5-24 引率4
「いてて・・・明日もあるんだから手加減しろよな」
「していなかったら今この場にお前が居るはずが無かろうが」
「・・・サラッと怖い事言うんじゃねぇよ。でも助かったぜ、これで何とか完成しそうだ」
腹を押さえて顔を顰めるコロッサスだが、その顔には晴れやかな物が浮かんでいた。悠との手合わせで、遂に長年夢見ていた技に完成の目途が立ったからだ。
「全く・・・とんでもない技だったな。『朧返し』が未完成だって言うワケだ」
ベロウも先ほど見たコロッサスの新技に感嘆の声を送った。それだけコロッサスの技は素晴らしい物であり、今のベロウには攻略法が見つからない技だったのだ。
「近い内に必ず完成させてやるぜ。お前らもアイオーンとやる時は見に来いよな」
そう言って訓練場からギルド内へと戻った一行はそのままカウンターへと向かい、未だビクビクとしている冒険者達の間を通ってエリーに話し掛けた。
「終わったぜ、エリー。ジュリアとカンナはⅢ(サード)で冒険者証を作ってくれ」
「Ⅲですか? それは将来有望ですね」
コロッサスの見立ての確かさは悠とベロウである意味証明されているので、エリーは嬉しそうに述べた。そもそも冒険者になろうという者はそこそこの心得がある者が多いが、職業的に戦闘を習った人間で無い限りは大体が年齢に関わり無くⅠ(ファースト)から始めるのが常なので、まだ10代半ばの、しかも女の子がギルド長にⅢと認められるという事は将来有望と言って差し支えない出来事だった。
現に今ギルド内には樹里亜や神奈より年上なのにランクは下の人間がゴロゴロ居るのだ。コロッサスの言葉を聞いて驚きを込めて樹里亜と神奈を見ている冒険者が何人も居た。
「人数が人数ですから、先にお昼にしてはどうですか? まだ冒険者証の発行には少し時間が掛かりますから」
「そうさせて貰おうか。だが今ギルド内は混んでいて場所が・・・」
「やあ、そこの『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』のご一行!! 席ならワタクシが確保しておりますよ、ハイ」
「あっ!? て、テメェは確か・・・ハリハリか!?」
「覚えていて下さって光栄の至り。ワタクシこそが、旋律の紡ぎ手にして勇者の語り部、ハリハリで御座いますよ」
手にしたリュートを爪弾き、ハリハリが気障な仕草で立ち上がってお辞儀をした。
「お、お前アザリアに帰ったんじゃ無かったのか!?」
「ハハハ、『龍殺し』殿は面白い事を仰る。ワタクシが居なくては『龍殺し』殿の活躍を記録する者が居ないではあーりませんか!! ハリハリはいつでも『龍殺し』殿と一緒に参りますよ!!」
「帰れ!! 今すぐアザリアに帰れ!!!」
「それは出来かねますなぁ。何しろワタクシ、クエイド様にお願いして家も処分してしまいましたから。既にワタクシの居場所はアザリアには御座いません。そんなか弱い吟遊詩人を『龍殺し』殿は寒空に放り出すと仰いますか? ああ!! そんな事になればワタクシ、生きていけません!!」
「うるせー!!! それに『龍殺し』『龍殺し』って連呼すんなーーー!!!」
地団駄を踏むベロウの言葉を聞いているのかいないのか、ハリハリはリュートをポロンポロンと返事をする様に鳴らした。
「ま、立ち話も何ですから、まずは座ったら如何ですか? お代はワタクシが出させて頂きますよ? お姉さーん、こっちのテーブルに適当に人数分の食事をお願いしまーす!!」
「あ、テメ、勝手に・・・!」
「まぁまぁ、いいじゃねぇか。今日は俺もここでメシを食わせて貰うとするか。で、ハリハリとやら、面白い話があるんなら歌ってくれや。金は弾むぜ?」
それを聞いたハリハリは嬉しそうにリュートを爪弾く。
「流石は『隻眼』コロッサス様です! いいでしょう、今フェルゼンで一番熱い物語をお聞かせします」
「・・・もう好きにしろよ・・・」
どこまでもマイペースのハリハリに遂に音を上げたベロウが机に突っ伏すと、ハリハリが帽子を取って逆さにし、テーブルの上に置いてコロッサスに一礼した。コロッサスも心得た物で、ピンと銀貨を帽子に放り込んだ。
「周りの皆様もお聞きになりたいのなら、いくらでも構いませんからお捻りをお願い致しますよ? 何せこれは最も新しい『龍殺し』の英雄譚なのですからね?」
そーっとハリハリの歌を盗み聞ぎしようとしていた冒険者達がジロリとコロッサスに睨まれ、慌てて帽子の中に金銭を投入し始めると、たちまち帽子の中は硬貨で一杯になっていった。
