5-25 引率5
「いつまでサボっているつもりですか、コロッサス様?」
その後、冒険者達にせがまれて再び歌う事になったハリハリは『黒狼騒動』の歌などを披露しつつ、ギルド内を大いに盛り上げたが、そこにアンコールが掛かる寸前、冷たい声が割り込んだ。
「あ、いや、ち、違うんだサロメ、こ、これはだな・・・その、全員の連帯感を高める為というか面通しというか・・・」
しどろもどろになって言い訳するコロッサスはとても格好が悪かったが、幾人かの妻帯する冒険者達はその光景が見に詰まされてそっと目を逸らした。
「ではもう十分ですね? 早く仕事に戻って下さい。悠さん達のお連れの方の冒険者証もとっくに出来ております」
歌の合間に食事を済ませた悠達がその言葉に席を立った。
「そうか、長居して済まなかった、サロメ。俺達も宿を決めねばならんからそろそろ失礼する。皆、カウンターに移動するぞ」
「「「はーい!」」」
ゾロゾロと移動を始める悠達だったが、ベロウが席を立とうとした瞬間、横合いから冒険者に止められた。
「待って下さい!! あの、オレも剣を使うんですけど、少し意見が欲しいというか・・・」
「あっ、お前抜け駆けだぞ!! バローさん! 俺も聞きたい事が・・・」
「待て待て!! 小僧共はすっこんでろよ!! へへ、俺もこの辺じゃそこそこ鳴らしたクチでね、『鬼面』のラクシャスを目当てに王都に来たんだが、居ないみてぇなんで是非アンタと手合わせを願いたいんだが?」
「暑苦しい野郎共は消えな!! ねぇ~んバローさぁん、こっちでアタシと一杯やらない?」
「・・・恨むぞ、ハリハリ・・・」
あっという間に冒険者に引っ張りダコになったベロウが虚ろな目でそう漏らしたが、残念ながら誰も聞く耳を持たなかった。
「悠先生、バローさんが捕まっちゃいましたけど・・・?」
「今日はもうバローにやって貰う事は無いからな、好きにさせておけばよかろう。俺達にはまだする事がある」
「そうですね」
一応悠に尋ねた恵だったが、悠がそう言うとアッサリとベロウを見限った。恵は恵でこの後大量の食料や生活必需品の買出しがあるので、正直これ以上ベロウに関わっている時間が無かったのだ。
「エリー、冒険者証と頼んでおいた『治癒薬』の受け取りに来た」
「はい、既にご用意してあります」
カウンターに着いた悠の前に大量の『治癒薬』が順に置かれていく。決して大きな物では無い『治癒薬』も100、200と積み上がっていくと、流石にその嵩も重量も相当な物になっていた。
「ふぅ・・・とりあえず何とか500本用意しました。明日のギルドの合同訓練でも当初の予定の倍の200本を用意してあります。ああ見えて、ギルド長も随分集める為に頑張ってくれたんですよ?」
「感謝する。忙しい中済まなかったな」
近くの冒険者があんぐりと積みあがった『治癒薬』を眺める中、悠は『冒険鞄』から金貨の袋を取り出してエリーの前に置いていった。
「中の小袋に100枚ずつ入れてある。4つあるから確認してくれ」
「はい、少々お待ち下さいね」
アーヴェルカインでは科学技術などは進んでおらず、当然ながらコインカウンターなどありはせず、高額になるほど貨幣の計算に時間が掛かる事を樹里亜や恵に指摘され、それならばと小分けにしておいた事で計算の手間を省いたのだ。
ギルド職員の一人がその手伝いに回り、待っている間に受け取った冒険者証を悠は子供達の首に掛けてやった。
「へへ、これでおれもぼうけんしゃだぜ!!」
「はは、その気持ち分かるな。ちょっとドキドキするよ」
「ゆうせんせい、にあう?」
「ああ、皆似合っているぞ」
男の子達はやはり生来持っている冒険心が刺激されるのか、盛んに冒険者証を見せ合って笑った。
「あ、あの!!」
と、急に横合いから悠へと声が掛けられた。呼び掛けに悠がそちらを向くと、まだ若いというよりは幼いと評すべき女の子が体の前で両拳を握って決死の表情で悠を見ていた。
「何だ?」
悠は出来る限り優しく言ったつもりだったが、その無表情と端的な口調に女の子は怯みそうになるが、何とか堪えて名を名乗った。
「あ、あの、わ、私はリーンと言います! す、す、済みませんが、あの、その・・・」
「落ち着いて話したらいい。自分に何か用だろうか?」
口ごもるリーンの前に悠は軽く屈み込み、目線を合わせて再度用件を問うた。真っ直ぐに見つめられて普通なら萎縮してしまう所であったが、悠の深い黒の瞳を見ている内に、リーンの口から我知らず言葉が紡がれ始める。
