5-34 合同訓練2
「えー、本日はこれだけの人間が集まってくれた事を嬉しく思う」
全員を訓練場に入れた後、一塊にした訓練希望者の前でコロッサスが開会の挨拶を述べていった。
「皆も知っての通り、『黒狼騒動』でミーノスの冒険者ギルドは少なからず被害を被った。それは単に冒険者の数だけじゃない。独立機関として最も大切な信用に傷が付いたんだ。これを早急に取り戻す事が今のウチの急務である事は想像に難くないと思う」
コロッサスは良く通る声で話を聞く者達を見回しながら続けた。
「今回の訓練では実力の底上げも勿論だが、心の方もしっかり鍛錬して貰う。そこでギルドとして教官には飛び切りの人材を用意させて貰った。まずは剣の担当として俺とランクⅧ(エイス)の冒険者にして『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』バロー、魔術担当にギルド長補佐を務めるサロメ、そして総合的な戦闘担当としてランクⅧのユウに来て貰った。まずは一言ずつ挨拶を」
そう言われてまずサロメが型通りの挨拶を行い、続いてベロウもざっくばらんないつもの調子で概ね反感を得ずに挨拶を済ませた。が、問題は悠になってからだった。
「冒険者の悠だ。今日は貴様らの教官としてこの場に立っている以上、例えどのような立場の者であろうとも俺は平等に扱う事をここに宣言しておく。俺が忠告しておく事はただ一つだけだ。やる気の無い者は今すぐこの場から去れ」
傲岸不遜とも言える悠の言葉に冒険者達の中からどよめきが上がったが、悠は構わずに言葉を続けていく。
「逆に、今どれだけ弱かろうと本気で強くなりたい者には可能な限り力を貸そう。今日一日という短い時間の中で、どうすれば強くなれるかという事を徹底的に叩き込むつもりだ。・・・それと、俺を倒して手っ取り早く有名になりたい者や、集団行動を守れん様な幼稚な者に対しては少々手荒になる事を先に述べておく。各自、その様な無駄な事に力を使っている暇があったら少しでも強くなる事を心掛けるよう。以上だ」
あえて高圧的に振る舞う悠に一部の人間が激発して前に出た。
「冒険者風情がよくぞ吠えたものよ!! 貴様などに教わる事など無いと、このカーライル・サリンガンが教えてくれるわ!! いざ尋常に勝負せよ!!」
カーライルと名乗った男は立派な金属鎧と優美な剣を持ち、容貌爽やかにして声も良く通る美丈夫だった。そのカーライルが舌鋒鋭くして剣を抜き、その切っ先を悠に向けて宣言したが、悠の返事は冷たかった。
「この後手合せしてやる。開始の合図も待てんとは、いい年して貴様は子供か? 始まるまで大人しくしていろ」
「なっ!? き、貴様、私を侮辱するか!? 私はサリンガン侯爵家の次期当主にして、現在はマンドレイク公爵家で騎士団長を拝命し――」
「誰が貴様の肩書などを問うたか? それと言葉を理解する脳が無いのなら喋るな。俺はこの場に居る以上は誰であろうとも平等に扱うと言っただろうが。それは公爵本人であろうとも、王族であろうとも変わらぬ。理解出来たのなら貝の様に口を閉じていろ」
「なぁっ!?」
名乗りを遮られた上、馬鹿扱いされたカーライルはしばらく言葉を発する事が出来ずに絶句していたが、徐々に込み上げて来た怒りに顔を紅潮させて悠に斬り掛かって来た。
「死ねぇッ!!」
カーライルの剣は鋭く、その剣は相当な業物であり、居並ぶ者達の極一部は悠が血飛沫を上げて倒れ伏すのを幻視したが、大多数の冒険者達はカーライルを可哀想な物を見る目で見た。そしてどちらが正しいのかはすぐに全員の目に明らかになった。
「うげぇッ!!!」
カーライルの口から容貌に似合わぬ苦鳴が吐き出される。いつの間にか剣を振るカーライルよりも先に懐に飛び込んだ悠にカーライルの剣は流され、その前に出る勢いのままにカーライルの体を担ぎ、そして自らの力も足して悠がカーライルを地面に強かに叩き付けたのだ。
その威力は凄まじく、叩き付けられたカーライルの体がバウンドして跳ね上がり、金属鎧の留め具が弾け飛んでバラバラと周囲に飛び散ってしまうほどだった。
唖然として見守る周囲の者達に構わず、悠はカーライルに声を掛けた。
