。
「あーーーもーーーっ!! このままじゃ埒が明かないわ!! この際クジで決めるわよ!!!」
ミリーはそう言って店の主人にペンとインクを借り、自前の紙に線を引き始めた。あみだクジである。
「はい、この中から選んで!! これ以上時間に遅れるとユウ兄さんに怒られちゃうわよ!!」
悠に怒られるという言葉の効果は覿面で、少しだけ頭を冷やした3人は渋々ではあったがそれぞれ自分の選んだ場所をミリーに告げた。
「いい? 誰が当たっても恨みっこ無しなんだからね? そもそもすぐに使っちゃって無くなるかもしれないんだから・・・」
「分かりました・・・白来て白・・・」
「はい・・・赤よ赤・・・」
「黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒・・・」
「・・・ソーナ、その呪いみたいなの止めて・・・」
げんなりしながらミリーは隠していた当たり部分から逆側へ向けて線を辿って行き、その末に選ばれたのは・・・白だった。
「いよっしゃあーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
「そ、そんな・・・!」
「・・・私はもう神なんて、信じない・・・」
自分の選んだ色に決まった樹里亜はこれまで口に出した事の無い雄叫びを上げ、恵はガックリと肩を落とし、蒼凪はテーブルに突っ伏して世界を呪った。
「はい、じゃあ今日は白に決まり!! どうしても諦められないなら、修業が終わったら自分で稼いでユウ兄さんにプレゼントするのよ?」
「「はい・・・」」
「はい! うふふ・・・」
樹里亜が何故ここまで熱くなったのかと言えば乙女心のせいと言えば一言で済むのだが、決してそれだけでは無かった。恵は悠と同じ世界の出身であり、樹里亜には恵が最も信頼を得ている様に映っていたし、蒼凪は暇さえあれば・・・いや、無くても常に悠の側に侍っている。特に蒼凪は悠と能力で2人だけで会話をする事が出来るのは子供達全ての羨望の的であった。
それに引き換え我が身を省みればとても悠の役に立てているとは思えなかったのだ。留守を任されても凡ミスをして皆を危険に晒してしまったし、それどころか悠自身をも凶漢の刃で傷付けさせてしまった。そもそも最初に命を助けられた事すら礼の言葉以上の物を返せていない事は、義理堅い樹里亜の心に棘として刺さり、小さな痛みとなっていたのだ。
・・・と、樹里亜は考えていたのだが、他人から見ればこの評は異なる様相を見せる。そもそも恵はこの危険な世界に置いて自分に戦う力があまり無い事を負い目に感じていたし、蒼凪にしても最近体が治るまでは皆におんぶ抱っこの生活だったので、よく悠と相談している聡明な樹里亜を羨ましく感じていたのだから。思春期とは他人の良い所とばかり自分を比較しがちであるが、その典型と言っていいだろう。
ミリーがその指輪の購入を伝えようと店主を探すと、店主はまだシュルツに食い下がられていた。
「頼む! 何かあった時に右腕たる拙者が師を守らねばならんのだ!!」
「こ、困りますよお客さん。私も商売ですから・・・」
「・・・あなたもいい加減にして、シュルツ。どうしても欲しいなら私がお金を貸してあげるから・・・」
ミリーが呆れて言うと、シュルツが目に感謝を浮かべてミリーの手を取った。
「済まぬ・・・この恩は一生忘れぬ。・・・えぇと、み、ミリー?」
「何で疑問形なのよ・・・名前くらいちゃんと覚えなさい!!」
「す、済まぬ・・・拙者、強者以外の名を覚えるのが苦手で・・・」
戦う事以外はスペックの低いシュルツに頭痛を覚えながらミリーは清算を済ませ、急いで男性陣の待つ中央広場へと走ったのだった。




