5-51 『能力鑑定(アプライザル)』3
体は血塗れ、服はボロボロのエリーを他の男性陣の目に晒す訳にはいかないのでサロメを待つ事しばし。サロメは血を拭く為のタオルと洗面器、そして替えの服を持ってやって来た。流石ミーノス冒険者ギルドが誇る敏腕補佐だけあり、ちゃんと体も綺麗に出来る用意までして来ている辺りに才気が感じられた。
「まずは服を脱いで下さい。ユウさんは結構ですから他の女の子がお手伝いして貰えますか? いつまでも年頃の女性の肌を男性の目に晒すのは教育上好ましくありませんので」
本当に良く気が付く女性だった。その下ではエリーがほっとした顔をしている。
「ああ、樹里亜、神奈、蒼凪、手伝ってくれ」
「「「はい」」」
すぐに3人は悠と交代し、エリーの手の届かない部分まで血を拭っていく。悠はベロウの隣まで来て腕を組み、身支度が終わるまで待ちの態勢に入ったが、ベロウが小声で尋ねて来た。
(・・・ユウ、エリーはどうだった?)
(もう心配いらんと思うぞ。怪我は粗方――)
(違うっての!? ほら、その、発育的な・・・)
「あっと足が滑った」
「ごふんッ!?」
非常に下世話な事を口にしたベロウの股間に樹里亜が容赦無く足を滑らせて蹴り上げると、ベロウは奇妙な悲鳴を上げて動かなくなった。
「樹里亜、手間が省けた」
「いえいえ、どう致しまして」
振り返る事無く話す悠に樹里亜は得意げな声で答え、またエリーの身支度の手伝いに戻った。
体をよく拭き、服も着替えたエリーの身支度が整った事でサロメから振り向いても良いとお達しが出た。
「エリー、具合はどうだ?」
「大丈夫ですけど・・・ユウさん、『高位治癒薬』は勿体無さ過ぎです!! 私ならちょっと休めば大丈夫でしたのに!!」
エリーは悠の厚意は嬉しかったが、ギルドの職員として『高位治癒薬』の相場も当然知っている。それをこの様な場所で使った悠に憤慨に近い感情を抱いていたのだが、悠は首肯しなかった。
「そういう訳にはいかん。俺が頼んでやって貰った事で怪我をしたというのにその治療費を値切る様な真似は出来ん。それに、嫁入り前の若い女性を傷物にしたとあっては後見のコロッサスはおろか、亡きエリーの父上にも申し訳が立たんからな」
「そんな・・・き、傷物なんて大げさな・・・」
そう言いながらも冗談の成分が皆無な悠の真剣な瞳にエリーの顔が朱に染まった。それを見てコロッサスは年頃の我が子を見る様な、少し寂しさの混じる笑みを浮かべた。
「助かったぜ、ユウ。俺もサロメも、そしてエリーもこんな事になるとは思わなかったんだ。『能力鑑定』で術者が暴走したなんて話は聞いた事が無かったからな。エリー、ユウ、済まなかった。俺の責任だ」
そう言ってコロッサスは悠とエリーに深く腰を折った。誓ってエリーを危険に晒すつもりなど無かったのだ。
「私も初めての体験でした。申し訳ありません」
次いでサロメにまで頭を下げられてはエリーとしても対応に苦慮してしまう。
「あっ、いえ、別にお2人のせいじゃ・・・! 気にしていませんから、もう頭を上げて下さい!!」
逆にペコペコと頭を下げるエリーを見て悠が総括した。
「今回の事は誰にとっても不測の事態だったのだ。謝り合戦になってしまう前にお互い水に流してはどうだろうか?」
「そうですよ! もう大丈夫ですから!!」
「そう・・・か? そう言って貰えると助かる」
「では話を本題に戻しましょう。ユウさんのは読み解くのは後にして、先に他の皆さんの才能や能力を検証します」
サロメが話題を切り替えると、執務室の中の空気が少し緊張を帯びた物に変わった。
「分かった、では『能力鑑定』を受けた順に頼む」
「ではまずはソーナさんですね・・・深淵を覗き込むソーナさんの絵ですが、深淵や見通せない絵は基本的に闇属性の特徴を表しています。その闇の規模が潜在能力の大きさに当たるようですが、この絵の穴とソーナさんの大きさを比較しても相当なレベルの闇魔法の素養を感じますね。闇の魔法は直接的な攻撃よりも変則的な効果を有する物が多いです。最高位にもなれば、影を使った限定的な転移すら可能と聞きますが、私もそこまでの使い手は見た事がありませんね。もし可能なら私が手解きをしたいくらいです。ユウさんにお渡しした資料の中にも記述がありますから、訓練の際には参考にして下さい」
「闇魔法か・・・」
蒼凪はどちからと言えば神奈や智樹の様な物理系能力に憧れを抱いていたので少し残念に思ったが、戦いに使える魔法の適性があっただけでも良しとするべきだと思い、これからの修行を頑張る事を心の中で誓った。
