5-17 修行準備6
中に入ったメロウズはこちらを睨みつけているカリスに気安く挨拶を送った。
「よっ、久しぶり」
「フン!!」
「あちゃ、嫌われてんなぁ・・・」
しかし当然バラックの一味であったメロウズに抱くカリスの感情はマイナスの物で、腕を組んでそっぽを向いてしまう。
「今日貴様を呼んだのは他でもない、この2人の護衛について欲しいという事が一つだ」
「護衛だって?」
「詳しくは話せないが・・・」
悠は掻い摘んで状況をメロウズに説明した。と言っても、カロンの名が漏れて面倒な客に付き纏われているという程度の事だったが。
「へー、通りで最近下町に似つかわしくない御仁がチョコチョコ来てると思ったよ。なるほどね~・・・」
「で、受けるのか、受けんのか?」
「待ちなよ、そういう事なら報酬は弾んで貰うぜ? そうだな、金貨20枚――」
「金貨250枚出す」
交渉の余地ありと踏んだメロウズは多少吹っかけるつもりで言った金額に、悠は10倍以上の金額を被せて来た。流石に二の句が継げないメロウズに悠は更に言い募る。
「その代わり、この資金を上手く活用して伸し上がれ。王都一帯の裏社会の顔役になれる程度にな」
「ちょ、何か話がきな臭くなってきやがったぞ!?」
警戒して後ずさるメロウズだったが、悠は構わずに自分の考えを述べていった。
「別に貴様を背後から操って俺が裏社会を牛耳ろうという訳では無い。多少はマシな人間が仕切っている方が、表社会の人間も被害を被らずに済むからな。裏には裏のカリスマが必要であろうよ」
「・・・そのカリスマとやらに俺になれってのか? それをやってアンタにどんな得がある?」
油断せずに問い掛けるメロウズだったが、悠の回答は単純で明快であった。
「理不尽に泣く人間が減る。それでいい」
「・・・本気かよ・・・」
じっと悠の目を見つめ本音を引き出そうとしたメロウズだったが、悠は顔色も目も呼吸からも何の動揺も発しておらず、掛け値無しに本音で話している事を悟ったメロウズは茫然と呟いた。
「まだ返事を受け取っていないが、どうする? 護衛に関しては今からでも始めて貰いたいが?」
「・・・・・・護衛に関しては受けてもいい。だが、裏社会で伸し上がれってのは金だけじゃ上手く行かねぇよ。特にウチは荒事を第一にゃしてないからな。今連れて来た奴らだって虎の子なんだぜ?」
現在、メロウズは新興の組織としては上手く立ち回って有望な若手としての評価を得ているが、それはあくまでまだ小さい勢力であるからであり、武闘派の組織が本気で潰しに掛かって来ればすぐに消し飛んでしまう程度の物でしか無い。
「特にウチと縄張りを接してるファミリーとは何かあったらすぐに抗争が始まるだろう。極悪なファミリーも少なくないんだ、とても安請け合いは出来ないね」
金は惜しいが命はもっと惜しい。いずれは伸し上がるつもりであっても、急いで事を進めては危険だと考えたメロウズは断腸の思いで悠の話を蹴った。が、それは悠の思うつぼであった。
「ふむ、とりあえず合格だな」
悠の言葉に怪訝な顔をしたメロウズだったが、やがてハッと気付いて声を上げた。
「ん? ・・・あっ! アンタ俺を試したのか!?」
「美味い話があるから、金が欲しいからといってすぐに目先の金銭に飛びつくようではとてもこの話は任せられんからな。・・・手に余る相手に関しては俺も手を貸そう」
「へ?」
怒りを覗かせたメロウズだったが、悠の言葉にその場に踏み止まった。
「とりあえずタチの悪いファミリーの事を教えて行け。そいつらのリーダーとアジトの場所もな」
「お、俺に同業者を売れってのか?」
メロウズの顔に苦味が走ったが、悠は構わず続けた。
「特に悪質で無いファミリーについては言う必要は無い。殺しや誘拐も厭わぬ様な者達だけだ。・・・言わんのなら、「俺はメロウズの手の者だ」と言って手当たり次第に潰し回っても俺は一向に構わんが?」
「や、やめてくれ!!! そんな事されちゃ俺が生きていけねぇよ!!!」
