1-23 会議本番1
対照的な男達だからこそ、仲がいいのかもしれません。
次の日、皇居から悠の元に連絡が来て、会議は正午からと伝えられた。
軍人の朝は早い。午前5時には起床し、身支度を整える。鏡に映るその顔には眠気の残滓は見当たらない。
昼までの予定は決まっていないので、悠は軍官舎の片付けをする事に決めた。異世界に行くにしろ行かないにしろ、ここを出て行く事は決まっているのだから、空いた時間にやっておこうと思ったのだ。なので、簡単に朝食は済ませて部屋の整理を始めた。
「ふむ、しかしここは寝に帰ってくるだけの部屋だったな」
悠がそう言うのも無理は無い。なにせ、戦い戦い又戦いの日々であったので、この部屋よりも他の戦地での野営の方が割合としては大きかったのだ。それに、悠の栄達速度にも関係がある。2年と同じ部屋に居たためしが無いのだ。18で特練を主席で出て、その特典で虎佐から軍歴をスタートさせ、以来龍を殺しに殺して今に至る。上はどんどん居なくなり、その空いた分どんどん出世していった。そして、一番上まで来て、大戦を終わらせた。ならばここを出て行くのはある意味自然な流れなのかもしれないなと悠は思った。
《次はどうなるかしらね。この世界を巡るのか、それとも異世界巡りになるのかしら》
「どこに居ようと俺は俺だ。何も変わらんさ」
悠の顔に戸惑いは無い。真実、この世界だろうとどこであろうと自分のまま生きていけると確信していたからだろう。
「なぁ、レイラ」
悠は荷作りの手を止めて、レイラに尋ねた。
《なぁに、ユウ?》
「元の世界に帰りたいか?」
《・・・・・・》
レイラはしばし沈黙した。だが、心の隅々まで見渡しても、その選択肢は無かった。
《最初は事が済んだら帰りたいと思っていたわ。誰だって故郷には郷愁の念があるものだから。でも、もう今は思わない。ユウの居る場所が私が居たい場所だもの》
人の命は短い。だからこそ、生きている間は、レイラは悠から離れるつもりは無かった。最初はただ、子供にしては意志が強く、守ってやってもいいかなくらいだったが、悠は初志を貫徹した。すなわち「だれよりも、つよくなりたい」という思いを。
《それに、私に賛同してくれる竜は大体こっちに来ちゃったもの。日和見を決めた同族なんかと話す事は何も無いわ。あいつらは龍でも竜でも無い何かよ。精々平穏に何時までも無駄に生きていればいいんだわ》
レイラの口調は非常に冷たい。竜が龍の暴挙を止めようと決起した時、どちらの味方もしない、中立の立場をとる者達も多数いたのだ。潔癖なレイラにはそれが我慢ならなかった。なので、説得を振り切って龍を追ってこの世界に来た。そしてそれは間違いでは無かったと思った。
人という種族は、呆れるほどに弱かった。火を吹けば死に、噛み付けば死に、爪で撫でれば死んだ。よくもまぁこんなにも脆い種族が一つの星で覇を唱えたものだと逆に感心したくらいだ。
しかし、人間は弱かったが強かった。幼子を守ろうとする母の強さ、笑って死ねる父の強さ、両親の愛に殉じる子の強さはレイラの目に眩しく映った。
「そうか」
悠はそれ以上何も言わなかった。ただ、ペンダントを指で弄んだ。この仕草もすっかり癖になってしまったようだ。
《今日はどうなるかしらね。不謹慎かもしれないけれど、私は少し楽しみだわ。プロテスタンスの好奇心がうつったのかしら?》
ここではないどこかで、お互いにお互いしか知るものの居ない場所を旅をする。それを考えると心が浮き立つのをレイラは感じていた。
「ここではない世界、か。俺も考えた事も無かったな。ああ、楽しみだ」
とてもそうは見えないが、悠も本当に少し楽しみだった。自分の狭い世界が一気に開けて行く様な、そんな予感がしたのだ。
《あ、ユウ、そろそろ官舎を出た方がいいんじゃないかしら?》
いつの間にか時刻は午前11時近くになっていた。
「そうだな、大分整理も出来たし、出かけるとしようか」
そして悠は軍服に袖を通すと、最後にもう一度鏡の前に立って身嗜みを整えから部屋と後にした。
街の人々の顔は昨日に引き続き明るい。これからはこの顔が民衆のデフォルトになるのだろう。
街を行く悠に向け、人々は手を振ったり敬礼したりしている。そんな人々の波を行く悠は平常通りの無表情だが、それで人々が気分を害する事も無い。皆、悠の人となりを知っており、揺らぐ事の無い感情には、むしろ頼もしさを覚えていたのだった。(そもそも高級軍人が一々敬礼や反応を返していては、皇居に行くまでに日が暮れてしまう)
「お、相変わらず面白く無さそうな顔で歩いているな、悠」
不意に声を掛けられてそちらを向くと、これから皇居に向かうであろう雪人と鉢合わせた。
「貴様は相変わらず無駄に楽しそうだな、真田」
「馬鹿め、人生は短い。楽しまんでどうする?僧にでもなる気か、悠?」
「龍に経が効くのならな」
「笑えん冗談だ」
そう言って雪人は黄色い声を上げる一団に手を振ると、向こうも嬉しそうに更に声のトーンを高めた。
「やっぱり真田竜将はかっこいいよねー。一度デートしてくれないかな~?」
「ダメダメ、順番待ちしてる間に年を越えちゃうわよ。私は千葉虎将がいいな~。なんだか可愛くない?」
「わかるわかる!でも私は神崎竜将と一緒に映画とか観たいわ。ホラーとか観ても、絶対動じ無さそう」
「あは、そうそう!でも女に媚びて欲しく無いって気持ちもあるのよね・・・禁欲的な所が神崎竜将のミリョクだから~」
「ふっ、防人虎将の渋さが分からないお子様達には恋愛談議など言語道断ね!」
「・・・・・・朱理お姉様×皇帝陛下・・・・・・」
最後の下りがなんだか危ういが、都での竜騎士や竜器使いは一種の偶像でもある。それも、命がけで自分達を守ってくれる白馬の騎士だ。年頃の女性が熱を上げるのも無理は無い。
「どうだ、悠。俺達の人気も捨てた物では無いな。今晩にでも一輪摘みに行くか?」
「断る。それに貴様は花畑を荒らし過ぎだ、自重しろ」
雪人は誰かに操を立てている訳では無いので、花街ではちょっとした顔だ。
「俺は美しい花の香りに誘われて慈しんでいるだけだ。これは男としての義務だな」
「焼かれると分かって火に飛び込んで行く蛾の類だろうと思うが」
何の実りも無い会話をしている内に、次第に皇居が視線の先に見えてきた。少なくとも時間潰しにはなったらしい。
「ああ、それと、今晩話がある。どこかいい店を知っているか?」
「そうだな・・・一ついい店がある。俺が決めていいか?」
「了解だ、では午後7時にその店で。どうせその位はかかるだろう」
「ではそのように」
そして皇居の門に辿り着いた二人は受付へと歩み寄った。
「さて、参ろうか」
雪人の言葉に、悠は無言で頷いた。