5-28 引率8
その後、悠達は街を散策して歩いた。屋台で甘い焼き菓子を買ったり、雑貨屋で皆で出来るゲームや玩具を買い求めたり、ジオが悠に突っかかったり、それをリーンが叱ったり、サティが女の子達と打ち解けたりとしている内に次第に辺りは暗くなって来た。
「そろそろ宿に戻るとしよう。皆、暗くなって来たからはぐれない様に手を繋いでな」
悠は年少の子供達に対してそう言ったつもりだったのだが、その言葉に即座に反応したのは2人の恋する乙女達であった。
「こっちは私・・・」
「うりゃあ!! へっへー、とったどー!!」
「あっ、で、出遅れちゃった・・・」
「神奈・・・能力まで使うんじゃないわよ!!」
悠の側から片時も離れなかった蒼凪が素早く右手を取り、神奈が能力を用いて左手を取った。
その隣ではジオが意を決してリーンの手を取ろうとしたが、横からサティの手が宙を彷徨っていたジオの手を取りニッコリと迫力のある笑顔で笑い掛けると、ジオも頬を引き攣らせて無言でそれに従った。
年少組の子供達は子供達同士で手を繋ぎ、両端をビリーとミリーが固める。智樹と小雪が互いに照れながらも手を繋いだのが微笑ましい空気を醸し出していた。
宿に辿り着いた頃には丁度夜の鐘が鳴り、同時に悠の肩の上に居る明の腹からもキュルルと空腹を告げる音が鳴った。
「ゆうおにいちゃん、おなかがすきました!!」
「ああ、すぐ食事にしようか」
宿の扉を開けると、中から談笑する声が聞こえて来たが、それも悠の姿を見つけるとピタリと静まった。それどころか何人から口の中の食事や酒などを吹き出している。
「ブホッ!? ゲホッゲホッ!!!」
「おい、どうした? あの男が何かしたのか? 俺が文句を言ってやろうか?」
「ゲホッ!! ぜ、絶対に止めろ!!! それとでかい声で喋るな!! 見るな!!! 関わり合うな!!!!!」
「な、何なんだよ一体・・・?」
「耳を貸しなさい。あの男はね・・・」
「!? あ、アイツがあの、『冒険者殺し』のユウなのか!?」
「見んなっつってんだろうがボケ!!!」
割と本気で事情を知らない男を噎せていた男が殴り飛ばした。そして不自然なまでに悠から視線を逸らし続ける。
「・・・ユウ兄さん、『冒険者殺し』とか言われてますよ?」
「失敬な話だ。俺は誰も殺してなどおらんが」
「まぁ・・・その・・・こ、こういう話は誇張されて伝わる物ですから!」
言いにくそうに話すミリーと少々的のズレた返答をする悠、そして当たり障りのない言葉で取り成すビリー。
「これはこれは、今お帰りでしたか」
「ああ、今帰った。済まんが食事を用意してくれるか?」
「はい、お席は予約席として確保してありますのでどうぞ」
その予約席とは店の中央にある一番大きな円卓の席であった。これだけの人数が居ても十分座れる程に大きなテーブルである。
早速全員が席に着き(席順でまた一揉めしかけたが、何故か悠の隣にジオが座る事で決着した)、すぐに料理が運ばれて来ると緊張を孕んでいた食堂の空気も徐々に緩和されていく。
「あっ、俺も酒が欲しいなーなんて・・・」
「ダメよ! ジオは弱いのにすぐ飲み過ぎちゃうんだから!!」
「チェッ、なら今日は食えるだけ食っていくかぁ」
「んー! これだけ豪華なご飯は久しぶりね!!」
火の車・・・という程では無いにしても、まだ年若い3人の冒険者の稼ぎで毎食美味い料理をたらふくとは行かず、また他の事情でも金銭が必要なリーン達3人は久々の豪勢な食事に盛んに舌鼓を打っていた。
反面、子供達は普段とは違う料理を楽しみながらも一つの確信を得た。つまり「恵の料理の方が美味しい」という事である。
当の恵は同じく料理が趣味でもあるリーンと料理や食材に付いての意見を交わし合っている。これからの食生活に少しでも活かそうという心掛けてからであり、その為に悠に料理の本も一冊買って貰ったりもしていた。
