5-36 合同訓練4
結局500人を超えても悠に一撃を入れる事は誰にも出来ぬまま、残りは僅か2名となっていた。悠の額には薄らと汗が浮いている事だけが500人超を戦い抜いた証である。
だが残り2人の中には相応の強者が混じっていた。
「おっ、『双剣』シュルツじゃねぇか!」
「わざわざ山奥からここまで足を運んだのか?」
「強い奴としか喋らねぇらしいが・・・」
「ああ、さっき話し掛けたらエライ目で睨まれたぜ」
「何にせよ、見物だな? なんせシュルツはⅧ(エイス)の冒険者だ。流石のユウの奴も今までみたいな手抜きは出来ないだろうぜ?」
そんな話を聞いた悠がシュルツに問い掛けた。
「中々の強者らしいが、貴様も同じⅧなら俺に一撃入れても金だけしかやれんぞ?」
「不要。拙者、自らの力を磨く事にしか興味が無い故」
「「「喋った!?」」」
あっさりと悠の言葉に返答したシュルツに周囲の冒険者達の顔に驚きが浮かんだ。やはりシュルツは悠を強者と認めていたのだ。
対するシュルツも容貌は頭部を覆う白い布の為に窺い知る事は出来ないが、僅かに覗く眼光の鋭さと油断の無い所作、背中に担ぐ使い込まれた双剣が尋常な剣士では無い事を告げている。
「貴様の潔さに免じてこの場は時間無制限一本先取で決着としよう」
「有難し。いざ」
シュルツはその場から悠に飛び込みながら背中にクロスして装備していた2本の剣を抜き放った。緩やかにカーブを描くそれは、悠がアイオーン戦で用いた様な曲刀だ。
曲刀の間合いに入ったシュルツが縦横無尽にその刃を閃かせると、悠とシュルツの間に火花が散った。悠の手甲にシュルツの曲刀が掠ったのだ。
それからも度々2人の間に火花が散り、激しい攻防が繰り広げられたが、未だに両者共に相手の体にクリーンヒットを与えられないでいた。
「貴様、良き使い手だな。人間相手ならば若干バローを上回るかもしれん」
「・・・解せぬ。本当に人か?」
悠の素直な賞賛に、シュルツは疑念を滲ませながら答えた。
「別に龍が人の皮を被って居る訳では無いが?」
「戯言を・・・拙者の双剣をここまでかわし続けた者など居らぬ。ここのギルド長に手合わせをと思って山を降りたが、まさか汝の様な強者が居ようとはな・・・」
シュルツが一旦距離を取り、曲刀を前後に刃を横にして構え直した。
「かくなる上は拙者も死力を尽くしてお相手したいが、受けられるか?」
「承知した。来い」
悠とシュルツの間に濃密な殺気が撒き散らされ、耐性の無い冒険者達がそれに当てられて気分を害した。
「・・・コロッサス様、少々やり過ぎるかもしれませんよ?」
「チッ、アイオーンみてぇな奴だな・・・。だがユウが許可したんだ、何とかするだろ」
サロメの忠告に苦い顔をしながらもコロッサスはそれを制した。下手に止めようとすれば危険だという判断でもあったが。
構えたシュルツの体が徐々に沈み込んでいく。それは見る者に肉食獣の攻撃準備を思わせ、そしてその想像を裏切る事無くシュルツの体が限界まで沈み込んだ時、掻き消える様な速度でシュルツの体が悠に向けて射出された。
シュルツは地面を蹴る瞬間に体に捻りを加え、高速回転する独楽と化して悠目掛けて突撃していく。
それに対し、悠は単純なサイドステップによる回避を選ばなかった。正々堂々と技を繰り出すシュルツに敬意を表して正面から受ける事を選択したのだ。
だが、今の悠の装備品でシュルツの剣を受けられる物は龍鉄の靴以外には有り得ない。店売りの手甲程度では斬り飛ばされてしまうだろう。しかし龍鉄の靴で片方の斬撃は止められても、続くもう片方の斬撃を止める事は叶わない。
悠は迫り来る斬撃に対して体を捻って構えた。急速に迫るシュルツの回転斬りが最早回避不能と思われる地点まで迫った時悠の体もシュルツと同じ方向に旋回した。
ガキュン!!!
