5-39 合同訓練7
「投擲速度が遅いぞ。あちらの的で100本投げ込みだ。一本1秒以内に投げろ。的を外したら最初からやり直しだ」
「槍の握りが甘い。そこにある石を掴んで下に向けたまま訓練場を5周して来い」
「短剣を大振りするんじゃない。短剣の持ち味は小回りと速度だ。脇にこの板を挟んで落ちない様に左右の素振り100回ずつだ。落とさずに振れる様になるまで帰って来るな」
「徒手と言っても別に攻撃手段は拳と足だけに限定されん。指、額、肘、膝、腰、背中。全身全てを使う事を覚えろ。その場で指立て伏せ100回だ」
「お前はそんなゆっくり弓を引いて誰を撃つつもりだ? 冒険者として弓を使うのなら一息で引き、一息で放て。そして何より筋力が足らん。奥で300回ほど引いてから帰って来い」
組手を行っている冒険者達は今や40人ほどになっていた。悠が戦う者達の姿を見て次々と鍛錬を課していくのだから当然なのだが。そして壁際には故意に相手を傷付けたとして3人ほどの冒険者が白目を剥いて失神している。それ以外にも訓練内容が厳し過ぎて動けなくなっている者もそこかしこに見受けられた。
「体力が尽きて動けなくなった者はギルドの職員から『治癒薬』を受け取って15分間の休憩を認める。そしてまた訓練を再開しろ。貴様らに寝ている時間など寸毫たりとも無いと知れ」
倒れるまで酷使され、回復し、また倒れるまでやらされるという地獄のループに冒険者達の顔が絶望感に歪んだ。が、中には根性のある者達もいて、悲壮感を見せずに必死に悠の教えを実践し続けている。
リーンもそんな根性のある者の一人で、今も一人の槍使いの男と汗に塗れながら必死に槍を動かしていた。
「はっ、はっ、・・・やっ!!」
「待て、そこの男、空いている者と代われ」
「は、はい・・・いつ終わるんだコレ・・・?」
槍を杖に相手を求めてよろよろと歩き去る男から悠はリーンへと視線を移した。
「リーン、お前は槍の才がある」
「・・・・・・え? わ、私に、ですか?」
驚くリーンに悠は無言で頷いた。
「だが惜しむらくはお前の体がそれに付いて行っておらん。そもそもお前はちゃんと好き嫌い無く食事をしているか? 量は? 回数は?」
「え? ええ??」
食事による肉体改造などという概念はまだアーヴェルカインには存在しない。何となく肉や甘い物を食べ過ぎると太るという程度の事が流布しているに過ぎない。それも誤りではあるのだが。
「どうした、答えろ?」
「は、はい!! えっと・・・食事は一日2回で、昼にはちょっと甘い物を食べる事があります。お肉はどれも余り得意ではないです。お野菜が食事の中心ですので・・・。ジオやサティに作る時は肉も良く使いますけど」
「ふむ・・・恵!!」
「はい、何でしょうか?」
悠が恵の名を呼ぶと、ギルド職員の手伝いをしていた恵が他の職員に頭を下げてやって来た。
「リーンに筋力を増やせる食事を教えてやってくれ。それに見合った鍛錬内容は俺が考える。使えそうな食材は把握しているか?」
「そうですね・・・幾つかは思い付きますよ。リーンは料理が出来ますから、伝わると思います」
「では頼む。リーン、恵の言う事を良く聞いて実践するように」
「は、はい?」
未だに食事と強くなる事が上手く結びつかないリーンであったが、恵に促されて話を聞き始めた。
リーンから別の相手に視線を向けた悠はそちらに歩み寄って行った。
「ギャラン、どうだ?」
「あ・・・ゆ、ユウ様・・・は、はい、何とか、その・・・」
ギャランと呼ばれた小男は、悠に投げ矢を弾き飛ばされ負傷した男である。その傷は『治癒薬』で治っていたが、既に全身の所々に薄青い痣が出来ていた。
ギャランの身長は精々150センチあるかどうかといった所である。くすんだ茶の髪はざんばらで目を隠しており、体も細く手足も枝の様だ。そして人と上手く話す事も出来ない。
容貌も良くは無く、というかはっきりと悪く、他の冒険者達もギャランを見て蔑みの視線を送っていた。だが悠はまず誰よりも先にギャランの所に来て、誰かと組手をする前にある鍛錬をギャランに課していた。
「良い。お前のその姿を見ていれば俺が見ておらずとも必死に鍛錬を続けていたのは分かる。続けてみろ」
「は、はいっ!」
そう言ったギャランは10メートル先の的に投げ矢を放つ・・・前に、地面から小石を拾い集め、それを力一杯上に向かって放り投げた。
視線は的を見つつ、落ちて来る石を避けながらギャランの投げ矢が的を射抜くが、避け損ねた石がギャランの投擲した腕を打った。
