5-43 合同訓練11
結局、その手合わせはその後30分間休まず続いた。
流石の悠も『竜騎士』にもならずに100人超の冒険者を相手取るのは無理がある・・・かと思われたが、魔法が無い、純粋な物理戦闘で悠に敵し得る者は居なかった。無尽蔵に感じられる体力と神話の英雄もかくやという体術、そして何より一切動揺をせず、淡々と戦い続ける悠に、逆に冒険者達が一人、また一人と櫛の歯が欠ける様に脱落していった。
残ったのは各武器使いの音頭を取っていた者達5人だけになっていた。
「・・・残ったのはこれだけか・・・」
金属鎧を纏った槍使いの男が肩で息をしながら呟いた。
「どうする? ゴメンナサイって謝れば、教官、今なら許してくれるかもよ?」
滝の様な汗を掻く短剣使いの女が冗談を言うと、隣の弓使いの女がその楽観を切り捨てた。
「無いわね。それどころか途中で諦めた私達がブチのめされるんじゃないかしら?」
拳に指連環を嵌めた格闘家の男が青い顔で頷いた。
「だろうな・・・先に寝てしまった連中が羨ましい・・・」
そして最後の一人が口を開く。
「・・・ひ、一つだけ、ゆ、ユウ様に攻撃を、あ、当てられるかもしれない、ほ、方法が、ある」
そう言ったのは最後まで残ったギャランであった。
「お!! 本当か!?」
「人は見かけによらないわね!」
「どんな方法なの?」
「言ってくれ、もう俺達には策は無い。全員でお前に乗る」
極限状態が5人の心を繋ぎ、ギャランの容姿や口調への偏見と取り去っていた。ギャランはその事に感激しながらも、頭の中で練り上げた作戦を小声で4人に伝えた。
「・・・ど、どうだろう? 成功する確率は、た、高くないけど・・・」
自信が無さそうに言うギャランだったが、誰からも反論は上がらなかった。
「よし、それで行くぞ!」
「頼んだわよ~? 教官を抑えるのなんて3秒持てばいい方なんだからね?」
「これをしくじったら終わりだと思ってやるわ!」
「・・・泣き言は言えんか・・・了解した」
「あ、ありがとう、皆・・・」
5人はなけなしの気力体力を振り絞って最後に笑い合い、そして走り出した。
「行くぞ教官!! せめてその涼しそうな顔に一発ブチ込んでくれる!!」
槍使いが最初に悠に小さく鋭い突きを放って叫んだ。
「笑止。その程度で俺に届くかよ」
その突きを軽く避けつつ、悠も槍使いに挑発を返すが、その背後から短剣使いも攻撃に加わった。
「一人じゃ届かなくても、2人なら!!」
「足りん、まだ足りんぞ」
挟撃されても悠の回避にはまだ余裕があった。その差を埋めるべく、格闘家も悠の正面に飛び込んだ。
「ならこれでどうか!!」
槍使いと短剣使いが両脇に回り、3人掛かりで悠を囲んで一斉攻撃を敢行する・・・が、それでも悠には当たらない。
だが悠の背後がガラ空きになった事を確信した弓使いがそこに滑り込み、前後に足を開脚して超低姿勢から悠の頭を目掛けて瞬時に引き絞った矢を放った。
(当たれっ!!!)
しかしそこでその矢から少しでも気を逸らさせようとする短剣使いが悠の攻撃範囲に留まり過ぎて腹に蹴りを食らって吹き飛んだ。
「うげッ!!」
その手から短剣が離れ、格闘家の後ろにカランと転がり、本人はゴロゴロと転がって戦闘不能に陥る。矢も悠が蹴りを放った事でかわされてしまった。
遂に均衡が崩れ、残りの者達の顔に絶望が浮かぶかと思われたその時、キンキンと2度、小さな金属音が響く。
「ムッ!?」
蹴りを放った姿勢の悠の目に映ったのは、別々の方向から迫る2本の先を潰した投げ矢だ。だが悠の視界にギャランの姿は無い。ではギャランの投げ矢はどこから飛んで来たのだろうか?
