5-56 諸事2
宿で悠を待っていたのはメロウズとその部下達であった。が、メロウズはあからさまに声を掛けてくる事はせず、部下達と話している体を取りながら悠に自分の後ろの席を背中越しに指し示した。
意図を察した悠も黙ってその席に腰を下ろす。
「カロンは匿った。もう見張りはいらん」
背中越しに悠の声がメロウズに届き、メロウズも言葉を返した。
「分かったよ。・・・それとアンタ、マンドレイク公爵と揉めてるのか? アンタの調査を今朝頼まれたんだが?」
「大方、昨夜子飼いの者を蹴散らされたから使い捨てに出来るお前達に話を回して来たのだろう」
「勘弁してくれよ。板挟みなんて俺は御免だぜ?」
メロウズは口の苦さを紛らわせる為に水に口を付けた。
「断るのが難しい様なら受けても構わんぞ。報告する内容には多少の脚色をさせて貰うがな」
「貴族相手に情報戦を仕掛けようってのか? 剛毅だねぇ・・・」
「短い間だけ騙し通せればいいからな。所詮は不倶戴天の敵だ」
悠の言葉にメロウズの目が細まった。
「・・・殺るのか?」
「場合によっては。だがそれは向こうも同じだろう。いや、むしろより明確にそれを企図しているだろうな」
悠は6日後に迫っているマンドレイク公爵主催の誕生パーティーについて語った。
「殆ど親交の無い政敵であるフェルゼニアス公爵を自分達の牙城に呼び込んで何を画策しているのかは分からんが、およそ善良な事を考えてはおるまい。こちらを害するつもりなら、少々太目の釘を刺しておくべきだろう」
「・・・アンタの釘は鋭い上に返しが付いてるからな・・・」
未だに悪夢にうなされて飛び起きる者が部下の中に居るメロウズとしては笑い話では無かった。
「情報に詳しい者が裏社会に居るのなら、出来る限りの今度のパーティーの情報を知りたい。心当たりは?」
淡々と話を進める悠にメロウズも軽快に答える。
「居るぜ、ヘイロンって爺様がこの王都の情報を取り仕切ってる。中々裏社会の仁義を弁えた爺様で、話も分かる。だがそんな大がかりな情報となると高く付くぜ? 特に危険が伴う仕事はな」
「別に内部に侵入して話を聞いて来いという訳では無い。ある程度の情報通しか分からぬ情報を知りたいのだ。それと、そのヘイロン老の調べた上での見解も添えてな」
「・・・それでもマンドレイクを敵に回すのはヤバ過ぎる。多少の金額には目を瞑って貰うぜ?」
頭の中で危険と報酬を天秤に掛けながら交渉するメロウズに悠も頷いた。
「金は後払いでいいなら言い値で払おう。力に任せて踏み倒す真似はせん。手付金が要るなら金貨20枚までは出せる」
「・・・まぁいいだろ。ヘイロンの爺様には俺から頼んでおく」
「5日後にギルドに使いをやってくれ。そこで情報を受取ろう」
金払いの良さにメロウズの天秤が報酬へと傾き、依頼は成立した。
「もしマンドレイクに俺の情報を流せるようなら、俺の事は守銭奴とでも言っておけ。コロッサスと懇意にしているのも、フェルゼニアス公爵の覚えがめでたいのも、裏では相当な金銭を受け取っているからだとな。俗物だと思われている方が御しやすい」
「ああ、任せてくれ」
「ではな」
悠は自分のテーブルに金貨を20枚置き、そのまま部屋へと帰って行った。メロウズも悠が立ち去ったあと、何食わぬ顔でテーブルの金貨を回収する。
(俺も勝負所だな。この先のし上がるなら貴族の覚えはいい方がいい。問題はマンドレイクとフェルゼニアス、どっちを取るかなんだが・・・)
そこでメロウズは手の平に目を落とした。
(怖ぇが金払いが良くて無茶をさせないユウと、大した金も払わないのに俺達を使い捨てにしようとするマンドレイク・・・ちぇ、考えるまでもねぇや)
表面上は残念そうに、メロウズは懐に金貨を仕舞い込んだ。
「お待たせしました、ユウさん。こちらが昨日言っていた資料です」
「急がせて済まない。ありがたく使わせて貰うぞ」
メロウズとの交渉を済ませた悠はすぐに全員を連れて宿を発ち、冒険者ギルドを訪ねていた。一番大きな理由は昨日サロメに頼んでいた各種資料を受け取る為だ。コロッサスは強制的に仕事中である。
「ただ、才能や能力、魔法にはまだまだ未解析の部分も多々有りますのでご了承下さい。私もユウさんが魔法を掴んだりする原理が未だに分からないのですから・・・」
サロメの形の良い眉が下がってそう口にした。サロメは魔法については人間の中でもトップクラスの知恵者である事を自認しており、魔法について知らない事があるのが悔しいのだろう。
だが魔法への直接干渉は悠の能力があって初めて成り立つ技術である。
物質体と化した魔法自体を更に強力な物質体制御で掌握しているとサロメに言っても理解するのは難しいだろう。エリーの時の様に未分化の魔力自体を竜気で掻き乱す阻害方法もこの世界で言う魔力で可能なのかすら不明である。
悠はこの魔力とは竜気と同種のエネルギーでは無いかという仮説をレイラと共に立てていた。これは昨日のエリーの魔力を撹拌した時にレイラが感じた事なのだが、初めて触れる魔力は薄い竜気かと思うほどによく似た性質を持っていたのだ。
つまり竜気とは濃度を10倍程に濃縮した魔力であるというのがレイラの結論であった。
「残念ながら俺の技を他の者が真似出来るかは分からんが、そうで無い者にも似た様な事は出来ると思う。修行中にそれに関しての考察を纏めるつもりだ。サロメなら読めば理解出来るのでは無いかな」
先ほどの推察を踏まえ悠とレイラが話し合った結果、魔力でもそれに近い事は可能なのでは無いかとの結論に至った。未分化の魔力を弾丸の様に相手の魔力回路に打ち込む事で魔法を無効化する術や、自分の近くに未分化の魔力の嵐を作り、魔法自体が作動しない空間を作り出す術などだ。これらの研究も修行中の課題の一つになるだろう。
「纏まりましたら是非一読させて頂きます。・・・一度ユウさんとはゆっくり魔法談義を交わしたい所ですね・・・」
「どうだろうか・・・恐らく、まだしばらくは煩雑な日々が続くと思うぞ?」
「遺憾な事です、ギルド長にはもっとキリキリ働いて貰いましょう」
温度の下がった瞳をして呟くサロメに、悠は慎ましく沈黙を守った。




