5-42 合同訓練10
「午後からはより実戦的な状況を想定した訓練を行う。ここに立ててある木の棒を掻い潜り、奥にある的を攻撃しろ。木の棒は障害物、あるいは敵の攻撃である。当たらずに駆け抜けろ。制限時間は5秒。各武器毎に5種類用意したから、全てを5秒以内で駆け抜ける事が出来る様になった者は俺を呼べ。以上だ」
厳しい訓練を予測していた冒険者達は若干拍子抜けしていた。もっと激しく打ち合う様な訓練を想像していたのだが、実際にはただ軽く走って的に当てればいいだけではそう思うのも当然かもしれない。それを5回繰り返すだけで、時間にして30秒と掛からずに終われるとなれば顔に笑みの一つも出ようというものだ。
殆どの冒険者達は悠が脅しの為に殊更厳しい事を言ったのだと思ったが、極少数の悠の性格を知る者達は悠がその様な甘い訓練を課すはずがないと気を引き締め直した。そしてそれは正しかったのだった。
「よっ! ほっ! とっ!? グハッ!?」
「ハッ、ヤッ! ぬおッ!?」
「お、おい、これ、スゲェ難しいぞ!?」
「始まって30分も経つってのに、誰も最後まで行けないなんて・・・」
「配置の性格が悪いんだよ! それぞれの武器が通り抜け難い様になってやがる!!」
「ま、まるで格上の相手と戦ってるみたいだ・・・」
この訓練を楽勝だと考える者は既に一人も居なかった。実際にやってみると、どこかに注視すると別のどこかから隙の生まれた地点を突いて来る位置に木の棒から張り出した横棒が冒険者達に襲い掛かったのだ。
一瞬たりとも気が抜けない訓練は冒険者達をあっという間に消耗させ、既に半分の冒険者達が疲労と怪我でダウンしている。
「どうした、最初は歯を見せていた者達も青色吐息ではないか! この程度の訓練に貴様らはどれだけ時間を使うつもりだ?」
悠の怒声にビクッと体を強ばらせる冒険者達だったが、それは焦りを助長し、悲鳴を上げる者を量産するだけだった。
《ユウ、一度見せてあげなきゃ駄目みたいよ?》
「・・・仕方無いか。全員、注目!!」
悠が号令を掛けると、冒険者達が手を止めて悠を注視した。
「今から俺が試技を見せる。なるべくゆっくり行うから、各員参考にする様に!」
そう言って悠はまず訓練用の槍を構えた。
そのまま障害物に突っ込んだ悠はスルスルと障害物の林の中をすり抜けて行く。
「は、はえぇ!」
「あんな長物持ってるのに掠りすらしないなんて・・・」
「な、なるほど! あそこはああかわすのか!?」
冒険者達が見守る中、悠はきっかり5秒を使い切って的を槍で突いた。
それが終わるとすぐ次の構成に取り掛かり、次々と5秒掛けてクリアしていく。
全く無駄の無い流麗な動きを冒険者達は食い入る様に見つめ、長物用の障害5つをすんなりとやり切った悠が冒険者達に向き直った。
「俺がやった事が唯一の正解という訳では無いが、参考にはなるだろう。理解出来たら始めろ!」
「「「はい!!」」」
訓練開始時よりも幾分素直になった参加者達が今の悠の動きを見様見真似でトレースし、その合理性に納得顔になった。悠は厳しいが理屈に合わない事は言わないので、それが参加者間にも浸透し始めたのだった。また、冒険者同士も同じ武器を使う者達が集まる事で自然と連帯感の様な物を醸造し始め、与えられた課題に対して意見を交わす事も多くなって来た。
訓練に参加している者の数は午前中より少々減っている。リーンやサティも先ほどの一幕以降は姿が見えず、それ以外にも訓練に付いて行けないと感じた者達が脱落したせいだ。当初155名を数えた訓練は今では120名前後になっていた。
だがそれだけに今も参加している者達のモチベーションはそれなりに高く、また少しずつ上達しているという達成感が全員の心を勤勉にしていた。
悠はその後も他の武器を扱う者達にも手本を示して見せ、それを契機に冒険者達の動きも少しずつ良くなって来た。
始めてから1時間が経過した時には最初の完全制覇者も現れ、競争意識に火が付いた者達が続々とそれに続いて行く。
元々、一般人よりも身体能力には自信のある者達なのだ。この程度は悠にとっては既定路線でしか無かった。単に彼らは体の使い方が雑でそれを活かし切れていなかっただけであった。
開始から2時間も経過する頃にはほぼ全ての冒険者達が障害をクリア出来る様になっており、訓練当初では考えられなかった事だが、悠の周りにも大勢の者が取り巻き、盛んに意見を求めていた。
「教官、4つ目の途中の障害なんですが、どうしても通り抜ける時に体が窮屈になってしまうんですが・・・」
「その前の障害を抜けた時の足の方向が悪いのだ。あれを楽な方に抜けると次の障害で一瞬停滞する。だからあえて逆足で抜け、体ごと右側に向け。そうすれば次の障害が楽になる。その場その場をしのぐのでは無く、先の展開も予想しながら動くのだ」
「すいません、3つ目の最後で槍が引っかかってしまうんですが、どうするべきですか?」