「次はケイさんですね。・・・絵は家の中で料理をしながら洗い物をしている所ですか。そして後ろには掃除道具と途中でまで出来ている刺繍となると・・・これは『家事』の才能ですか」
まるで戦いと関係無いサロメの説明に恵が動揺した。
「そ、それって・・・?」
「文字通り、家事全般の技能に補正が掛かります。思い当たる事は無いですか?」
「・・・あ、そ、そういえば、この世界に来てから、妙に料理も裁縫も冴えている気がします。食べちゃダメな物も何となく分かりますし、普段は縫い難い物も思ったよりもスイスイ縫えたり・・・」
恵がやたら料理を褒められたり、縫った事の無いボールなどの裁縫をこなせたのにはその様な理由があったらしい。年頃の女の子としては嬉しく思ったが、戦いにはほぼ関係無い能力と言えるだろう。
「・・・これじゃ私、冒険者にはなれませんね・・・」
「そんな事はありませんよ?」
残念そうに言う恵に反論したのはサロメだった。
「『家事』の能力は非常に応用範囲が広い能力です。冒険者ならば魔物の解体や野営の料理、または採取など日常茶飯事ですが、『家事』はそのどれもに効果を発揮しますからね。もし『家事』持ちだと知れたら、殆どのパーティーから勧誘が掛かりますよ? それに『家事』持ちの女性は職探しや結婚相手にも苦労はしません。むしろ知られた途端、貴族の家でもどこでも選び放題です。アーヴェルカインの女性垂涎の才能なんですよ?」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんです」
心なしかサロメの目にも若干羨ましそうな気配が漂っていた。エリーなどはハッキリと顔に「羨ましい!」と書いてある。
「分かりました、私、頑張ります!」
「ええ、それがいいでしょうね。・・・さて、次は妹のメイちゃんですね。・・・メイちゃん?」
「・・・す、すいません、夜も遅いのでまた眠っちゃったみたいで・・・」
静かだと思ったら、いつの間にか年少組は皆肩を並べて壁に背を付け眠りの世界に旅立っていた。
「構いませんよ。ではユウさんに伝えておきましょう。・・・と言っても、これは私も推測でしか無いのですが・・・」
サロメにしては歯切れが悪く明の絵を見て顔を顰めている。
「この絵に描かれているのは成長したメイちゃん・・・だと思います。顔に面影がありますから・・・でもこれが示す意味は・・・恐らく、『身体強化』の類だとは思うのですが・・・」
「『身体強化』と言うと、『筋力上昇』や『敏捷上昇』の様な能力か?」
「違います。この絵には魔法を示す陣が背後に描かれていますから、アイオーンギルド長が使う『付与魔法』の系統だと思います。それも殆ど失伝していると言われる『成長』では無いかと・・・」
「『成長』?」
聞いた事の無い魔法に悠は説明を求めた。
「ええ。『成長』は『付与魔法』の中でも異質な物で、未来や過去に作用する魔法と言われています。その名の通り、使用者の肉体を最適な年齢、身体能力へと成長させるのです。もし本当にこの魔法であれば、子供の多いユウさんにとってはとても価値のある魔法だと言えるでしょう。一気に戦力が強化出来ますよ!」
「ほう・・・確かにそれは凄い効果だな・・・だが一定の年齢を過ぎたり、老人になってしまっては効果が無いのではないか?」
「いいえ、それが『成長』が未来や「過去」に作用すると言った理由でして・・・。老人に『成長』を掛けると、全盛期の肉体を取り戻す事が出来ると言われています。勿論、一時的な若返りではありますが。・・・もしもの時以外は人前では使わない事をお勧めしますよ、ユウさん」
サロメの懸念は当然であった。もし自在に全盛期の自分に戻れる魔法などが使えるとなれば、年老いた者なら例え一時的であっても大金を積む事は疑い無い。明の魔法はある意味で悠に匹敵する価値を持っていると言えた。
「明日の朝までに『成長』に関する資料を纏めてお渡ししますので、効果は修行中に確認してみて下さい」
「助かる、手がかりが無くては俺も手が出んのでな」
サロメの申し出を悠は有難く頂戴する事にしたのだった。
蒼凪=闇
恵=家事
明=巨大化?
という感じになりました。私に絵心があればそれぞれ絵を挿絵に付けたい所ですね。感覚的には心理学のテストで被験者に描いて貰った絵を読み解く様な感じです。




