1-20 質問提起4
扉が少し開いていたのは、悠が室内に踏み込んだ時、志津香が突っ伏しているのを見て、扉を閉めるのを忘れたからだった。
悠と別れた朱理は、控え室周辺の護衛や侍女を自分の裁量で全員移動させ、しばらくしてやって来た竜騎士達と雪人に事情を説明して留まらせ、午後7時開始予定だった会議を1時間ほど遅らせた。そうして二人きりになれる時間を朱理の権限の許す最大限まで稼いだ後、満を持して控え室へと向かったのだが・・・
「志津香様、朱理は悲しゅうございます。せっかくの好機に、志津香様は涎をお垂らしになりあそばせて、大部分を眠ってお過ごしになっただけに飽き足らず、会話も繋げず、抱き止めて頂いたのにすぐに離れておしまいになられるとは・・・朱理は絶望しました。絶望しました・・・」
敬語を使っているのに言葉の端々に毒があるせいで、どう聞いても責めているようにしか聞こえない。
「二回言わなくても・・・それに、よ、涎は垂らしていませんもん・・・」
反論する志津香の声は小さい。一つ一つ挙げていかれると、なるほど、自分でもどうかと思う。もう少し何かやりようがあったのではないかと。しかし覆水は盆には返らないのだ。
今部屋に居るのは二人だけでは無い。悠は勿論として、朱理に協力した雪人、真、匠もこの場には来ていた。朱理は「10分だけ時間を下さい。ええ、10分だけ」とやけに迫力のある笑顔で竜騎士達の了解を取り、志津香を部屋の隅に連れてきて事情を聞き、駄目出ししていたのだ。
「志津香様が駄目・・・もとい、不器用なのは今に始まった事ではありませんから、それはまぁ、置いておきましょう。しかし、せっかくの機会なのに、役職で呼ぶようではいけません。せめて、このメンバーで居る時と二人の時くらいは、悠様とお呼び下さい。今なら他のメンバーにかこつけて、ドサクサに紛れてイケるはずです。ただ、他のメンバーと区別化する為に、神崎竜将だけは悠様と名前で呼んで、真田竜将、千葉虎将、防人虎将は苗字でお願い致します。大丈夫です、きっかけは朱理にお任せ下さい。いいですか? いいですね?」
捲くし立てる朱理に、志津香はカクカクと首を縦に振るのが精一杯だった。
それを見た朱理は満足そうに眺め、竜騎士達に振り返った。
「皆様、お待たせして申し訳ありませんでした。それではそろそろ会議を始めると致しましょう。・・・ああ、それと、志津香様は活発な意見の交換をお望みです。ですので、今後、このメンバーのみの場合は、役職では無く、お名前で呼び合いたいとの事です。皆様もご異存はありませんね?」
あってもそんなもの知りませんからね?とでも言いたげな目で朱理は竜騎士達に微笑みながら告げた。
「やぁ、それはいい考えだ。一々形式ばっていては、活発な議論に差し障りがあろうからな。千葉、防人殿、いかが思われる?」
朱理の思惑を知る雪人は尻馬に乗って場を煽った。真は何か言いたそうだったが、朱理と雪人の嗜虐的な笑みを見て、全ての思考を放棄して首肯した。巻き込まれては敵わないと。
「い、イインジャナイデショウカ?」
匠も朱理と雪人の策に乗って、目を閉じて首を縦に振る。文字通り、目をつぶるという意思表示でもあったのだろう。
「ああ、そうだな」
しかし空気を『読まない』男が一人いる。我らが悠だ。
「それは不遜ではないか?」
と、悠が言おうとした時、午後8時を告げる時計の鐘が部屋に鳴り響いた。
「あら、もうこんな時間ね。では皆様、会議室へお移り下さい。議長は真田先輩にお任せします。・・・ふふ、会議の場でお呼びするのも、中々新鮮ですね」
「ああ、皇居で西城と呼ぶのも悪く無い。議長の件は承ろう。さ、参るとしようか」
狙ってやったのだとすれば凄まじい。各自の反応時間すら見切って悠の反論を封じ込め、真と匠の背中を押してさっさと会議室に入ってしまった。残されたのは悠と志津香である。
「で、では、私達も参りましょう・・・・ゆ、悠様」
「・・・・・・・・・畏まりました、志津香様」
釈然としない物を覚えつつも、心なしか楽しげに会議室へと入っていく志津香をみて、まぁ、仕方あるまいと黙殺する悠であった。
雪人&朱理のタッグは強力です。
場に出した時の相乗効果は『意見を押し通す』です。
その時、真の意見は破棄されて墓地どころが除外されます。