5-44 合同訓練12
「お、おい!! テメェ!! シャレになんねぇぞ!!!」
「闘争に洒落などありはせぬ。バローを倒して拙者が師の右腕になろう。安心して逝け」
「逝ってたまるかこの野郎!!」
剣のグループの訓練は未だ激しく続いていたが、その一角では更に激しい手合わせが行われていた。ベロウとシュルツである。
何故こうなったかというと、それはベロウの不用意な一言が発端であった。
元々シュルツの実力は参加者の中でも抜きん出ていて、他の参加者では例え騎士であろうともシュルツの相手にはならなかった。
仕方無くベロウはシュルツに別メニューを提案してやらせていたのだが、ベロウが剣を振るのを見て、シュルツがベロウに手合わせを申し込んだのだ。
「ま、剣士同士の戦い方を見せるのも必要か・・・いいぜ。ただし、本気でやるんじゃねぇぞ! 俺はユウのヤツと違って普通の人間なんだからな!!」
「・・・貴殿、師とは如何なる間柄なのだ?」
ベロウの悠に対する気安い物言いを聞いたシュルツの眉がピクリと上がったが、ベロウにはその変化は覆面に隠されていて分からなかった。
「山奥に居たから知らねえのか? ユウは俺の相棒さ。『戦塵』のバローとユウといやぁ、自分で言うのも照れるけどよ、今ミーノスに居る冒険者でも最強と言っていいだろうな」
「ほぅ・・・」
シュルツの眉の角度が更に上がったが、自慢げに話すベロウは気付かない。
「つっても、ユウはあの通りデタラメに強ぇ。俺は精々右腕って所だな・・・どうした?」
「いや・・・貴殿の事は良く分かった。では始めようではないか」
そう言った瞬間シュルツが訓練用に両手に持っていた刃引きの曲刀を殆ど手加減なしでベロウに叩き付けたのだ。
「うおっ!?」
咄嗟に剣を立てて曲刀を防いだベロウの目の前で金属同士が打ち付けられる火花が上がった。
「な、ナニしやがる!? 今の一撃は殺気が籠もってたぞ!!」
「この程度は止めるか。そうでなくては師の右腕などとは名乗れぬだろうがな」
最早殺気を隠す事無く振り撒くシュルツにベロウの額から冷たい汗が流れた。シュルツの本気を悟ったからだ。
「今日限りでその場所は拙者が頂く。恨むなよ」
「バカ言ってんじゃねーーーっ!!!」
そういう経緯で話は冒頭に戻るのだった。
「流石は腐っても師の相棒と自称するだけの事はあるようだな」
「舐めるなよ、テメェが山奥で引きこもっている間に、俺はユウと一緒に鍛えてたんだぜ? ドラゴンだって、ユウに比べりゃ可愛いモンだったっての!!」
「そういえばここに来て小耳に挟んだな。新しい『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』が誕生したと。・・・大方、どこぞでワイバーン(飛龍)でも倒した者が誇大に吹聴しておるのかと思っていたが・・・成る程、一応は真実であるか」
既に戦闘思考に切り替えて構えるベロウにシュルツも油断無くその周囲を回った。
「へっ、噂より随分お喋りじゃねぇか? ビビってんのか?」
「例え闘争の最中に死すとも恐れる事など何も無い。・・・だが、その台詞、挑発と受け取ったぞ」
足を止めたシュルツが円運動から直線運動に切り替えてベロウに迫る。しかしベロウも動じずに正面からシュルツを迎え撃った。
剣が霞むほどの斬撃の応酬が2人の間に交わされ、その度に火花が眩く2人を照らした。
「・・・ノースハイア流など一撃を避ければ死に体の欠陥剣術と思っていたが、バローの物は少々異なる様だな」
「一緒にすんじゃねぇよ。俺は俺流だ。・・・お前も『双剣』の二つ名は伊達じゃねんだな、シュルツよぅ?」
交差した曲刀でベロウの剣を受け止めていたシュルツが一瞬だけ押し返して後方に跳んだ。
「これ以上、言葉は無粋。我が秘剣にて幕を引かせて貰おう・・・」
ぐっと膝を撓めたシュルツにベロウは『双車輪』を思い起こしたが、それとは微妙に違う構えに眉を顰めた。
