5-16 修行準備5
「カリス、客は帰ったか!」
奥から届く怒鳴り声にカリスも大声で返した。
「オヤジ、ユウさんだよユウさん!!」
「何っ!? ちょ、ちょっと待って下さい!!」
慌てた声と共に金属音が鳴り響き、奥からカロンが顔を出した。すっかり調子も戻ったらしく、顔色も健康そうな赤みが差している。
「失礼しました、少々込み入った事情がありまして・・・」
「気にしなくていい。だがどうしたのだ? 厄介な客にでも当たったか?」
「はは・・・全くその通りでして・・・」
カロンは弱り顔でその事情を話した。そもそも悠達と別れてから、カロンはリハビリがてらに悠に言われた子供達の訓練用装備を作ったりして暮らしていたのだが、どの筋からかカロンの名が漏れ、こっそり注文を持ってくるようになった。
カロンは体調不良を理由に断っていたが、最初は穏便であった注文も段々恐喝染みた物になって来ており、同じ事が原因で国を追われる事になったカロンはどうしたものかと悩んでいたのだ。
「娘の事を考えればこれ以上意地を張るのも危険かもしれません。しかし私にも職人としての矜持があります。壁に飾る為や見栄を張る為だけの武器を作る事はどうしても出来ないのです。そうして堕落していく職人を私は何度も見て来ましたから・・・」
カロンの品を欲しがる人間の8割はそうした虚栄心を満たす為にカロンに注文を出している。彼らは別にカロンの剣が欲しいのではなく、カロンの名前が付いた物が欲しいだけであった。同じく鍛冶を志した人間がその様な欲望に流されて潰されて行ったのをカロンは心底苦々しく思っていたのだ。
カロンがここまで名を高めたのも、その様な欲望に流されずに一途に鍛冶を極めんとした結果である。・・・と、カロンは思っていたが、それも今では疑問に思っていた。法外な報酬を受け取ってはいないとはいえ、国のお抱えとなって仕事をしていた自分は、結局国の後ろ盾で名を高めたのではないかと。そしてその慢心が今日の事態を招いたのではないかと。
もう2度と武器を打てないかもしれなかった絶望から救い出してくれた悠の恩に報いる為にも、カロンは今度一切国とは関係を絶ち、ただひたすらに一鍛冶師として暮らしていこうと心に決めていたが、カロンの名がその暮らしを許さなかった。ごく一部に漏れたカロンの噂を聞き付けた貴族や商人がこぞってカロンの武器を欲しがり始めたのだ。
「それで最近では生活にも支障を来たしている有様でして・・・」
「そうか・・・ならば丁度いいかもしれんな。俺の話を聞いてくれるか?」
「「?」」
悠の言葉に疑問符を浮かべる2人であったが、悠がこれまでの顛末や事情を語り出すと、驚きを露わにしながらも納得の表情になった。
「なるほど、やはりユウさんはこの世界の人ではありませんでしたか・・・」
「その靴も見た事が無いハズだよ、違う世界の物だったんだね!」
「理解してくれて助かる。それで物は相談なのだが、2人共、ウチに来んか? 俺の屋敷は近くに人里も無く、2人が寝泊まりしたり鍛冶を行ったり出来る場所もある。制作環境としては悪くは無いと思うのだが? 勿論、俺達の為だけに鍛冶をしろなどとは言わん。好きな物を作ってくれて構わないが?」
「ユウさんの家に、ですか?」
「ああ。このまま王都に留まるのは危険だろう。俺の家が嫌なら、フェルゼンのローラン様に場所を確保して貰ってもいい。ローラン様は俺が事情を話した数少ない協力者の一人だ。余計な干渉を排除して下さるだろう」
国の大貴族であるローランの名前が出た事に2人は驚いたが、それでもカロンは恐縮しながら尋ねて来た。
「し、しかし・・・私達の事でユウさんや公爵様にご迷惑を掛ける訳には・・・」
「フェルゼンはローラン様の街だ、多少貴族が横槍を入れた程度でどうにかなる事は無い。そして俺の家でも遠慮は無用だ。いざとなれば場所を移す事も容易であるし、何よりその様な輩にカロン達に手を出させる気は無い。・・・例えそれが王族であろうともな」
「ユウさん・・・」
カロンは胸の熱さを感じて頭を俯かせた。ここまで言ってくれる人間に出会ったのは両親を除けば初めての事であったのだ。
やがて頭を上げたカロンは横に居るカリスに小さく頷きを送り、悠に答えた。
「数々のご恩を賜った上、厚かましいとは存じますが、親子共々よろしくお願い致します」
「よろしくお願いします!!」
「うむ、そう畏まる必要は無い。俺もカロンから見れば若輩に過ぎぬ」
「はは、とてもそうは思えませんな。ユウさんはまるで幾星霜を経た賢人の様ですよ」