悠は話し掛けられない限りは黙々と食事を続け、驚くべき量を制覇して行く。その殲滅速度に危機感を抱いたジオが張り合うかの様に料理を詰め込んで行くが、ふと顔を上げると神楽と小雪が自分を上回るペースで平らげて行くのを見て愕然とした。しまいには喉に詰まらせ、隣のサティから差し出された水によって辛くも窮地から脱する。
予想よりも穏やかな食事風景にそれとなく食堂に注意を払っていた宿の主人もようやく落ち着きを取り戻した。
が、酒の入った人間が誰しも行儀良く出来る訳では無い。
「チッ、堂々と店のド真ん中に居座りやがって、気にいらねぇな・・・」
その一言が騒動のきっかけになり、同じテーブルに着く男達が口々に陰口を叩き始める。
「全くだ、ガキばっかり連れやがってよ。おーい姉ちゃん、そんな不景気なツラ下げた野郎なんて放っておいて俺達と飲もうぜ!!」
そしてミリーに声を掛ける段に発展した事を契機に宿の主人が慌てて男達を宥めに走った。
「お、お客さん、揉め事は勘弁して下さいよ!?」
「あん? 宿のオヤジ如きが俺達に指図する気かよ!? ナメてんじゃねぇぞコラァ!!」
「うわっ!?」
主人が突き飛ばされたのを見たミリーが嫌悪感を募らせた視線で悠に問い掛けた。
「・・・黙らせますか、ユウ兄さん?」
「いや、奴らは俺に用があるのだろう? ならば俺が出るのが筋だ。ミリーとビリーは子供達を頼む」
「おい、お、俺も手を貸してやろうか?」
そうミリーに答えた悠にジオが虚勢を張って助太刀を申し出たが、悠は角が立たない様にやんわりと断った。
「ジオとサティは明日まで安静にせねばならん。ここは俺だけで十分だ」
「そ、そういう事ならしゃあねぇな!!」
「あの、お気を付けて・・・」
リーンの言葉に頷きながら悠が立ち上がると、悠の事を知る冒険者達は自分のテーブルを壁の方へ移動させ始めた。これから起こる事を察知してテーブルの下に避難する者すらいる。
「大丈夫か、主人?」
「お、お客さん、あ、危ないので離れていて下さい!!」
メロウズに悠の事を頼まれていた主人は何とか自分で抑えようと悠を制止したが、その背中を酔った男が蹴り付けた。
「邪魔だクソオヤジ!! ご機嫌を取りたいんなら上等な酒でも持って来い!! 女も忘れるんじゃねぇぞ!!」
「ぎゃっ!?」
背中を強かに蹴り付けられた主人は悠に支えられたが、腰を押さえて蹲った。
「うう・・・腰が・・・」
立てない主人を見て大笑いする男達だったが、悠はそっと主人をその場に座らせると、男達の席に歩み寄った。
「んだテメェ、文句でもあるってのか!?」
「カッコ付けたいだけなら回れ右して部屋に戻ってベットでおネンネしてるのが賢明だぜぇ?」
「そりゃいい!! 連れの女共は俺達が面倒見てやるよ!! それこそベットの中までなぁ!?」
自分達の下品な冗談に爆笑する男達など一切構わずに、悠は男達の席にある酒瓶を手に取って匂いを嗅いだ。安っぽいが度数だけはやたらと高いアルコールが悠の鼻を刺す。
「女一人連れて歩けない甲斐性無し共には相応しい安酒だな。貴様らの舌では泥水を呑んでも変わるまいに」
「・・・あ? テメェ今何つった?」
悠の挑発的な言動に男の一人が食い付いた。
「不景気な上に不細工かつ甲斐性も無い汚物に相応しいのは裏路地の地面の泥水だと言ったが、貴様らの知能で俺の言っている事が理解出来るとも思えんな」
更に挑発的な文言を盛り込んで痛烈に非難する悠の言葉が浸透するにつれて、男達の顔に酒のせいでは無い朱で染まった。
「こ、こ、この野郎!!! ブッ殺す!!!」
「切り刻んでゴブリン(小鬼)のエサにしてやらあ!!!」
「覚悟しやがれ!!! ・・・あん?」
殺気だって武器を抜き始める男達に構わず、悠は壁の燭台から火の点いた蝋燭を引き抜いた。
無言で酒瓶を持ったまま男達と逆を指差した悠の意図を察してミリーとビリーが子供達に向こうを向く様に指示する。
「汚物は・・・」
酒瓶の酒をグッと呷り、口に酒を溜めた悠は蝋燭を口の前に持って来て、一気に吹き出した。
ボッ!!!