「奥の的に気を捉われ過ぎだ。最後の障害を抜ける前に腕を畳んで半回転して槍を回り込ませろ」
幾人かの抜けられない者達も悠のアドバイスを受けると嘘の様に動きが良くなり、躓いていた部分をクリアしていった。ここまで結果が出るのならば、悠の手腕を認めざる得なかったのだ。
全員が課題をクリアした事を確認し、悠は今一度全員に手合わせを命じた。だが今度は同じ武器を扱う者同士では無く、異なる武器を扱う者と手合わせする様に言いつけた。
「今の障害物は想定される基本的な攻撃を表している事はやってみて皆も気付いたと思う。それを踏まえ、異なる武器を扱う相手とやってみろ」
悠の言う通りに手合わせを始めた冒険者達は最初は効果に関しては半信半疑だったのだが、それはすぐに感嘆に取って代わった。
「あ、あれ? 避けられるぞ!?」
「ほ、本当だ! 俺、槍相手って苦手だったのに!?」
「おお! 何か俺、強くなったか!?」
あちらこちらで上がる声を聞いて悠は柏手を打って注目を集めた。
「貴様らは魔物との戦いに慣れ過ぎて戦い方が拙劣なのだ。今覚えている内にその動きを物にしろ。この時をおいて覚える機会は無いと思え!!」
「「「はい!!」」」
もう誰も悠の言葉に反抗する者は居なかった。誰もが悠の言葉を信じ、真摯に訓練に取り組んでいる。冒険者達は勿論護衛任務などで人間を相手にする事もあるが、どちらかというとそれは人数を揃えて威嚇し、襲わせない事をメインに考えられている。騎士や兵士の様に人間をメインに戦う練習を繰り返している訳では無いのだ。その分、伸び代は多くあり、勤勉に学べば身体能力もあるので上達も早い。
それをしばらくの間見ていた悠は武器の箱から訓練用の剣を取り出して一振りして言った。
「我こそはと思う者は俺が剣で相手をしてやる! 今の貴様らなら多少得る物もあろう!! 一人ずつなどとケチな事は言わん!! 纏めて掛かって来い!!!」
一瞬の停滞。その後に上がった歓声と共に冒険者達は一斉に悠へと雪崩れ込んだ。
「うおおおおっ!!!」
多数を相手にしなければならないので、悠に一人一人を言葉で指摘する暇は無い。だが悠の訓練を受けた者達は受けられ、打たれ、転ばされる中、必死に悠の無言の指摘を取り込もうと気を吐いた。
受けに回っている悠の足元を突く槍使いの男は散漫な狙いを指摘されていた事を思い出して悠の視線から最も遠い地点をしっかりと狙って突いたし、その斜め後ろにいる投げナイフ使いの男は単調な攻撃を悠に指摘された事を思い出してその槍を悠がどう受けるかによって自分の行動を決めようと目を凝らしている。
剣を回して下段で槍を止めたのを見計らって投げナイフを放とうとした男は既に悠が自分を見ている事から「攻撃決定が遅い」というメッセージを受け取って次の機会を探したし、槍使いの男も「攻撃が正直過ぎる」という指摘を感じてサッとすぐに槍を引き戻した。
また、密集し過ぎて動けなくなっている一団には「固まり過ぎだ」という事を分からせる為に、先頭の男の懐に飛び込んで背中で体当たりをして後続の者に向かって吹き飛ばし、将棋倒しになったのを他の者にも見せて遊兵の愚を悟らせた。
すると特に理解力の高い者達が自然と音頭を取り始める。
「槍や長物を持ってる奴は遠距離から中距離を維持しろ!! 教官の動きにいつでも対応出来る様にするんだ!!」
「接近戦をする奴、四方を囲め!! 教官だって剣は一本しかねぇんだ!!」
「遠距離で攻撃出来る人、教官をその場に釘付けにするわよ!! 接近戦をする人間の輪から外れようとする教官を牽制!!」
それらの音頭によって単に集まるだけだった冒険者達の動きが徐々に有機的に機能し始める。考え無しに攻撃を仕掛けるのでは無く、他の者達が動き易い様に気を配り、悠の動きの選択肢を狭めていく。
「まだだ、まだ足りん!! 攻撃の密度が薄い!! それでは俺の動きは止められんぞ!!」
「くっ!? もっと手足の回転を上げろ!! 教官を後手に回らせるんだ!!」
「ぜぇ!! ぜぇ!! ・・・く、こ、交代してくれ!!」
「おう!!」
悠一人に一度に当たるには冒険者の数が多過ぎるので、実際に戦う者、包囲する者、後ろで体力回復に努める者と、更に集団として冒険者達の動きが洗練されていった。
だが悠の牙城は果てしなく高かった。
「ひ、百人以上もの人間が掛かって行ってるのに、お、俺達の方が先にへばるのかよ!?」
「戦場で生き延びるのに最も必要なのは体力だ。優れた武技も堅固な防御も疲れ果てては何の意味も成さん。ほらほら走れ!! 飛べ!! 全身の力を振り絞って俺を捉えて見せろ!!」
「チィ!! おい、教官を休ませるな!! 後の事なんざいいから残った体力を全部注ぎ込めえええええ!!!」
「「「おう!!!」」」」
悠の思惑通り、訓練は益々熱を帯びていくのだった。
さくせん「ガンガン行こうぜ!」