《・・・あながち間違いでも無いかもね。ユウ、『竜ノ微睡』についても言っておかないと》
レイラが促すと悠も頷いた。
「カロン、カリス、俺達はこれからある修行を行う。それは――」
悠は『竜ノ微睡』についてカロンとカリスに説明した。
「「・・・」」
色々な話を聞かされて非常識が飽和状態になったカロンとカリスは極め付けとも言える『竜ノ微睡』の説明を聞いて絶句した。
「で、あるからして、武器の手入れについて教わりたいのだ。1年に及ぶ修行の中で一切ずっと同じ物を使い続ける事も出来ぬであろうからな」
その言葉に我に返ったカロンが疑問の声を上げた。
「・・・ユウさん、それならば何故私に付いて来いと言って下さらないのですか?」
「説明を聞いただろう? この世界の中では一日であっても、中では1年の時が経過するのだぞ? そんな場所にカロンに付いて来いなどとは――」
「何を仰る!! このカロン、少々の寿命を惜しんで恩を踏み躙る様な人間ではありません!! 私も付いて行きますので、どうぞ装備の事はお気になさらないで下さい!!」
「そうだよ、水臭いじゃないか、兄さん!!」
一歩踏み出して力強く宣言するカロンにカリスも追従した。
悠としては自分の家に呼ぶのは修行後にと思っていたのだが、じっと自分を見つめるカロンとカリスは生半可な説得などでは決して頷かないだろうと思える強さを目に宿していた。
そこまで強く決意しているならと悠もしばらくして頷きを返した。
「・・・分かった、世話を掛ける。ここを引き払うにも準備がいるだろう。数日後に迎えに来るから、それまでに荷物を纏めておいてくれ」
「ありがとうございます!!」
「へへ、これからもよろしくな、兄さん!!」
「こら、カリス! 恩人に向かってお前は態度が悪過ぎるぞ!!」
気安い口調が改まらないカリスにカロンが苦々しく説教を始めたが、悠としては重々しい関係よりもその方が気が楽なので特にカロンの援護もしなかった。代わりに出て来るのはもっと実務的な話だ。
「それとカロン、ドラゴンの鱗が手に入った。他に必要な材料があれば言っておいてくれ。こちらで用意しておこう」
「て、手に入ったのですか!?」
悠の発言に説教も忘れてカロンが食い付いて来た。今カロンが最も興味を惹かれている事柄であるので、それも仕方が無い事であったが。
「ああ、だがこれ単体ではどうしようもあるまい。研究するにしても鉄なども必要だろう?」
「はい!! ユウさんに聞いた通り、鉄との配合比もそうですが、この世界固有の金属と合わせれば更に素晴らしい合金が作れるやもしれません!! 一応候補として書き記した物がありますから、ご用意願えますか?」
「分かった、探してみよう」
「いやー、こうなったら逆に鬱陶しい王都なんかに居るより兄さんについて行けて良かったよ!! あ、でも金属を揃える資金が・・・」
「それは私の武器を売り払ってだな――」
「待て、金の心配は無い。お前達は身一つで来てくれて構わん。少々でかい依頼を片付けたのでな」
金銭の話にカロンの顔が曇ったが、悠が断言してくれた事でホッと胸を撫で下ろした。
「助かりました。何分我が家は貧乏所帯で・・・しかし大きな依頼とはドラゴンでも狩りましたか?」
「アハハ! 何言ってんだよオヤジ!」
笑いの成分を滲ませて尋ねるカロンの言葉にカリスが吹き出したが、悠が事の真相を語る前に扉がノックされた。
「・・・こんな時に客か、カリス、断って来い」
「チッ、いい加減邪魔臭いね!!」
「いや、待ってくれ」
悠が2人を制止すると、外から声が掛けられた。
「おーい、メロウズだ、開けてくれ!!」
その声を聞いた悠が席を立って2人に告げた。
「済まん、あれは俺の客だ。入れてもいいか?」
「あ、ああ、構わんが・・・」
何故ここにメロウズが現れるのか分からなかったカロンの口調が思わず素に戻っていたが、悠は一応の了承を得たとして扉へ向かい、メロウズと対面した。
「よう、何の用だい? 俺としてはアンタにゃもう2度と会いたくないと思ってたんだが?」
「俺も用が無ければ貴様に会おうなどとは思わんよ。とりあえず入れ。そこの3人は入れんがな」
「・・・分かったよ」
メロウズが手で合図を送り、密かにこちらを窺わせていた者達にその場で待機する様に命令した。特に腕利きを用意したつもりであったが、あっさり悠に見破られて役に立たないと判断したのだ。
そのまま促されるままに、メロウズはカロンの家へと入っていった。