「その程度で要人警護とは片腹痛い。今日はしっかりと剣の基礎からバローとコロッサスにご教授願うのだな」
その言葉は残念ながらカーライルには届いていなかった。目を白目にし、あんぐりと開いた口からは涎を垂らしたまま、カーライルは気絶してしまっていたからだ。
「・・・と、不心得者にはこの様な対処をするつもりなので、邪な企みを持っている者はよくよく考えてから行動に移す様に。今は警告のつもりで背中から落としたが、場合によっては頭から落としてやっても構わん。コロッサス、続きを」
気絶するカーライルに構わず元の場所に戻った悠がコロッサスに促した。
「・・・あー、今ので分かったと思うが、ユウは言った事は必ず実行する奴だから、くれぐれも馬鹿な真似は慎むように。で、これからの予定だが、皆には一度ユウと手合わせして貰う。持ち時間は一人10秒だから、無駄にしないように。その後は剣を使う奴は俺とバローが、魔法はサロメが、そしてそれ以外の武器使いと希望者はユウがそれぞれ担当して指導していく。じゃ、時間がねぇから前にいる奴から順にユウと手合わせしていけ」
「ち、ちょっと待ってくれ!! 正気かギルド長!? この場にはどう見ても500人に下らない人間が居るんだぞ!?」
サラッと流して話を進めようとしたコロッサスに当然の如く冒険者の一人から突っ込みが入ったが、コロッサスは肩を竦めて返答した。
「俺の正気を疑われても困るな。やるのはあくまでユウだからよ。文句があるならユウに言ってくれ」
「・・・いいんだな? そこまで舐められては、途中で疲れたと言っても許されんぞ」
その隣に控えていた騎士風の男も殺気を滲ませながら再度コロッサスに質問したが、その質問には悠が答えた。
「恥を晒すのが嫌ならサッサと帰れ。やる気が無い人間に教えているほど俺は暇人では無いからな」
「なんだと!?」
いきり立つ冒険者に悠は更に言葉を重ねた。
「もし俺に一撃を加えられるなら、俺の冒険者ランクと所持金の金貨50枚をそっくりくれてやる。それでも尚奮い立てないような腰抜けには用は無い」
「ユウ!? そんな話は聞いてないぞ!!」
瞬時に沸き立った冒険者達とは裏腹にコロッサスは焦った表情で悠を問い質したが、悠は挑発的な口調を保ったまま説き伏せた。
「俺から一本取れる程の冒険者であれば構わんだろう? この小物共はこうでも言わんと動けんらしいからな、認めろ、コロッサス」
周囲の冒険者達もここぞとばかりに悠に追従した。
「そうだ!! 認めろギルド長!!」
「やるのはコイツなんだろ!? ギルド長はすっこんでろよ!!」
「俺だ!! 俺が最初に挑戦するぞ!!!」
「クソが!! 俺が最初だ!! どきやがれ!!!」
「イテェ!! や、やりやがったな!!!」
小競り合いにまで発展した冒険者達を見ながら、頭痛に耐える様な仕草をしたコロッサスもこれでは収まりが付かないと思い、渋々と悠の提案を認めた。
「分かった! 認める、認めるから止めろ!!」
だがその声はエキサイトした群衆には届かず、このままでは壮絶な大乱闘に発展してしまいそうな勢いになっていた。そんな中、悠は子供達の手を引いて、コロッサス達と共に背後に庇ってから大音声で一喝した。
「黙らんか貴様らッ!!!!!!!」
近くに居る人間が物理的な圧力を感じるほどの声の波は、最前列に居た者達を軒並み失神させ、訓練場はおろかギルドの外に居る人間にすら届くほどに響き渡った。
強化された身体能力に――この場合は肺活量であるが――打たれた冒険者達が静まると、その場を痛いほどの沈黙が支配した。
「・・・無駄な元気だけは有り余っている様だが、それを更に無駄にするな。今日の訓練は今まで貴様らがこなして来た生ぬるい代物では無いのだからな。とりあえず右側に居る者達から順に掛かって来い。残りの者達は体を温めておけ。以上だ」
沈黙した一同にそう言い捨て、悠は訓練場の真ん中に陣取って腕を組んで待ちの姿勢に入った。
こうして訓練はコロッサスの開始の合図も無いままに、なし崩し的に開始されたのだった。
悠が毒を吐きまくりで場が荒れていますが、こうでもしないと素直に従わないのでしょうがないのです。まぁ、素でもありますが。




