5-53 『能力鑑定(アプライザル)』5
多少のトラブルはあったが、一応の予定を消化した悠達がギルド内に出ると、そこには顔中切り傷だらけで震えている平服姿の男が一人、シュルツに監視されて床に這っていた。
「終わりましたか、師よ?」
「うむ。そちらも首尾良く捕えたのだな」
「この程度の輩であれば、師の手を煩わせる事は御座いません。他の者達は飼い主の所へ逃げ帰った様です。誰も殺してはおりませんのでご安心を」
「ご苦労だった。後は俺が話すからシュルツは下がってくれ」
悠の言葉に従い、シュルツが頭を下げて後ろに下がった。代わりに悠が膝を付き、男と目を合わせる。
「さて・・・貴様、俺の事を探っているとシュルツに聞いたが、目的は何だ? 雇い主は?」
「・・・・・・・・・」
悠は実はそんな事は別にどうでもいいのだが、この男を解放すれば雇い主に報告するであろう。そこで悠は気付いていなかったという誤情報を持ち帰らせる為だけの単なる芝居をしていたのだった。
「喋らぬか? ならば相当痛い目にあって貰わねばならんが・・・?」
「・・・どういうつもりだよ? 俺はただ外を歩いていただけだぞ!? こんな扱いしやがって・・・明日の朝になったら警備に訴えて――」
「マンドレイク公爵」
話の脈絡無く突然悠がマンドレイクの名を出すと、白を切っていた男の目に一瞬の半分にも満たない時間だが、確かな動揺が走った。
「そうか。ではもうお前に用は無い。サッサと消えるがいい」
「な、何を言っている!? 俺はそんなお方とは無縁だ!!」
「ああ、だからもういいっての、もう分かったからよ。警備には訴えるなりなんなり勝手にしな。別に俺達は構わねぇよ」
「マンドレイク公爵も一体何をお考えでユウに監視なんか付けたんだろうな?」
「世俗に疎い拙者には分かりませんな」
悠やベロウ、コロッサス、シュルツにとってはその動揺だけで十分に答えが分かったので男を無視する体を取りつつ、マンドレイク公爵が何故悠を見張っていたのか分からないというポーズを作り、勝手に話し合いを始めた。もし男が完全にマンドレイク公爵と無関係なのなら、悠が名前を出した時、話の流れを無視した名に怪訝そうな顔をするのが普通である。だが動揺が見られたという事はつまり男がマンドレイクの手の者という事に他ならないからだ。
「恐らく俺がカーライル次期侯爵と揉めたからでは無いかと思う。訓練では身分は考慮せんと予め言っておいたのだがな・・・」
「仕方ねぇよ、騎士は誇りが服を着て歩いてる様なモンだ。公衆の面前で恥を掻かされちゃ、どんな奴なのか気になるだろうしな」
「ま、ギルドに抗議が届いたら教えてやるよ。それと、あまり度を超えた事はお控えになって貰わないとな。所詮一冒険者が訓練中にやった事なんだしよ」
「そちらはコロッサスに任せる。俺も依頼をいくつも抱える身だからな。あまり大勢を引き回すのは勘弁願いたい」
「今晩の事は伝わるだろうからもう帰ろうぜ。朝から動きっぱなしで俺も疲れた・・・ふぁぁ・・・」
「拙者も宿にお邪魔して良いでしょうか? 師の警護を行いたく・・・」
勝手に規定した話を元に話す悠達に男はどう口を挟んだらいいのか分からなくなってしまった。例え拷問されても決して口を割るまいと心に誓っていたのに、心の不意を突かれて動揺を見せてしまった男に出来るのは強引にでも白を切る事だけだった。
「だから俺はそんな方々とは無関係だって言ってるだろ!!」
「分かったと言っているだろうが。では俺達は帰る事にする。また明日な、コロッサス」
「おう、気を付けて・・・帰らなくても、また出たらシュルツに頼めばいいだけか」
「拙者、気配を読むのは自信があります故。山奥で修行した成果ですな」
「頼もしいねぇ。俺は今日はもう働かねぇぞ~」
あくまで緩い会話のまま、本当に悠達は男を無視して帰って行ってしまった。サロメは執務室なので、その場に残ったのはコロッサスと男だけだ。
「・・・さて、俺ももう寝るぞ。いつまでお前はここに居るつもりなんだ? 早く帰って報告しに行けよ。次は一々警告なんかしてやらねぇぞ? 俺はマンドレイク公爵と事を構える気なんて無いが、ユウに付き纏ってお前らがどんな目にあっても俺の責任じゃないんだからな?」
「ど、どうして信じてくれないんだ!! 俺はただの一般市民だって言ってるだろ!?」
「はぁ・・・分かった分かった、信じたよ。・・・ああ、それと警備に訴えてもお前が一般市民ならユウは罰金を払ってそれで終わりだ。それぐらいなら今俺が払ってやるからサッサと帰んな。そしてもう怪しい行動を夜中にするんじゃねぇよ、一般市民」
そう言ってコロッサスは懐から金貨を一枚取り出して男に放り、男の襟を掴んでギルドから放り出した。
「うげっ!?」
「こっちは明日からも忙しいんだ。迷惑事はそっちでやれ、あばよ」
強めに扉を閉めた音が夜の王都に響き、摘み出された男は茫然と地面に腰を落としてしばらく扉を見つめたが、明かりも消え、完全に話はこれで終わってしまったと悟った。
(ど、どうしてこうなった!? 『盗聴』の魔法は上手く働かねぇし、隊の皆はサッサと消えちまうし、俺は碌に尋問もされない内に金貨を貰って解放なんて・・・どのツラ下げて報告に戻りゃいいんだよ!!!)
コロッサスの言う通り、もし男が警備に訴えても、最高の結果として金貨1枚を悠から巻き上げる程度でお終いだろう。むしろその時間に出歩いていた男の出自を問われれば男は口を噤むしかないのだから、逆に男が犯罪者にされかねないのでそれは出来ないのだ。
それでも結局、報告しない訳には行かないと男が結論を出すのに、そう長い時間は掛からなかった。
「上手く監視が外れた様だ。俺はしばらく単独行動をするから、宿の守りはお前達4人に任せる。30分もしたら戻るから心配は無用だ」
「あいよ、こっちは任せときな」
「お気を付けて」
「お任せ下さい、虫一匹通しませぬ故」
諜報員が捕えられた事で慎重になったのか、監視は今の所行われていないと判断して悠は一行から離脱し、その間の警備は残った者達に任せて自らはカロンの家へと走った。
家がある路地の曲がり角にはまだメロウズの手の者の監視が居たが、悠の姿を認めると特に言葉に出す事も無くスッと道を譲ったので、悠も遠慮無く通り過ぎ、カロンの家に辿り着く。
悠は素早く扉に取り付き、ノックして声を掛けた。
「悠だ。カロン、用意は?」
「お待ちしておりました、どうぞ入って下さい」
すぐに中からカロンの応答があり、悠は細く開いた扉から家の中へと入って行った。




