5-23 引率3
「よろしくお願いしまっす!!」
コロッサスと向かい合った神奈は元気良く一礼した。
「おう。カンナは武器は使わないのか?」
「あたしにはこの拳がある!!」
無手で構える神奈にコロッサスが尋ねると、神奈は拳を突き出して答えた。
「ふーん・・・ユウ直伝って事か? いいぜ、どの位やるのかは今分かるしな」
コロッサスもそれを聞いてニヤリと笑い返した。神奈は別に悠の弟子では無くまだ殆ど何も習ってはいないのだが、神奈的には一番弟子かつ右腕のつもりなので特に訂正もしなかった。
神奈の戦闘能力は今現在、子供達の中では抜きん出て高い。特に対人能力はⅤ(フィフス)の冒険者と言えど、油断すれば文字通りあっという間に一本取られてしまうだろう。
その強さを支えているのは神奈の天性の武術的才能と修練、そしてこの世界で手に入れた能力の力だ。
「たぁっ!!」
神奈も悠からアドバイスを受けていたが、まずは小手調べにと正面から『敏捷上昇』の能力を使って飛び込んで行った。
だが流石にコロッサスには通用しない。
「おっと!」
前情報の無い状態での能力行使であったにも関わらず、顔に向かって突き出される拳をコロッサスは紙一重でかわして見せた。
「む、やるなオッサン!」
「オッサン言うな!! ・・・だがやっぱり能力持ちかよ。俺も気を引き締めねぇとな」
軽口を叩き合う両者だったが、今のやり取りを見た悠がポツリと呟いた。
「勝負あったな」
「え? 確かにかわされましたけど、神奈なら一撃位は当てられるんじゃ無いですか?」
それが聞こえた樹里亜が悠に尋ねたが、悠は首を振った。
「神奈が万が一にでも一撃を当てる機会があったとすれば、それは最初の一撃だけだ。飄々とした雰囲気をしていても、コロッサスは今ギルドの中に居る全員が束になっても勝つと断言出来る強者だ。そしてコロッサスの強さを支えるのは剣の腕だけでは無い」
「それは・・・?」
「見ていれば分かる」
樹里亜がそう言われて戦いに目を向けると、そこには悠が言った通りの展開が繰り広げられていた。
「くっ!? な、なんで当たらないんだっ!?」
「甘い甘い、それなりに基礎は出来てるみてぇだが、その程度じゃ俺にゃ当たらんぜ?」
神奈の人間離れした速度で放たれる連続攻撃をコロッサスは余裕を持ってかわし続けているばかりか、途中でアドバイスすら挟んで来た。
それが更に神奈の頭に血を上らせて動きを単調にしていく。
「悠先生、なんでコロッサスさんは神奈の攻撃をかわせるんですか? 同じ位素早いからでしょうか?」
「神奈の素早さは人間の域を凌駕している。コロッサスと言えど、能力行使中の神奈より速いなどという事は有り得んよ」
樹里亜の推測を否定した上で悠はその理由を説明した。
「恐らく先天的な才能と修練の賜物だろうが、コロッサスは異常に目がいい。コロッサスがかわせるのは単純な話で、神奈の動きが見えているからだ。そして膨大な戦闘経験がそれを後押ししている。いくら神奈が同年代で飛び抜けていようとも、コロッサスほど長く命がけで戦い続けて来た訳ではあるまい。だからこそ神奈はコロッサスには決して勝てん」
隻眼で神業とも言える『朧返し』を編み出したコロッサスの視力は常人の数倍は優れているのだ。悠は最初に『朧返し』を見た時からその事を理解しており、だからこそ『朧返し』をコピーする事も出来たのだ。
「今のレベルでは神奈にとってコロッサスは天敵であろうよ。自分のやる事が何一つ通用しない経験は初めてだろうが、命が掛かっていないならば敗戦からの方が学べる物も多い。そろそろ俺以外にも強い者は居るという事を、神奈も知るべきだ」
いくら攻撃を続けても崩せないコロッサスの牙城に神奈の顔に隠し切れない焦燥感が浮かんでいたが、やがて意を決しコロッサスから距離を取り、能力を全開にして助走を付けコロッサスに向けて捨て身の一撃を放った。
だが、コロッサスには既に予測していた一撃でしかない。追い詰められた人間が取る行動の選択肢は多くなく、それは大体において3通りで、玉砕覚悟で突っ込んで来るか、策を巡らすか、逃げるかだ。
コロッサスは事前の会話や行動から、神奈が策を巡らしたり逃げたりするタイプでは無いと見抜いていた。逆に樹里亜は策を使うタイプと考えている。
軽口を叩いている様に見せて、しっかり戦いに反映させる辺りが2人とコロッサスの経験の差であろう。
「わあっ!?」
「もっとユウにしっかり稽古を付けて貰って出直しな」
