5-19 修行準備8
「そういえば、ここに来る前に武器屋で買い物をして来たのだが、随分と値引きをして貰えた。エリーによろしくと言っていたぞ」
「あら、お役に立てたのなら嬉しいですね」
自分が勧めた店の良い評判に、エリーの顔が綻んだ。例え打算が働いていようとも、こういう感謝の言葉は嬉しい物なのだ。
ギルドの倉庫まで談笑していたエリーは倉庫の扉の鍵を外すと、悠と共に中へと入っていった。
奥の棚へと入っていくエリーと悠であったが、不意にエリーが小さく、だが深刻な声音で後ろを歩く悠に声を掛けた。
「・・・・・・ユウさん、一つお聞きしてもいいですか?」
「俺に答えられる事ならば構わんが?」
悠の快諾を聞いてもエリーはしばらく逡巡している様子で言葉を発しなかったが、静かに待ち続ける悠にやがて重い口を開いた。
「・・・『能力鑑定』をお求めの冒険者って、ユウさんの事ですよね?」
「そうだ」
エリーがコロッサスから話を聞いているのだと悟った悠は即答した。そしてエリーがその事を知っているという事は、一つの推測を導き出す事が出来る。
コロッサスの性格からして世間話でエリーに話を漏らす事など有り得ないだろう。ならば答えは一つしか無い。
「エリー、君が『能力鑑定』の保持者だったか」
「・・・はい。・・・あの、この事は内密にお願いします」
「勿論誰にも漏らさん」
「ユウさんならそう言って下さると思いました・・・」
ホッと安堵を漏らすエリーの様子からしてその告白は決して軽い物では無かったが、悠ならばそう言ってくれるだろうという信頼感は既に築かれていた。
「・・・亡くなった父がギルド長に私を託したのも、私にこの能力があったからです。万一漏れれば、私は国の専属として自由を失っていたでしょうから・・・。本来、ギルド長の立場なら国に報告しなければならないんですけど、ギルド長は誰にも言わずに私を匿って下さいました」
『能力鑑定』は国にとって非常に有用でありながらも、その発現率は2~300万人に一人であり、人類社会全体を合わせても確認されている数は5人に満たない。他の『能力鑑定』を持つ者にしか発見出来ない為、自己申告以外では確かめる手段も無い為に物心付いた時には隠す者が大半であり、今居る能力保持者は親に売られた者達であった。
ちなみに『能力鑑定』保持者を知りながら匿う行為はどの国でも法律で厳しく制限されていて、良くて終身刑、悪ければ極刑も適用される。
「ギルド長は私がどうしても嫌ならば決して無理強いはされないと仰ってました。詳しい理由を語ると後戻り出来なくなるからと詳細は尋ねていませんが・・・私は全ての話を聞いて判断したいと思っています。そして、最近変わった事と言えば、私にはユウさんしか思い付かなかったから、この件にはユウさんが関わっているんじゃないかって思って・・・ユウさん、私にも事情を話して下さいませんか?」
「・・・少し長い話になるが・・・」
悠はそう前置きして自らの事情をエリーに語り始めた。特に子供達の身の上とここに至るまでの出来事は詳細に説明していった。
「現状では俺が守り続けるしかなく、それすらも盤石では無いのだ。まずは己の身を守れる程度には強くならねばならん。そしてその為には各自の適性を知っておきたい。1年という限られた時間の中で、最も効率のいい修行を組み立てて最大限の効果を得たいのだ。・・・生きる為に、そして生きて帰る為に」
「・・・・・・」
長い悠の説明を、エリーは最後まで聞き終えた。信じ難い話であり、荒唐無稽と断じる事は容易かったが、こんな場面で悠がタチの悪い冗談を言うとはエリーには思えなかった。何よりその口調には人を信じさせる強さが込められていた。
「俺もノースハイアに行けば少なくとも数回は極刑になるであろう大罪人だ。だが、世界が間違っているのなら、俺は世界の全てから悪と謗られても一向に構わん。どんな事があろうとも、誰が立ち塞がろうとも、必ず子供達はそれぞれの世界へと帰す。そう心に誓っている」
ともすれば狂的とすら取られかねない悠の発言であったが、内容とは裏腹にその言葉からエリーは大きな慈しみを感じ取った。そこまで大切にされている子供達は幸せに暮らしているんだろうなと信じる事が出来た。
「・・・私が協力すれば、その子達は自分の家に帰れますか?」
「必ず帰すと誓おう。頼む」
真摯に頭を下げる悠に、エリーの中にあった躊躇いは崩れ去っていった。ならば後は言葉にするだけだ。
「・・・分かりました、恐らく私の生涯で最後の『能力鑑定』を行います。上手く役立てて下さいね?」
「君の協力に感謝する、エリー」
悠は感謝の言葉を述べながら、自らの手を差し出した。意図を察したエリーも悠の手を取り、2人は固く握手を交わす。
「日時に付いては指定はあるか?」
「フェルゼンからここまで移動するのに時間も掛かるでしょうから、一週間後の深夜で如何ですか?」
「了解した」
手を解き、悠はエリーの言葉に頷いた。
「・・・今だから言いますけど、初めて会った時は随分野蛮な人だなって思ってました・・・だけど、ふふ、ユウさんって本当はお父さんみたいな人ですね」
どこまでも生真面目で子供達の事を第一に考える悠をエリーは冗談めかしてそう評したが、悠も軽口に付き合う気になったのか、エリーを評した。
「俺も初めて会った時はエリーは随分四角四面な堅苦しい娘だなと思った。・・・今だから言うのだがな?」
「ほ、他の誰に言われてもユウさんにだけは堅苦しいとか言われたくありませんからね!?」
「そうか?」
「そうですよ! もう・・・フフ、アハハハ! ゆ、ユウさんでも冗談を言ったりするんですね!」
その甲斐あって、ようやくエリーも緊張を解いた、打ち解けた笑顔を浮かべたのだった。
ようやくエリーの秘密も解禁出来ました。
今ギルド内では同僚の女性によって中々戻って来ないエリーと悠が逢い引きしているのではと噂されていたりするのですが、それは書かれない部分の閑話です。