「じ、実は・・・明日の訓練に参加したい子達が居るんですが、その、怪我をしてしまいまして・・・このままでは参加出来そうに無いんです。な、なので、お願いします、『治癒薬』を2つ、譲って頂けないでしょうか? わ、私に出来る事なら何でもしますから!!」
リーンは最後まで言い切ると、バッと頭を下げた。・・・何でもすると言う言葉は決して年頃の女の子にとって軽い言葉では無いだろう。事実、リーンは悠が所望するのならば、その体すら差し出す覚悟でその言葉を述べていた。良く見ればリーンはそれなりに整った顔立ちをしており、体は細いが食指が動く男も多いだろうと思われ、その様な経験があればこそ、こんな申し出を思い付いたのかもしれない。
「・・・」
悠は無言でリーンを見つめている。と、そこに一人の少年と少女が割り込んで来た。
「ば、バカ!! 何言ってんのよリーン!!」
「そ、そうだぜ!! 俺達の怪我なんて別に大した・・・うっ!?」
慌ててリーンに駆け寄る少年と少女はリーンのパーティーメンバーであろうか。その少年の方が途中で足を縺れさせてその場に蹲ってしまった。
「だ、駄目よジオ!? まだ歩ける状態じゃ無いわ!!」
リーンが慌ててそれを支えに歩み寄ったが、その手をジオは振り払った。
「そんな事はどうでもいい!! おいアンタ、リーンに変な事をしたら承知しないからな!!」
「そうよ、絶対許さないからね!!」
ジオと少女の目は悠の後方を見た。そこには樹里亜、神奈、恵が並んでおり、そしてまた悠を憎悪の篭った目で睨み付けた。どうやら悠が「そういう嗜好」を持った人物であると邪推している様だった。
「ま、待ってよジオ、サティ! 2人だってあんなに楽しみにしてたじゃない!! それにこれは私からお願いしたのよ!?」
リーンが必死に呼び掛けたが、2人は聞く耳持たずといった風に悠を睨み続けた。良く見るとサティと呼ばれた少女も肩に包帯を巻いており、その顔色も余り良くなかった。
多少説得した程度では耳を貸さないだろうと感じた悠は実力行使に出る事にした。
「あっ!?」「えっ!?」
しっかり睨み続けていたはずの悠の姿がジオとサティの目の前で忽然と掻き消え、次の瞬間、2人の視点が90度回転した。
「うわあっ!?」
「な!? お、下ろしてよ!!」
そう言って暴れる2人はいつの間にか悠の肩に担がれている。じたばたと暴れてみても、悠の手は万力の如く2人を捕らえて放さなかった。
「エリー、少々訓練場を借りるぞ? リーン、しばし待て。ビリーとミリーは子供達を頼む」
矢継ぎ早に言い置き、返事も聞かずに悠は訓練場へと歩いて行った。
その光景に冒険者達は2人の子供の行く末を想像して青くなったが、助けに行こうなどと考える者はリーン以外に居なかった。
「あ、わ、私も・・・!」
「待ちなさい、別にユウ兄さんは酷い事をしやしないわよ、大人しくここで待っていなさい」
その肩をミリーが掴んで落ち着かせた。
「で、でも・・・」
「大丈夫よ。・・・それにアナタ、いい目をしているわ。でも他の冒険者なんかにあんな事言っちゃ駄目だからね? いい様に弄ばれてどこかに売られちゃうんだから」
「え、あ、す、すいません?」
どうやら心配されていると察したリーンは戸惑いながらもミリーの言葉に頷いた。
「そもそもね・・・」
そうしてミリーがリーンを引き止めている間に、悠は自分の目的を進める時間を得たのだった。
再び訓練場に戻った悠はすぐに2人を地面に下ろした。
「クッ! こ、こんな所に連れて来て何をするつもりだ!!」
「今すぐ私達を帰しなさいよ!!」
「・・・」
必死に虚勢を張るジオとサティの前に無言で見下ろしていた悠は、屈み込んでジオの右足とサティの右肩を掴んだ。
「ギャア!!!」
「ヒッ!?」
「虚勢の張り過ぎだ。・・・レイラ、診察してくれ、恐らく2人共骨折している」
《了解よ。・・・・・・呆れた、それだけじゃないわよ、ユウ。ジオって子はまだ内出血しているし、カティの方は腱も切れかけてるわ。このまま放っておけば、2人共足と肩に不自由を抱えたまま生きる事になるわね》
「な、何だぁ!?」
「へ、変な裏声出したって騙されないわよ、私達は!!」
レイラの事を知らない2人は奇異の目を悠に向けたが、悠は取り合わなかった。
(どう見る、レイラ?)