その神奈の腕に絡み付かせる様に剣を当てたコロッサスが剣を上に振り上げると、神奈の体が高く宙に舞い上がりコロッサスの後方へと落ちて行った。剣を使った投げ技という、凡人には到底不可能な剣術によって遂に2人の決着が付いた瞬間である。剣を己の手足の延長として扱える程に習熟したコロッサスだからこその絶技と言えよう。
そのまま地面に叩き付けられそうになる神奈を見て子供達は思わず目を閉じ、神奈自身も思わずギュッと目を瞑ったが、その体にはいつまで経っても衝突の衝撃はやって来なかった。
「・・・あれ?」
恐る恐る神奈が目を開けると、自分を見下ろす悠が目に入った。
「相手を恐れないのは神奈の長所であり短所でもある。無謀と勇敢である事を履き違えるな」
「す、スイマセンでした・・・」
落下地点に素早く飛び込んで神奈を受け止めた悠の苦言に神奈は情け無い顔で答えた。いい所を見せようとしてこの体たらくでは、せっかくのお姫様抱っこでも喜びは半減だった。
「落ち込む事は無い。未熟であるという事はまだまだ伸び代があるという事だ。俺が強くしてやるとは言えんが、せめてその手助け位はしてやれるかもしれん。付いて来いよ、神奈?」
「ゆ、悠先生・・・はい!! どこまでも、いえ、一生お供します!!!」
悠の慰めに感極まった神奈がそのまま悠に抱き付いた。その顔には既に落ち込んでいた気配の欠片も残っておらず、ただただ喜びに溶け崩れている。
「・・・・・・・・・って、いつまでくっついてるつもりなのよ!!!」
少しだけならまぁいいかとそれを眺めていた樹里亜だったが、一向に放そうとしない神奈に遂に堪忍袋の緒が切れ、その脇腹に人差し指を差し込んだ。
「あひゃん!?」
脇が弱いらしい神奈はその攻撃に年頃の女の子としては少々はしたない声を上げてバネ仕掛けの玩具の様に悠の腕の中から飛び出し、尻餅を付いた。
「あてっ!? な、何をするんだよー!! 次はいつ抱っこして貰えるか分からないのに!!」
「馬鹿ね、これ以上そのままで居たら神奈は蒼凪に殴られてたわよ?」
「えっ!?」
ふと見学していた子供達の方を見ると、いつの間にか蒼凪が居なくなっていた。そして更に視線を巡らすと、武器の入っている箱から棍棒を取り出して瞬き一つしない蒼凪が目に入り、神奈の背中に冷たい汗が滴り落ちる。
「や、やだな~、ちょ、ちょっとした師弟の交流だよ、蒼凪?」
「・・・・・・・・・そう?」
棍棒を手にパシンパシンを打ち付ける蒼凪は相変わらず一切瞬きをせずに神奈を見ていたが、そこにコロッサスから救いの手が差し伸べられた。
「こらこら、まだ結果を伝えてないだろ? さっさと起きてこっちに来い」
「あ、はいはい!!」
これ幸いにと起き上がってコロッサスの所に駆け込む神奈を見て、蒼凪も棍棒を武器入れに仕舞った。
「で、結果だが、確かにカンナの能力と才能は中々のモンだ。今でもⅤランク位なら倒せるだろうが、まだまだ経験が足りない上、性格的にも危なっかしい。だから2点減点でⅢから始めな。ユウ、上手く導いてやれよ?」
「分かった。流石はコロッサス、良い判断だ」
「よせやい・・・で、物は相談なんだが・・・ちょっと俺と本気で手合わせしてくれねぇか?」
ガックリと肩を落とす神奈だったが、コロッサスの予想外の申し出に思わず悠とコロッサスを見比べた。
「・・・俺を実験台にするつもりだな、コロッサス?」
「へへ、分かるかやっぱ? 技の練習をしようにも、相手がそれなりの強さじゃねぇと意味が無いもんでな。こちとらアイオーンの野郎とも近い内に手合わせしなけりゃならねぇんだ。その発端を作ったユウが手伝ってくれてもいいんじゃねぇか?」
「・・・そうだな、確かに俺が仕向けた事だ、多少責任はあるか。・・・皆、今から俺とコロッサスがやり合うが、分からないまでも見学しておけ。それと、ビリー、ミリー、見学しながらでいいから訓練場に誰も入って来ない様にしておいてくれ。その方が都合がいいだろう、コロッサス?」
「どうやらお見通しみたいだな・・・ああ、そうしてくれ」
そう話が纏まると、悠は所持品を置いてコロッサスと向かい合った。
「今度はこの間より本気だぜ、ユウ!」
「アイオーンクラスの力を出さねば技の完成に障りがあろう。覚悟しろ、コロッサス」
ビリビリと迸る闘気ともいうべき気配にその場の全員がこの後の激しい戦いを予感したのだった。
神奈も全く歯が立ちませんでしたが、内容はちょっと異なります。神奈は自分より強い相手との戦闘経験が足りないので圧倒されましたが、そこが補われればコロッサス相手でもそこそこいい勝負が出来るはずです。
そして再びのコロッサスVS悠ですが、今回は描写しません。後々のネタバラシも含みますので。