悠の脅しにメロウズの口から悲鳴が上がった。もしそんな事をすればメロウズは間違い無く他の全ての同業者から命を狙われ続けるだろう。食事の時どころか抱いている女にすら刃を突き立てられかねない。そんな気の休まらない生活はメロウズは御免だった。
「ならばさっさと教えておくんだな。裏社会の掟もあろうが、そんな事に殉じて悪党を庇うなら・・・貴様にも容赦はせんぞ?」
じわりと滲み出た悠の殺気にメロウズの背中から冷たい汗が噴き出した。この男は言った事は必ずやると、本能と経験とが告げていた。
短い逡巡の後、メロウズは体から力を抜いて観念した。金にも力にも屈しないであろう悠を説き伏せる手段が自分に無い事を悟ったのだ。
「分かったよ、教える、教えるから殺気を引っ込めてくれ・・・」
メロウズの了承を聞いた悠は殺気を引っ込めて裏社会の情報を語るメロウズの言葉を聞き漏らさぬ様しっかりと耳に焼き付けた。
「ご苦労だった。当分はアリバイのある生活をしておけよ。悪人共を討ち取ったのは、正体不明の義賊の仕業にでもしておくからな」
「はいはい、もう義賊でも何でも好きにしてくれよ・・・」
俯いたまま手を振るメロウズからカロン達に視線を移し、悠は説得の言葉を口にした。
「カロンもカリスも思う所もあるだろうが、少しの間だけ我慢してくれるか?」
「ユウさんがそう仰るならば私に依存はありません」
「・・・アタシはそいつらはの事はやっぱり嫌いだよ。・・・だけど、兄さんがどうしてもって言うなら・・・」
カロンは快諾したが、直接的に揉めた経験のあるカリスは渋々頷いた。もう少しで情婦にさせられそうになった身の上としては感情的に承服しかねるのも当然であろう。
「今後も何かあれば冒険者ギルドの方に連絡をやってくれ。なるべくこまめに情報は受け取る事にする」
「分かったよ。・・・今後は落ち着くまで俺に直接接触するのは控えてくれ。俺もギルドに自分の手の人間を置いておく様にする。もし繋ぎを付けたい時は、左手に月の刺青を入れた奴を探してくれ。そいつがウチの人間だ」
「分かった。では金は前金で渡しておく」
そう言って悠は『冒険鞄』から金貨の袋を取り出した。それをテーブルの上にザラザラと流し、小さな山となった金貨を手早く数えて行く。
数分で金貨を数え終えると、悠は惜しむでも無く別の袋にその金貨を流し込んでメロウズへと渡した。
「これで契約成立だな」
「こんなに金を受け取りたくないと思ったのは初めてだよ・・・」
渋面のメロウズはさっさと金貨を懐にしまうと踵を返した。
「じゃあな、一応期待してるぜ、アンタ・・・いや、ユウの手際によ」
「上手く伸し上がれよ、メロウズ」
その悠の言葉には答えず、軽く肩を竦めさせてメロウズはカロンの家から出て行った。
「これで多少は暮らしやすくなるだろう。当然の事だが、今の話は他言無用で頼む。ああ、それと・・・」
悠は腰に下げていた剣をカロンに渡した。
「バローの剣だが、研ぎを頼みたい。少々堅い物を斬ったせいで刃毀れしてな」
「畏まりました、お受けします」
「何か困った事があれば冒険者ギルドのコロッサスを頼ってくれ。彼も俺の事情を知っている。ではな」
そう言って家を退去しようとした悠に2人は了承の言葉を返した。
「ありがとうございます、ユウさん」
「分かったよ、でもあんまり危険な事はしないでおくれよ、兄さん」
外に出る瞬間、悠は振り返って一言言った。
「相手がその剣で斬ったドラゴンより弱いのなら俺に危険など及ぶまいよ」
その言葉の真意を尋ねる前に扉は閉まり、悠はカロンの家から立ち去り、残された2人はその言葉が意味する事をしばらく後に悟って感嘆の声を上げた。
「やはり大きな依頼とはドラゴンの討伐であったか! まさか本当にドラゴンを狩って来るとは・・・」
「あ、アタシの剣でドラゴンを!? ・・・ハハッ! どうだオヤジ、凄いだろ!?」
しばらくの間、2人の興奮は鎮まる事は無かったのであった。