堅い音がして悠とシュルツが交錯し・・・シュルツが明らかにバランスを崩して弾き飛ばされ、回転の勢いのままに地面を転がって行く。双剣の片方が高々と宙を舞い、回転しながら地面に突き立った。
「「「おお!?」」」
見守る周囲の者達も何が起きたのか理解出来た者は居なかったが、この戦いが悠の勝ちである事だけは理解し、感嘆の声を上げる。
5回10回と転がり続けるシュルツがようやく勢いを殺して止まり、上体を起こした。
「・・・くふっ・・・拙者の負け、だ・・・よもやあの様な方法で『双車輪』を破るとは・・・」
倒れた姿勢から体を起こしてシュルツが敗北を宣言し、短いが激しい戦いは決着する。
「おい、コロッサス、今ユウが何をやったのか見えたか?」
「ああ、辛うじてな・・・だがありゃ無理だ、俺には出来ねぇ・・・」
額に冷たい汗を掻くコロッサスの目に映っていたのは、2人が交錯する瞬間の物だった。
悠はシュルツと同じ方向に回転し、シュルツを僅かに上回る速度でその回転する剣の柄を、斬撃を潜る様な低姿勢で後ろ回し蹴りの要領で踵を用いて蹴り付けたのだ。結果、シュルツの斬撃は悠に当たらず、回転速度と回転軸をズラされたシュルツが地面に叩き付けられる事になった。
シュルツは片膝を付き、朦朧とする頭を振って悠に問うた。
「今何をされたかはある程度理解はしているが、分からぬ部分もある。説明しては下さらんか?」
口調に敬意を混ぜるシュルツの質問に悠は頷いた。
「俺が踵でお前の剣の柄を打った事は理解出来ているだろう。それが可能であったのは、俺がお前より速かったからでは無い。『双車輪』の欠点による物だ」
「なんと!? 『双車輪』は攻防一体の技と自負しているが?」
思いも寄らぬ指摘にシュルツの声が大きくなったが、悠もそれを認めた上で更に言葉を重ねた。
「確かに単なる一流では『双車輪』は回避するだけで精一杯であろう。・・・だがシュルツよ、上には上が居ると心得ろ。貴様の『双車輪』は間合いが長い。そのせいで俺に到達した時点で僅かではあるが速度が落ちていた。だからこそ俺の蹴りに追い付かれたのだ」
「そ、そんな僅かな欠点を突かれるとは・・・!」
信じられない物を見る目で悠を見るシュルツに悠は厳しく言い放つ。
「知らず知らずの内に慢心を抱いているぞ。強きを目指す道に終わりなど無い。今後一層励む事だ」
その悠の言葉に雷に打たれたかの様にシュルツは硬直した。シュルツ自身気付いていなかった慢心が技を錆び付かせていたのだと自らも悟ったからだった。
「・・・」
シュルツはしばらく放心した様に身じろぎ一つしなかったが、やがて立ち上がり、悠に歩み寄りながら手に持つ曲刀と地面に突き立つ曲刀を拾って納刀した。
そして悠の正面まで歩み寄ると、じっと悠を睨み付ける。
再び高まり始めた緊張にコロッサスが今度こそは止めようと手を伸ばす掛けた時、不意にシュルツが膝を折った。
「おみそれ致しました!! 是非拙者をユウ殿・・・いや、ユウ様の弟子にして下さらんだろうか? この通り!!」
その宣言と共にシュルツは両手と額を地面に叩き付けた。ゴンという鈍い音が響き、周囲の者達の目が点になり、コロッサスの手が目標を失って宙をさまよう。
「・・・済まんが、俺には悠長に弟子を育成している時間は無い。他を当たれ」
「そこを曲げてどうか! どうか!!」
ゴンゴンと頭を打ち付けるシュルツに付いていける者は悠以外にはおらず、妙に乾いた風が訓練場を吹き抜けていく。
「諦めろ、と言っているのだが・・・」
「拙者、絶対に諦めませぬ!! 例えこの場で手足をもがれようとも、這ってでも付いて行く所存!!」
グロテスクな事を宣言するシュルツに周囲の者達が嫌そうな表情を浮かべたが、当のシュルツは「どうか!! どうかッ!!!」とキツツキの如く地面を額で叩き続け、その内額を割ったらしく、白い覆面が朱に染まり始めても尚その動作を止めようとはしなかった。
それが血の尾を引くに至って、非常に珍しい事に悠が折れた。
「分かったからもう止めろ。付きっ切りで教えてやる事は出来んが、付いて来る分には止めはせん」