その答えは格闘家の後ろにあった。そこには投擲を終えたギャランがおり、その先の地面には先ほど短剣使いが落とした短剣がある。ギャランは悠に教えられた跳弾をその短剣に当て、土壇場で使って見せたのだ。
もう一本の投げ矢を弾いたのは槍使いの鎧であった。ギャランは槍使い自身を壁に見立てて跳弾を行い、横と下の2方向から悠を攻撃するというのがギャランの作戦の趣旨である。格闘家の男に正面に立たせたのは、自分の体を隠す為のブラインドだった。
態勢を崩し、尚且つ予測出来ない場所からの攻撃は、槍使いから飛んで来た物は剣で迎撃したが、下から格闘家の股を潜って来た投げ矢を防ぐ術は悠には無く、それはそのまま悠の顔目掛けて飛んでいった。
「あっ!?」
だがその投げ矢は悠の頬を掠めて後方へと外れて行く。それを見た槍使いの口から思わず声が漏れた。
「素晴らしい連携だった。ギャランが後何度か練習する機会さえあれば、俺に一撃を加える事が出来たかもしれん。・・・だが、これまでだ」
必殺の気合を込めた攻撃が外れ、槍使いが槍を落とした。後方の弓使いもつがえようとした矢を取り落し、そのまま崩れ落ちる。格闘家は膝を付き、そして前のめりに倒れて行く。皆精根尽き果てたのだ。
立っている槍使いの肩を刃引きの剣で打ち据えると、槍使いも意識を失って倒れた。立っているのは、悠とギャランだけになっていた。
「ギャラン、よくぞここまでの訓練を乗り越えた。最早誰もお前を馬鹿には出来ん。お前は自分の持つ力を実力以上に発揮し、俺に攻撃を掠らせた。ここで降参しても誰もお前を笑わぬ。降参するか?」
剣を突き付けてそう宣言する悠の威圧感にギャランは五体投地して降参してしまいたかったが、悠の周囲に横たわる4人を見て頭を振り、自分の怯懦を振り払って言い返した。
「オレ一人の力じゃ無い!! 皆が助けてくれたから、オレはここまでやれたんだ!! だからオレは諦めない!! 一人になっても絶対に諦めない!!! うわああああああッ!!!」
ギャランの口調からどもりが消えた。そして大声で叫び、残った投げ矢を悠に向けて投げ放っていく。
その投げ矢は正確無比に悠へと迫っていったが、最早誰も悠の動きを阻害出来ないのだ。悠はあるものはかわし、またあるものは剣で叩き落としてギャランの正面に立った。
全ての投げ矢を使い尽したギャランと悠の目が合い、ギャランの顔にゆっくりと笑みが浮かんだ。
「・・・ありがとうございました、ユウ様。貴方が居たお陰で、オレ、最後まで戦えました・・・」
それは不思議な、顔の美醜を感じさせない透き通る様な笑みだった。成長した男の顔であった。
「見事なり、ギャラン。鍛錬を怠るなよ? お前ならばいつかきっと俺を超える投擲術を得られよう。その日が来るのを楽しみにしている」
「・・・はい!! ご教授、ありがとうございました!!!!!」
最後に涙を流しながら叫んだギャランの鳩尾に悠の剣の柄がめり込み、ギャランの意識を断ち切った。
そして立つ者が存在しない周囲を見渡し、賛辞を口にした。
「貴様らも良くぞ耐えた。だがまだまだ未熟。次の機会があれば、今度こそ俺から一本取って見せろ」
悠は剣を納め、箱に差し込むとそのまま立ち去った。その後ろ姿はどことなく満足感を感じさせたのだった。
全滅ッ!! そして訓練終了!! ・・・悠のグループだけね。




