5-62 魔法実験Ⅰ
その晩、皆に風呂を勧めた悠は一人書斎に籠もってサロメの資料を紐解いていた。思考加速を用いている為、資料の内容に反してページを手繰る悠の手の動きは早い。
(やはり魔力と竜気の性質はほぼ同じであると言ってよいな。違いは濃度であろう)
(そうね、普通の人間の魔力が1日で回復するのに対して竜気は『豊穣』を使っている現状でも1日の回復量は20%程度。その差がそのまま濃度の差とはいかないでしょうけど、ある程度の指標にはなるでしょうね)
一般的にアーヴェルカインでは魔力が枯渇しても次の日には回復する。また、枯渇させても精神的疲労を感じる程度で数日間使用不能になるなどといった事も無い。その点は竜気に勝る部分であろう。
(回復が容易で制約は少ないが出力に欠ける魔力、回復は困難で制約は多いが高出力の竜気・・・正に一長一短だな)
(でもハリハリを見れば分かる通り、魔力も上手く使えば十分に戦闘に耐えるわ。逆に竜気も魔力の運用を参考にする点も多いし・・・『豊穣』の半減効果に頼るだけじゃ無くて、私達も効率的な竜気の運用を考えるべきね)
比類無い強者である悠だが、まだ誰も気付いていない弱点を一つ抱えていた。それは悠の消耗度である。
悠は竜気を使い強力な異能を行使出来る反面、その消耗もそれに等しく大きいのだ。もし『竜騎士』状態の悠の半分程度の実力を持つ者と連戦になれば、悠は最後には力尽きるだろう。つまり悠の抱える弱点とは全力状態での継戦能力だ。
以前、アポカリプスとの最終決戦の場では、悠は普段の戦場とは違い最後まで仲間の『竜騎士』の露払いが済むのを待った。その結果、『竜騎士』はほぼ半壊したが、如何なく力を発揮する事の出来た悠は見事にアポカリプスを屠ったのだが、もし龍の上位者が『竜騎士』達よりもう少し多かったら違う結末が待ち受けていたかもしれないのだ。
神であるナナもそれを察しており、だからこそ悠に『豊穣』を託したのである。
(確実に屠らねばならん相手に対しては『豊穣』を切らねばならんし、その度に『竜ノ怨嗟』を使う訳にもいかん。ならば俺も魔力の扱いを試すべきか?)
(もうやってみたわ。結果は不可能ね。そもそも魔力を蓄積する事も出来なかったわ。どうしても竜気に変換されてしまうのよ)
この魔力や竜気を回復する力を機械的に例えるなら変換器の規格が違うとでも称するのが適当かもしれない。体に流れ込む力を魔力にするか竜気にするかが根本的に異なっているのだ。
(では逆の発想だ。竜気を魔力回路に流してみてはどうだろうか?)
(・・・理論上は不可能では無いわ。魔法回路自体を竜気で構築する事も出来るけど、まだ呪文に相当する部分の定義が曖昧なの。一度ハリハリにその点を聞いておいた方がいいわね。子供達の様に力づくでも発動出来るから、試してみる?)
(そうだな・・・『竜ノ微睡』に入る前に試しておきたい。庭でやるか)
そう決めた悠は資料を置き、屋敷の外へと足を向けた。
屋敷の庭には先客がおり、悠の姿を認めると剣を振るう手を止めて頭を下げてきた。
「これは師よ、鍛練ですか?」
「精が出るな、シュルツ。なに、鍛練と言うよりは実験だ。俺にも魔法が使えんかと思ってな」
「左様ですか・・・拙者も見学しても構いませんか?」
「構わんが、なるべく離れろよ? どういった事になるのかは俺にも分からんのだ」
「承知しました」
シュルツは悠の言葉に従ってその場から離れ、見学の姿勢を取った。
悠は持って来た細い丸太に縄を巻いた物を地面に突き刺し、10メートルほど距離を空けて向き直る。
《じゃあまずは一番良く使っていた『炎の矢』を試すわ。どうなるか、しっかり見てね?》
「ああ、始めてくれ」
《最初だからハリハリ方式じゃなくて通常の方式でやるわね》
つまり回路に力を流しながらではなく、まずしっかりと魔法回路を構築してから竜気を流して発動させるという事だ。
言葉を切ると同時にレイラが回路を構築し始める。不可視の為に傍目には分からないはずだが、シュルツには緊迫感として伝わったらしく、覆面に覆われていない目が細まった。
《・・・回路構築、呪文は飛ばして竜気を充填・・・発動準備完了!》
「発射!」
レイラの言葉を聞いた悠は即座に『炎の矢』を丸太に向かって発動したが、その結果は悠とレイラの予想した物を遥かに上回った。
キュキュキュキュキュキュン!!!
悠の目の前に自らの視界を覆うほどの『炎の矢』が形成され、それは瞬時に空気を灼いて前方へと射出されていったのだ。
「くっ!」
《危ない!!》
「おおっ!?」
思いも寄らぬ威力に悠は体を丸めて後方に全力で跳び、レイラはとっさに悠を防壁でガードした。離れていたシュルツだけがその光景に感嘆の声を漏らしたが、それもすぐに着弾音に掻き消されてしまう。
ドドドドドドドドンッ!!!!!
丸太を発火どころか貫通した『炎の矢』がそのまま直進して屋敷の防壁に突き立つ轟音が鳴り響き、空気と地面が震動する。
そして最終的に防壁と相殺した『炎の矢』は消滅し、防壁が破れた衝撃で内部に暴風が巻き起こった。
悠とシュルツは姿勢を低くしてそれをやり過ごし、60を数える頃、ようやく風と土煙は収まった。
「おいユウ!! 敵襲か!?」
そこに風呂上がりの一杯を楽しんでいたベロウが剣を掴んで駆けつけたが、悠は姿勢を起こして首を振った。
「いや、魔法の実験をしていたのだが、思いの外威力が大きくてな。中の皆には問題無いと言っておいてくれ」
「・・・はぁ、驚かせるなよな!! 次からはもっと威力を絞れよ!!」
ベロウに怒られる悠という珍しい構図が展開され、ベロウは肩を怒らせてやや乱暴に扉を閉めて中へと戻っていった。
《はぁ、驚いた。今のは『矢』と言うよりは『光線』だったわね・・・》
「迂闊には使えんな、威力が高過ぎる。見ろ、この丸太を」
悠が標的にした丸太は惨憺たる有り様であった。着弾点と思われる場所には抉れた跡が残っていて、断面は炭化してしまっている。命中箇所は蒸発してしまったようだ。
《概算だけど、普通の『炎の矢』の数十倍の威力はあったわ。威力だけなら『竜砲』の七割程度ね。Ⅴ(フィフス)の龍の攻撃にも耐えられるっていうのはちょっと過大かも》
「何にせよ、次に実験する時はハリハリにも見て貰った方が良さそうだ。・・・シュルツ、大丈夫か?」」
「問題有りません、師よ」
体に付いた土埃を払いながらシュルツが答えた。
「随分汚れてしまったな。シュルツ、風呂には入ったのか?」
「これからです。一汗掻いてからと思っておりましたので」
「ならば汚れを落とすか。付き合わせて悪かった」
「いえ、お構いなく。拙者がお背中を流しましょう。準備して参りますのでお先にどうぞ」
一応成功に終わった実験結果を胸に留め、悠とシュルツは屋敷へと引き上げて行った。
車の混合気にニトロを混ぜる様な物ですかね。普通これだけ出力が上がれば壊れてしまいますが。回路自体も竜気で構成されているので壊れませんでした。