(『再生』を使うほどでは無いけど、『治癒薬』・・・『下位治癒薬』で明日までに治る怪我じゃ無いわね。ここは『簡易治癒』と『中位治癒薬』の併用が最も効果的と判断するわ。骨のズレを矯正しつつ、『中位治癒薬』で回復を促しましょう)
(うむ、了解した、サポートを頼む)
レイラの見立てでは、そのまま回復させると骨が上手くくっつかない可能性があると考えられた。医者に掛かる金も無かったのだろう。自分達で施した治療は杜撰もいい所であった。
2人から手を放した悠は『冒険鞄』から薬を取り出し、2人の前に置いた。
「飲め、そして飲んだら歯を食い縛れ。治療を施す」
「はぁ!? そんな怪しげな薬なんぞ飲めるか!!」
「そうよ!! それは毒か何かなんでしょう!? 騙されないわよ!!」
あくまで信じようとしない2人にレイラは苛立ちを覚え始めたが、悠はハッキリと言い放った。
「せっかくお前達の為に危険を犯したリーンの気持ちを無にする気なら俺は別に止めはしない。言っておくが、その怪我はそのまま放っておけば一月と経たずにお前達の冒険者生命を断つだろう。特にサティ、お前は既に腕も上がるまい」
悠の言葉にサティの顔が怒りの赤から図星の青に変わっていった。それを見たジオもようやくサティの怪我の重さを悟った。
「さ、サティ・・・本当、なのか?」
「あ・・・じ、ジオ、私は・・・」
しどろもどろになるサティの様子から、それが事実だと悟ったジオはしばらく『治癒薬』とサティ、そして悠の顔を順に見て、意を決して小瓶を手に取った。
「ジオ!?」
「まず俺が治療を受ける、そして大丈夫ならサティも受けるんだ、いいな?」
「でも・・・でも・・・!」
「それでいいよな!!」
サティから視線を外したジオが悠に強い視線をぶつけて来たが、悠は平静のままに頷いた。
「元より一人ずつしか治療は出来ん。やるなら早くしろ」
「・・・んっ!」
「ジオ!!」
サティが止めに入る前に、ジオは『治癒薬』をグッと一息に飲み干した。
「歯を食い縛れ、痛むぞ」
悠はジオの右足を両手で掴んで矯正の準備に入った。レイラのサポートを受けつつ慎重に患部を探り・・・一気に骨をズラす。
ジオの骨折部位からピキっと乾いた音が鳴り、ジオの口から声にならない絶叫が迸った。
「んんんんんんんんんんんんッ!!!!!」
「『簡易治癒』開始」
暴れ掛けたジオを完璧に固定し続け、悠が『簡易治癒』を発動させると急激に痛みが和らいでいく。
「ジオ! ジオ!!」
上手く動かない右手では無く左手でジオに取り縋ったサティの顔は涙に濡れていたが、やがて目の焦点が合って来たジオが薄らと笑いを返した。
「へ、へへ・・・だ、大丈夫だ、サティ・・・痛みは治まったよ・・・」
「もう・・・バカ、バカジオ!!」
余りの痛みに一瞬意識を失い掛けたジオだったが、どうにか乗り越えたようだ。
「次はサティだ」
しばらく待って悠が促すと、ジオもサティに頷きを返した。
「んっ」
そしてサティが『治癒薬』を飲むと、悠は回復したジオに向けて言った。
「サティを支えてやれ、ジオ」
「あ、ああ・・・」
支えると言ってもどこをどう掴んだらいいのか分からないジオは、サティの腰やうなじを見てやや顔を赤くしたが、やがて恐る恐るサティの腰を掴んだ。
「・・・ジオ、触り方がちょっとやらしい・・・」
「ばっ!? バカな事言ってる場合かよ!?」
「そこまでにしろ、始めるぞ」
顔を真っ赤にするジオには悠の温度の低い言葉は救いとなったようで、もう一度しっかりと掴み直した。
「歯を食い縛れ、行くぞ」
肩を触診していた悠が手を固定して力を込めると、サティの口からジオよりも大きな悲鳴が上がった。
「きひぃぃぃいいいいいいいいいいいいいッ!!!!!!!」
「サティ!! 頑張れ!!!」
「『簡易治癒』」
すぐに悠の『簡易治癒』で痛みは和らいでいくが、サティは既に意識を手放している。その額にはびっしりと汗が粒となって光っていた。
一応レイラにもう一度診察して貰った後、悠は立ち上がって歩き出した。
「サティはすぐに目を覚ますだろう。ではな」
そして省みる事無くその場を後にする悠にジオは声を掛けそびれてしまった。
「・・・・・・・・・あ。あ、あの!! っ!」
ジオが礼すら言っていない事に気付いた時には、既に悠の姿はギルドの中へと消えていた。
最近長くなりがちですね。
そして痛いお話。物理的にですが。