アルコールに引火した炎が男達の上半身を舐め尽す。
「ギャアアアアアア!!!!! ひ、ひ、火ーーーーーーーっ!!!!!」
「あつ、あつあつあつあうあーーーーーーーっ!!!!!」
「目が!!! 目がアアアアアアアアッ!!!」
少量かつ広域に噴霧されたアルコールは男達の装備を燃やすほどの火力は無かったが、それ以外の眉毛や髪の毛、髭などに燻って強烈な灼熱感を男達に与えた。特に正面から炎に当てられた男は下手をすると失明したかもしれない。
火事などに発展しないよう、床が石畳である事は確認済みなので、燃える物がある場所に飛び込もうとする男達の足を刈って悠は酒瓶を置いて一言述べた。
「消毒するに限るな」
そして床で呻く男達の首根っこを掴んで開いている窓から順に外に放り出し、一応水差しで中から水を注いでやると、痙攣する男達の火の気が完全に焼失・・・いや、消失した。
「主人、立てるか?」
「あ・・・はい・・・あの、室内で火気の使用はお控え下さい・・・」
「済まん、他の者の手前あまり室内を荒らしたく無かったのでな。・・・『簡易治癒』」
主人は茫然自失から立ち直っていないまま、悠に注意を促し、悠も素直に謝った。そして助け起こす際に主人の腰に触れ、『簡易治癒』を施す。
「まだ痛むか?」
「・・・え? あ、いえ、もう痛みはありません」
「重ねて済まなかった、これは取っておいてくれ。騒がせ賃と迷惑料だ。この場に居る者達に迷惑を掛けた詫びとして、この場の代金は俺が持とう」
悠は懐から金貨を3枚取り出して主人に握らせると、今の光景に度肝を抜かれていた冒険者達から歓声が上がった。
「い、いいんでしょうか?」
「構わん。俺達は部屋に引き上げるから皆で楽しくやってくれ。皆、行くぞ」
「「「はーい!!」」」
素直に従う子供達とは違い、悠に慣れていないジオ、サティ、リーンは炎を吐いた辺りから目が点になっていた。
そんなジオがポツリと呟く。
「・・・俺、人間がブレス(吐息)を吐くの、初めて見た・・・」
「そんなの私もよ・・・」
「凄い・・・ドラゴンみたい・・・」
沸き上がる冒険者達とは裏腹にいつまでも呆然とし続ける3人に恵の声が掛けられた。
「3人共、まだ時間があるなら私達の部屋で今日買ったゲームをやろうと思うんだけど、どうかな?」
「「「あ、はい」」」
反射的に頷く事しか出来ない3人であった。
酔っ払いを諭しても無駄なので消毒しました。
アルコールの発火性については知られていますが、攻撃に使おうと考えた人間は居ませんでした。
ちなみにこのプチ火炎放射は吹き出し方をミスすると自分が火だるまになるので真似しないで下さいね?




