5-48 策動の気配
帰り道、夜に染まった王都を悠は一人歩いた。バローやシュルツはまだギルドに居るのだろうが、宿の場所は既に伝えてあるので問題は無い。そしてこうして一人で歩く事も理由あっての事だ。
(昼間の奴らが意趣返しに闇討ちして来るんじゃ無いかと思ったけど、来ないわね・・・)
(ああ。カーライルは自尊心は高いが慎重な性格なのか・・・はたまた、雇い主の方がそうなのかは分からんがな)
それらの出来事から、悠はマンドレイク公爵の人物像を類推した。恐らく自分の事は既にマンドレイク公爵に伝わっているだろう。それでもアクションが無いのは、悠など取るに足らぬ存在と見なしたか、または一筋縄ではいかぬ人物と見て謀略を練っているのか・・・
マンドレイク公爵が聞いた通りの人物であるなら、権力を背景とした恫喝で悠の膝を折ろうとして来る可能性が一番高いと悠は見ていた。この国の住民とは言えない冒険者と言えど、ミーノスに滞在する限り、国とは無縁ではいられない。街の出入りや人脈などにも貴族の息が掛かっている。マンドレイク公爵がそれらを締め付ければ、悠はミーノスでの活動を縮小されるだろう。
ここでローランの名前を出して対抗する策もあるが、そうなれば表面上は平静を保っている両者の対立は決定的な物になり、下手をすれば国を割る戦乱にも発展しかねない。ローランは既に意思を固めているだろうが、悠としては無辜の民が巻き込まれる事態はギリギリまで避けておきたいのだった。
(暴漢を雇おうにも、今はこの街では雇う為の人材がおらん。また、子飼いの者を使えば足が付く可能性がある。ならば当面は正攻法での調略になるだろうな)
(舐められた物ね。ユウが金品や女で靡くと思ってるなんて)
(大抵の人間はそれらの誘惑から逃れられん物だ。当分は返答を保留しておいて時間を稼ぎ、こちらの計画を進めてしまえばいい)
レイラとの話をその様に纏めた悠が宿に着くと、宿の前に見慣れた馬車が止まっている事に気が付いた。
《アルトも到着したみたいね》
「昼の内に到着するかと思っていたが、少々時間を食ったらしいな」
それはフェルゼニアス家所有の馬車であった。アルトも今晩の『能力鑑定』に参加するので遅れて到着する予定だったのだ。日がある内には着かなかったが、今思えばフェルゼニアス公爵家の次期当主と一緒に居る所をカーライルなどに見られたらどの様な難癖を付けられたか分からないので、怪我の功名かもしれない。もっとも、敵方の情報網が多少なりとも健全に動いているのならば悠とローランの関係が深い事は承知の上であろうが。あるいはその為にカーライルが絡んで来たのかもしれないのだ。
「ただいま帰った」
「あっ、ユウ先生!!」
悠が宿の扉を開けると、中ではアルトがビリーとミリーを相手に話していた。宿の主人はと見ると、カウンターで脂汗を流しながら石像の様に固まって身動ぎ一つしていなかった。恐らく公爵家の人間を宿に入れるなどという経験はした事が無かったのだろう。ただただ遠巻きにして貝の如く口を閉ざして無礼無くこの場をやり過ごしている。
「無事辿り着いたか、アルト」
「はい。でも父さまはちょっと・・・」
アルトはそこでチラリと宿の主人の方を見た。悠はそれがこの場で話すには差し障りがある話だと察し、アルトを自室へと促した。
「ここでは何だな、俺の部屋で話すとしよう。ビリー、ミリー、ご苦労だった」
「いえ・・・でも、一応耳に入れておきますが、俺達がここに帰って来るまでに、誰かしらの気配がありました。もしかしたら尾行されたかもしれません・・・」
「私も感じました。気配が微弱だったので、それなりの実力者かと思います。この宿は明日にでも引き払った方がいいかもしれません」
ビリーとミリーとて長く冒険者を続けて来たベテランであり、特に最近では修羅場も経験している。その2人が怪しく感じたのなら単なる気のせいでも無いだろうと悠は頷いた。
「ならば今晩は俺が不寝番をしておこう。どうせ明日の朝には引き払って我が家へ帰るからな」
悠はそう言ったが、ビリーとミリーはとんでもないと言わんばかりに首を横に振り、そして現実に口にした。
「いやいやいや、とんでもない!! そんなのは俺とミリーで交代でやりますよ!!」
「そうですよ!! ユウ兄さんは今日は一日中働きっぱなしじゃないですか!? しっかり休んで下さい!!」
だが悠も首を横に振る。
「訓練に参加したのはお前達も同じだろうが。俺はあの程度で音を上げる様な鍛え方はしておらんよ。それに、明日は万一にでも戦闘があるかもしれん。その時にお前達が動けないのでは困るのでな。頼む」
逆にこう悠に頼まれては2人も粘る事は出来なかった。
「・・・分かりました。でも、別に夜中でも明け方でも構いませんから、疲れたら起こして下さい。すぐに代わりますから」
「ああ、では行くか、アルト」
「はい」
「レイラ、それとなく周辺に気を配っておいてくれ。もし害意ある者が近付いたら俺に言え」
《了解よ》
そうして話し合いの場は部屋へと移ったのだった。
「つまり、簡単に言えばマンドレイクがローランを牽制して来たという事か」
「そうです。体裁は貴族の集まる当主の誕生パーティーへの出席を問う物でしたが、参加者が殆ど第二王子派の貴族ばかりで・・・。王族も出席しますから、こちらとしても断る事が出来ないんです」
王都にはローランとアルト、そして前回の反省を踏まえて選りすぐりの兵士も連れてやって来たのだが、王都の別邸でローランに最初に伝えられたのはマンドレイク公爵主催のパーティーへの参加伺いであった。これまでは体裁として送って来るだけに留められていた招待が、今回に限っては是非ともと参加を促して来たのだ。
「その対応でここに来るのが遅れてしまって・・・父さまも不審に思って僕からユウ先生に伝える様に、と」
「・・・臭いな、まさか王族の前で暗殺も無いとは思うが・・・」
「あ、暗殺ですか!?」
「あくまで可能性の話だ。だが、ローランを排除する為に何らかの策を用意している可能性は高い。・・・アルト、そのパーティーとやらの日時は?」
「一週間後です、ユウ先生」
貴族のパーティーは当然豪華絢爛で準備にも相当な時間を掛けるのが常である。立案、規模の設定、招待客の選定に招待状の送付、そして返答待ち。それだけでも一月は掛かるだろう。警備などの計画も考えるならば、この舞台設定には相当前から計画されていたに違いない。
「・・・そこに俺が潜り込む事は可能か?」
「はい、供の者は3名まで認められています。そこに誰を連れて行っても、父さまの爵位であれば文句は言われません。・・・恐らく、相手方は父さまは懇意の貴族を連れて行くと思っているでしょうけど。母さまは出産して間も無いので出席しませんが、僕も時期当主として招待されています」
「ならば正面から乗り込むとしよう。アルト、敵方はお前をただの子供と侮っておろう。お前の成長が鍵になるかもしれん、頼んだぞ」
「はい! お任せ下さい!!」
悠に期待の言葉を掛けられ、喜びを露わにするアルトであった。
アルト合流。まさか相手も1週間で子供が一年も成長しているとは思わないでしょうね。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」という事で。




