5-59 心火2
「!」
悠は正直虚を突かれていた。エルフであるハリハリはまず距離を取って遠距離からの魔法を仕掛けて来ると踏んでいたのだが、実際にはハリハリは悠に肉薄して来ている。
「遠間でしか戦えない様ではエルフとしては2流なのですよ!!」
そんな悠の動揺に答えるようにハリハリは楽しげに言葉を紡いだ・・・訳では無かった。
《!? 早い!!》
レイラが驚くほどの速度で構築された魔法が悠とハリハリの間に発生していた。それは紛れも無く『炎の矢』の魔法であり、その矢の数は50本を超えているだろうと思われる。
一瞬の停滞の後、『炎の矢』が悠に殺到するが、悠とて戦場の古強者である。既に動揺は彼方に置き去り、現実に起こっている事に集中する。
「シッ!」
素手で『炎の矢』を掴み、また蹴りで振り払いながら直撃を避ける悠であったが、ハリハリもただ黙って悠の回避行動を見ているはずも無い。
「!? 器用な真似を・・・ではこういうのならどうです?」
またも呪文も無くハリハリの目の前に追加の『炎の矢』が10本ほど現れ、『炎の矢』を捌き切ったばかりの悠へと迫って行った。
悠は今度は掴み取ってハリハリへと投げ付けようと考えて手を伸ばしたが、もう半秒ほどで手が届く所まで飛んで来た『炎の矢』に強烈な違和感を感じて体を丸めてその場から飛び退いた。
ゴアッ!!!
次の瞬間、『炎の矢』が爆発し、周囲に炎を撒き散らす。それは後続の『炎の矢』に当たると次々と誘爆を引き起こし、辺りに爆風が吹き荒れた。
「どうです? 手が届く前に効果を発揮されると防げないでしょう?」
ハリハリは微笑みを崩さずに爆風に乗って距離を開けてしまった悠に語り掛けた。
「・・・なるほど、同じ手を使うとは妙だとは思ったが、すぐに対策してくるとは。中々の戦巧者だな」
「お褒めに預かり汗顔の至り。ちなみに今のは『爆裂の矢』と言いまして、ワタクシのオリジナルです、ハイ」
その攻防を見守る者達も唖然とするばかりであり、それは特に悠の強さを知る者ほど強かった。
「嘘だろ!? ユウが先手を取られるなんて・・・」
「ば、バローのアニキ!! 加勢しなくていいんですか?」
「・・・これは一対一の勝負だ。例え旗色が悪いからって大勢で攻め掛ける様な汚ねぇ真似出来っかよ!!」
「ねぇ、何が起こっているの? ねえってば!!」
「ダメよ!! 今は外に出ないで!! 心配いらないから!!」
馬車の中から樹里亜の声が響いたが、ミリーは子供達が見るには刺激が強過ぎると思って扉を押さえつけた。しかし、大丈夫というミリー自身の顔色が既に青くなっている。
「師が手こずるとは、流石はエルフといった所か・・・」
シュルツはエルフを見た事が無かったので、エルフとはこのくらいは強いのだなと思ったが、他のエルフを見た事があるベロウとしてはハリハリは桁が違うと実感出来た。曲がりなりにもドラゴンを相手に生き残ったナターリアを間違い無く上回っていると断言出来る。
そんな周囲の動揺を余所に、悠はレイラと一連の魔法について考察していた。
(レイラ、奴の魔法は人間と発動過程が異なるのか?)
(いいえ、ユウ、そうじゃないわ。・・・ハリハリは魔法回路に魔力を流し込みながら魔法を使っているのよ。呪文も話し言葉に魔力を込める事で呪文として成立させてるの。こんなの無茶苦茶だわ・・・!)