「誠でありますか、師よ!?」
早速の師匠呼ばわりに悠も一瞬返答が遅れたが、すぐに気を取り直して頷いた。
「・・・だが俺にも色々事情がある。場合によっては様々な揉め事に巻き込まれるやもしれんが、決して口を差し挟まないと誓うか?」
「誓います!! 例え師が国中から追われる大罪人であろうとも、拙者だけは共に果てまする!!」
後ろでコロッサスが「いや、そこは通報しろよ・・・」と呟いたが、当然シュルツには届かない。・・・耳にでは無く心にであるが。
「では今日より貴様の身は俺が預かる・・・それといい加減、その血塗れの覆面を外せ。血が止まっておらんぞ」
「むっ!? それは――」
シュルツは覆面を押さえようとしたが、それよりも悠が覆面を上にズラす方が速かった。
「額の出血は派手だが、量ほど深くは切っておらんな。『簡易治癒』」
「し、師よ!! 拙者の一族は自らが一人前になったと確信するまでは顔を人前では晒さぬと言うのがしきたり故!! これ以上はお止め下され!!」
覆面の下半分を必死に抑えるシュルツに悠は素直に応じた。
「そうだったか? 悪かった。だが訓練に入る前に覆面は変えておけよ。他の者の障りになる」
治療を終えた悠が覆面から手を放すと、シュルツはそれを下に引き下げた。
「承知。ではしばし拙者は失礼します」
そう言ってシュルツは悠に一礼して訓練場を後にした。途中で最後の手合わせ相手の者に話し掛けられ、何事かを返してそのままギルド内へと消えて行った。
「・・・色々な意味でとんでもない奴だったな・・・」
「ああ・・・多分あんまり人と関わって来なかったせいだろ・・・ま、とにかく次で最後だ。最後の相手は・・・ちとユウの相手は厳しそうだな・・・」
ベロウと会話するコロッサスが目を向けた先に居るのは布に包まれた剣を持った、両方の髪を三つ編みにした気の弱そうな女冒険者だった。余程気が弱いのか、その顔は今の手合わせを見て青ざめており、足取りも覚束ない物だった。
「よ、よろひくおねがいしまひゅ!」
「・・・良かろう」
それでも一応悠に声を掛けたその三つ編みの冒険者に合わせて悠も頷きを返す。
「や、やぁっー!」
腰の布巻きの剣に手を添え、いかにも一生懸命といった風情で悠に駆け寄る女だったが、その速度は先ほどのシュルツに比べればウサギとカメどころか馬とナメクジ位の差がありそうで、周囲の冒険者の口から失笑が漏れる。
「おいおい、シュルツの旦那を最後にしとけよな、あんなのが最後じゃ気が抜けちまうじゃねぇか!」
「Ⅰ(ファースト)の冒険者より尚酷いぜ? そこら辺の子供の方がまだ早いだろ?」
「プッ、なんだよあの女走り」
それでも何とか悠に近寄った女に更なる不幸が襲う。先ほど悠が最後にシュルツに対して行ったカウンターで蹴りの軸足の地面が抉れていたのだが、そこに女が足を取られたのだ。
「わきゃ!? あっ、あっ、あーーーーっ!!」
その滑稽な姿を見た冒険者達は堪え切れずに爆笑した。
「「「ギャハハハハハハ!!!」」」
女はそれにもめげず何とかフラフラと悠の方へバランスを崩しながらも転倒を免れてケンケンと近付いて行った。そして悠の正面まで来た時、
バキャンッ!!!!!
激しい打撃音が訓練場に響き渡り、冒険者達の笑いが凍り付いた。そしてその音と共に女が5メートルほども宙に吹き飛ばされている。
子供達を含めた全員が唖然と見守る中、悠の更なる暴虐が女を襲う。
そのまま落ちて来た女に対し、悠が手加減しているとは思えない様な蹴りを叩き込んだのだ。
ドガキャッ!!!!!!!
今度は先ほどの打撃音を上回る大音声が響き渡り、女の体は水平に30メートル以上吹き飛び、更にバウンドして水切りの石の様に地面を跳ねて訓練場の壁に激突し、そのまま動かなくなった。
その光景に誰一人口を開く者は無かった。
拙者の一人称の使い手シュルツ登場。修行ばかりしていたので世間とズレています。一子相伝の剣術の使い手で、現時点でベロウと同等位です。
そして悠の突然の暴虐の理由は? 以下次回であります。