(『双車輪』以外にも秘剣と称し得る技を持ってんのかよ・・・それなら、俺も出し惜しみしてる場合じゃねぇやな・・・)
「いいぜ、俺もとびっきりので相手をしてやる・・・来いよ」
ベロウの構えが上段に移行し、緊張の最中に体の力を抜いて行く。
「・・・言っておくが、『重破斬』ごときでは拙者の技を止める事は叶わぬぞ?」
「言葉は無粋なんだろ? いいから来な!」
「・・・はっ!!」
ベロウの構えからノースハイア流奥義『重破斬』かと見て取ったシュルツだったが、ベロウは動揺せずに剣を上段に構えたまま言い返して来た。ならば行くまでとシュルツの体が小さく宙を駆ける。
そのショートジャンプでは到底ベロウの体に届く間合いでは無かったが、シュルツはその着地の反動を利用して更に加速して高く宙に舞い上がり、猛禽の如く腕を交差してベロウに襲い掛かった。
「『飛翔斬壊剣』!!」
「・・・『絶影』!!」
シュルツの技は武器破壊を主眼とした技であった。口では罵倒しつつも、シュルツはベロウの強さを肌で感じ取り、必ず防ぐ為に剣を合わせて来ると読んでいたのだ。また、そうで無くてはシュルツがこれほど多くの言葉を相対する者に掛ける事はあり得ない。だからこそ、その合わせて来た剣を叩き折って決着させるつもりであった。
『飛翔斬壊剣』は大きく飛び上がり、体重と速度を乗せて相手の得物を高速で挟み込み、破壊する技である。勿論、人体に当たれば首など軽く飛んでいくという、活人剣にして殺人剣であった。
ベロウはベロウでシュルツが尋常な技を繰り出すなど露にも思っておらず、だからこそ自らの最高の技で迎え撃つ事にしたのだ。――開眼したばかりの『絶影』で。
迫るシュルツと迎え撃つベロウの交錯は一瞬であった。
バキャンッ!!!
そのままベロウの正面に降り立つシュルツと剣を振り下ろした態勢で固まるベロウ。
一体どちらが勝ったのかと、訓練の手を止めて固唾を呑む訓練の参加者の前に、結果が示される。
「・・・・・・・・・あ、相討ち?」
シュルツの横に振り切った曲刀には両方とも刃が存在しておらず、ベロウの振り下ろした剣も柄だけになっていた。その両者の周囲にキラキラと金属の破片が舞い散っている。・・・2人の技の威力に耐えかね、粉砕された刃の塵だ。
そして2人も同時に柄を取り落とした。
「・・・何という剛剣。拙者の技が日に2度も破られようとは・・・」
「畜生、せっかく覚えた奥義で相討ちが精一杯かよ・・・」
2人の手が小刻みに震えていた。剣を粉砕するほどの一撃が腕の芯まで響いたのだ。
2人の持つ剣がもう少しでも丈夫な素材であったならば、逆に2人の腕が折れていたかもしれない。
シュルツは震える手をそのままに、ベロウに一礼した。
「ご無礼仕った。貴殿の剣、師の右腕に相応しい腕前であった。許されよ、バロー殿」
「これから仲間になるんだろ? 些細な事は気にすんなよ。これからもバローでいいさ」
ベロウは震える手をシュルツに差し出し、シュルツもまたその手を握り返した。共に利き腕を差し出したのは、お互いへの賞賛の証しでもあった。
「だがその内に必ず拙者が師の右腕となってみせる。それまでは預けておこう」
「言ってろ、次はその細腕ブチ折ってやるよ」
「ならば拙者はその首を貰おうか。むさ苦しい髭面が無くなればバローも少しは見れるかもしれぬよ」
「テメェ・・・!」
いつの間にか2人の握る手に血管が浮き、戦いは第2ラウンドに入っていたが、そこに呆れたコロッサスの声が掛けられた。
「いつまでもガキみたいな意地の張り合いしてんじゃねえ!! 2人共訓練場10周して来い!!」
結局、仲良く罰走させられるシュルツとベロウであった。
2人の腕前は前述した通りシュルツが若干上でしたが、技の威力として『絶影』が上でしたので結果相討ちになりました。
そして指導せずにじゃれ合っていたのでコロッサス先生に怒られました。