ハリハリの魔法の練度はレイラが舌を巻くほどの超絶技巧の結晶であった。魔法は以前述べた様に魔法回路(魔法陣)の構築、呪文、魔力充填、発動と4工程で成る技術であり、レイラはそれを冗長と称したが、ハリハリは魔法回路と呪文、魔力充填を同時にこなしているのだ。そしてその魔法回路の構築速度が常軌を逸していた。レイラが魔法を感知した時には既に発動の過程に入っているのだから。
(人間の魔法の使い方とは明らかに違うわ。これだけ素早く魔法を使えるなら、距離があっても無くても関係無い。魔法が届く範囲全てがハリハリの射程よ)
(致命的なのは俺に対魔法戦闘の実戦経験が殆ど無い事だな。相手の手が読めん)
(『竜騎士』になっていない状態の悠ではいくら高速で接近してもハリハリなら対応してくると考えた方が良さそうね)
(ならば詐術を用いるか)
(どうするの、ユウ?)
悠はレイラに一つの案を告げた。
(なるほど・・・でも気を付けてよ、いくら悠でも直撃を食らったら戦闘に支障をきたすわ)
(分かっている)
「どうしました? 攻めて来ないのですか?」
「いや・・・次は俺の番だな」
朗らかに尋ねるハリハリに悠は鋭く返してハリハリを中心に円を描いて走り始めた。だがただ走り始めたのでは無い事がすぐに周りの者達にも分かった。
「つ、土煙が・・・!?」
悠は微妙に摺り足を繰り返して地面の土を舞い上げていた。それは局地的な煙幕となり、中央に居るハリハリの視界を覆い隠し始める。
「おお!? でもこんな物でいつまでも目を謀る事は出来ませんよ?」
とハリハリが言った瞬間、ハリハリを発生源にした暴風が爆発的に広がり、悠の起こした土煙を吹き飛ばした。それと同時に悠が煙幕に紛れて投げた投げナイフも吹き散らされてしまった。
だが悠の狙いは別の所にあった。
「発射」
「!?」
悠の手から握り拳程度の『竜砲』が放たれ、それは途中で分裂して散弾状となってハリハリへと肉薄していく。
ハリハリは初めて見る攻撃に一瞬動揺したが、それでも防御するには距離は十分にあったので、落ち着いて硬質結界を展開した。
ガガガガガガッ!!!!
『竜砲』が連続して結界を叩く音が鳴り響いたが、ハリハリの結界は悠の『竜砲』を完全に防ぎ切った。
「・・・ふぅ、危ない危ない。今のは中々面白い魔法でしたよ? もう少し土煙が残っていれば対応が遅れたかもしれませんが、これで決着とはいきません」
ハリハリは余裕を取り戻して悠に再び魔法を放とうとしたが、悠は首を振った。
「いや、決着だ、ハリハリよ」
「何を言って・・・ぐっ!?」
不審を顔に出したハリハリが突然その場で苦しみ出し、膝を付いて悠を睨んだ。
「うぐっ・・・い、いつの間に・・・」
苦しむハリハリの肩に、いつ投げたのか悠の投げナイフが上から真っ直ぐに肩を貫いていた。
「やった!!」
「凄い!! ユウ兄さん!!」
「やりやがった! ・・・でも、いつ投げたんだ、ユウの奴?」
「恐らくだが予測は付く。・・・師は土煙が吹き払われる前に上空に向かって1本投げていたのだろう。そしてその落下地点にはハリハリが居た。師は投げナイフは吹き散らされて通用しないと見せかけ、更にハリハリを回避困難な魔法で釘付けにして上方の警戒を逸らしたのだ。何と玄妙な技であろうか・・・」
大よそはシュルツの説明通りであった。悠は直接投げた投げナイフと『竜砲』を囮にしてハリハリに必要最小限の攻撃を加えたのだ。そして『竜砲』も散弾状にして更に威力を絞ればハリハリならば必ず防ぐはずだという確信もあった。ナターリアですらドラゴンの吐息を不完全ながら防御してみせたのだから、ハリハリに出来ないはずが無い。
「玄妙でも何でもあるまい、ただの詐術に過ぎんよ。・・・人間がエルフに勝っている所といえば、人間は狡賢いという事だ」
「ヤハハ・・・これはこれは、一本取られました。ワタクシの負けですね・・・」
青い顔をしたハリハリはそう言いながらゆっくりと後ろに倒れていった。
本気で『竜砲』を撃てば結界を貫く事も出来たかもしれませんが、殺し合いでは無いので囮に使いました。
戦闘経験の豊富な悠にしてみれば、技というほどの事はありません。こういう戦闘は雪人が得意としています。