「流石は王都、皆さん太っ腹ですね? ではワタクシも気合を入れて歌わせて頂きますよ」
それまで掴み所の無い笑みを浮かべていたハリハリの顔が俄かに引き締まり、凛々しい表情となってリュートを爪弾き始めると、そのギャップに周囲の者達も引き込まれていった。
最初は不安を煽る曲調でミーノスに魔物が蔓延る場面から始まり、ミーノス全体が暗い雰囲気に包まれる。そこに王都に彗星の如く現れた冒険者である悠とバローが事態を重く見たローランに請われ、フェルゼン冒険者ギルドのギルド長アイオーンを旅の供に加え、元凶が潜むと思われるアザリア山脈へと旅立った。
いつの間にか曲調は勇壮な物に切り替わり、風の如く矢の如く進む3人の活躍に合わせて演奏の速度も上がっていった。
この時点でハリハリの歌はギルド内のほぼ全ての人間の心を掴み(例外としてテーブルに突っ伏しているベロウと目を閉じて聞き流している悠が居たが)、食事に手を付ける事も忘れてハリハリの英雄譚に耳を傾けていた。
数多の魔物を薙ぎ倒しながら進む一行はアザリア山脈の麓の町アザリアで鮮やかに問題を解決し、町の者達に見送られて再び死地へと足を向けた。
そこで明らかになる敵の正体は魔物の王ドラゴンであった。しかし人々の安寧を守る為、臆す事無く進行を選ぶ3人の前に突如として飛来するドラゴン、ダイダラス。
自在に飛び回るダイダラスに苦戦する3人。激戦を爪弾くハリハリの演奏にも力が入り、聞いている者達の拳にも思わず力が入った。
人間には防ぐ事も出来ない超威力のブレスを必死に回避する3人。そこに悠が決死の覚悟で飛び出し、ダイダラスの翼を傷付ける事に成功する。その隙を突いてダイダラスの翼を根元から斬り飛ばすアイオーン。地に落ちるダイダラス。
しかし地に落ちてもダイダラスは強大であり、凄まじい攻撃力で3人を攻め立てた。
だが徐々に悠の拳が、バローの剣が、アイオーンの槍がダイダラスを捉えていく。
窮したダイダラスは再びブレスによる攻撃で3人を一網打尽にすべく大きく首を振り被るが、それを察した悠が飛び出し、ダイダラスの顎を真下から強烈に打ち抜いた。
爆散するブレスと崩れ落ちるダイダラス。そこで曲調は穏やかになり、お互いを讃え合う3人であったが、曲調が一変、強烈な違和感をかき鳴らす。
バローの目に倒れたダイダラスが最後の力を振り絞り、その牙を悠へと突き立てんと首を伸ばしているのが映ったのだ。悠はそれに気付いておらず、絶体絶命の危機に歌を聴いている者達の口から悲鳴に近い声が上がった。
だがその破局は一筋の銀光によって断ち切られた。悠に迫っていたダイダラスが痙攣と共に空中で静止し、その首が半ばから断たれて地面に転がった。やがてダイダラスの目の光が消え去り、そして永遠に動かなくなった。
悠の窮地を救ったのはバローの剣であった。こうして強きドラゴンは人間の剣によって滅ぼされたのだ。
クライマックスを迎え、ギルド内に感嘆の声が巻き起こる。恐ろしげに悠を見ていた者達の視線が恐怖だけで無く、尊敬が入り混じった物に変化していった。
そして歌も終盤を迎え、依頼を果たした3人は報酬の一部をアザリア復興の資金として寄付し、ギルドに戻ったアイオーンを残して悠とバローは再び旅立つのだった。まだ見ぬ冒険への渇望を胸に宿して・・・と、締め括られた。
しんと静まり返るギルドの静寂を破る様に手を叩く音が響いた。コロッサスが今の歌へ喝采を送り始めると、それに遅れて一つ、また一つと拍手の波は広がっていき、やがてその場の全員がハリハリへと拍手喝采を送り始めた。
「ヤハ、ありがとう、ありがとう御座います」
歌い終えたハリハリ は気障な仕草で立ち上がり、周囲に向けて数回、頭を下げた。
「上手いモンだ、お前さんなら王都で十分食っていけるぜ」
追加で投げ込まれるお捻りを嬉しそうに眺め、ハリハリがコロッサスに笑い掛けた。
「コロッサス様にそう言って頂けると自信が付きますね」
持っていた小型の『冒険鞄』に帽子の中身を滝にして流し込み、軽く払ってハリハリは頭に乗せた。
「煽ててんじゃねぇよ・・・あ~、これでまた狙われる日々に逆戻りじゃねぇか・・・」
「明日からの合同訓練にゃお前も教官をやるんだから顔を売っておけよ。もっとも、ユウはこれ以上売る必要は無いだろうがな」
フェルゼンでは毎日挑戦者に付きまとわれていたベロウはせっかく金銭に余裕が出来たというのにロクに娼館にも行けず、屋敷に引きこもる毎日であった。だから今回の王都行きは随分と楽しみにしていたのだが、ハリハリの登場でその夢は儚く崩れ去ったのだった。