「くぅっ!」
「ギャランよ、攻撃だけに心を囚われてはならん。ましてや腕はお前の生命線だ。・・・見ていろ」
悠はギャランから場所を譲られると、足元にある小石をギャランの倍ほど拾い、上空へと投げた。
全身の神経で周囲を探り、悠は驟雨の如く降り注ぐ小石の合間を縫って懐の投げナイフを投擲していった。
それは十字を描いて次々と的へと突き刺さり、その技量にギャランの目が輝く。そして最後の一本を投擲しようとした時に、奇しくも悠の腕が伸びる地点に小石が舞い落ちる。
「あっ!?」
だが悠はギャランの様に石に打たれたりはせず、その場から一歩後ろに跳んで空中でナイフを投擲した。そのナイフも狙い通り、十字の交錯する地点に突き立った。
「す、凄い・・・!」
「打たせずに打つのが投擲武器での戦い方だ。午後からはその為の体術も教えるので参考にしろ」
「は、はい!! ・・・あ、あの・・・ひ、ひ、一つ、き、聞いても、いいです、か?」
「何だ?」
もじもじと悠に問うギャランに悠が返すと、ギャランも意を決して本題に入った。
「あの・・・ど、どうして最初に、お、オレの所に? や、やっぱり、オレの、で、出来が悪いからです、か?」
俯いたまま拳を握るギャランに悠の眉が顰められた。
「出来が悪いだと? 誰がそんな事を?」
「だ、だってオレ、ち、小さい時から、ひ、人と上手く話せなかったし、と、友達も、い、居ない、し・・・か、顔だって不細工だし、け、剣も魔法も、ぜ、全然ダメで・・・」
俯いたギャランの顔は羞恥で耳まで赤く染まっていた。話している内に自分でもどんどん情けなくなって来て、視界も歪んでいく。
「お、親にも、お前みたいな、で、出来損ない、い、い、いら、ないって・・・じ、邪魔だか、ら・・・き、きえ、消えろって・・・その、オレ・・・ば、バカだから・・・」
地面にポタポタと染みを作りながらのギャランの独白は最後には意味を成さない物になって行ったが、そのギャランの肩に悠の手が乗った。
「あ・・・」
「男が一人立派に生きて何を恥じる事がある、ギャランよ。お前の投擲の腕前ははっきり言ってこの場の誰よりも素晴らしい。そしてその心根もな。お前は俺の背後から投げ矢を放った時、俺の肩を狙っただろう? 致命の攻撃を仕掛けて来る者達の中で、お前は被害を最小限にしようと心を砕いていた。何故だ?」
誰にも褒められた事など無かったギャランは悠の言葉に生まれて初めての感動を得ていたが、悠の質問に答えないのは不敬だと思い、慌てて言葉を紡いだ。
「え、あ、そ、それは・・・ど、どこに当てても、い、一撃は、一撃だし、あ、あんまり、危なく無い、所を・・・」
「であろう。人はお前の上辺だけを見てお前を判断し、蔑んで来たのだろうが、そんな蔑視の中でお前がその美しい心根を保ち続けた事がもう既に奇跡なのだ。人間など所詮一皮剥けば美醜など分からぬ物よ。そして人は永遠には生きぬ。やがて朽ちて行く物だけを見るは愚かな事。ギャラン、真っ直ぐに生きろ。誰が見ていなくてもこの俺が見ている」
悠の瞳に見つめられたギャランは感動のあまり失神しかけた。今まで誰も合わそうとはしなかったギャランの目を真っ直ぐに見る悠に心奪われていた。
「あ゛い・・・!!」
「これからも励めよ、ギャラン」
必死に頭を下げるギャランの肩から手を外し、懐から自前の『治癒薬』を取り出してギャランに渡してから悠は去って行った。
しばし感動に打ち震えていたギャランだったが、やがてぐいっと目元を拭い、また足元の小石を拾い集めて鍛錬へと戻って行った。
明があれば暗がある。
そんなギャランに対して熱の篭った指導をする悠がサティの近くを通り、そして一瞥も無く通り過ぎていく。
(何故・・・何故ユウさんはあんな醜男にはちゃんと教えてあげているのに私には何も言ってくれないの!?)
サティは訓練が始まってから一度も悠にアドバイスを受けてはいなかった。自分より強い者も弱い者も何かしらのアドバイスを受けているにも関わらずである。
苛立ち紛れの攻撃が空を切り、組手の相手が距離を取ったのを見てサティの思考が暗く沈む。
(私の何が悪かったの? 最初の攻撃で私の何が分かったっていうの!? 口で言ってくれなきゃ分からないじゃない!!)
結局、午前の部が終わるまで、悠がサティに指導をする事は無かった。
悠は中身を見るタイプなので、顔はどうでもいい人です。そもそも顔で選ぶならとっくに志津香を娶ってますからね。
さて、何故か置いてけぼりのサティですが、それはまた後ほど。




