5-15 修行準備4
「次はどこに行くつもりだ、ユウ?」
「一度ローランの所に戻ってアザリアの者達へ金を渡す。その後はミーノスのカロンにドラゴンの鱗を渡し、武器屋で訓練用の武器防具を揃える。バローは好きにしていろ」
「へいへい、幸い懐もあったかい事だしな、俺も何か見繕って・・・あ、ユウ、俺もカロンの所に用があんだ、連れて行ってくれ」
悠とは適当な所で分かれて行動しようかと思っていたベロウだったが、不意に思い付いて同行を申し出た。
「構わんが、何用だ?」
「剣だよ、剣。ここんとこえらく酷使したからな、カロンの所で研いで貰いてぇんだ。流石にドラゴンなんぞを斬ったら少し刃毀れもしたしな」
「ふむ、武器の手入れか・・・」
悠は普段は無手なので失念していたが、武器は当然使えば切れ味が鈍る。ましてや1年間も使い続ければ剣自体が駄目になる事も十分に考えられた。砥石があれば手入れは出来るだろうが、刃物を研ぐというのは素人がそう簡単に行える物では無い。完璧な研ぎを入れるには、熟練の技が必要なのだ。
「何だ? 武器の手入れで聞きたい事があるならカロンに聞けばいいじゃねぇか?」
「・・・そうだな、一度話してみるか」
(ユウ、カロンに事情を話すの?)
(ああ、カロンもカリスも信頼がおける人物だ。そろそろ俺達の事を話しても構うまい)
子供達の分の訓練用の武器までカロンに作らせる必要は無いだろうが、本番用の武器に関してはそろそろ制作に入って貰っても構わないだろうと考えた悠は、この辺りでカロン達にも自分の素性を語る事に決めた。
「となれば、二手に分かれた方がいいな。バロー、金を持って行くのはお前に任せる。やはりミーノスには俺だけで行って来るから剣を貸せ。頼んでおこう」
「あん? 今俺に丸腰で居ろってのか? タダでさえ昨日は俺に挑戦してくる奴が多くて大変だったんだぜ?」
あまり剣を手放したくないベロウがその提案に難色を示したが、すぐ側に武器屋があるのを見つけた悠がそれを指差して言った。
「ならばそこで間に合わせの剣を買って来い。金ならあるだろう?」
「あんまりホイホイ得物を変えたくねぇんだけどな・・・わーったよ、俺の剣を頼むぜ?」
そう言ってベロウが悠に剣を渡し、そのまま武器屋へと入って行こうとした瞬間、悠が懐から投げナイフを3本、ベロウの近辺に向けて投げ放った。
「うおっ!?」
「ひっ!!」
「おわっ!?」
「あ? ・・・チッ、剣から手を放した直後にこれかよ。助かったぜ、ユウ」
礼を言うベロウの周囲では3人の男達が手に抜き放った剣を携えて硬直していた。恐らくベロウの『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』の称号に目が眩んだ男達が丸腰のベロウを好機と見て襲おうとしたのだろうが、その男達のすぐ目の前の壁には今悠が投げ放ったナイフが突き立っている。
無手であろうとベロウが遅れを取るとは思えなかったが、一応剣を手放させた責任として悠はベロウの助太刀をしたのだ。
「構わん。・・・さて貴様ら、次はその中身の無い脳天に風穴を開けてやるがまだやるか?」
悠の言葉に顔面を蒼白にした男達は思わず目の前に突き立つナイフを見やった。そのナイフは魔道具でも無いのに、その刀身を半分以上石の壁に埋め込んでいる。悠の言う通り、当てるつもりならば男達は当然この世には居ないだろう。
「「「うわぁっ!!!」」」
やがて硬直の解けた男達は一目散に路地へと逃げ出していった。
「そうそう遅れを取る事は無いだろうが、気を付けろよ。それと、俺は遅くなるかもしれんから家には自分で帰れ」
「あいよ」
後ろ手にピラピラと手を振って、ベロウは武器屋へと入って行った。
「さて、俺達も行くか」
《ええ、今日も忙しくなりそうね》
ローランの家に向かっていた悠は武器屋の壁に突き立った投げナイフを懐にしまい、そのまま元来た道を引き返してフェルゼンを後にした。
そして街から出て『竜騎士』となり飛ぶ事少々、悠は遠くにフェルゼンが見える位置に来た所で人目に付かない場所に降り変身を解いてミーノスに辿り着いた。
《なんだか久しぶりって感じね》
「ああ、まだ1週間も経っておらんが、色々忙しかったからな」
悠達はミーノスへ行くのに2日、依頼を達成するのに2日、そして今日を合わせて5日ぶりのミーノスだったが、その間に起こった事が目白押しであったので、つい感慨に近い感情を覚えていたのだ。
街の門でも冒険者証を見せるとすぐに門番は悠の事に気付いて丁寧な対応を返して来た。既にミーノスでは悠が『黒狼騒動』を治めた事は広まっており、更に冒険者証のランクがⅧ(エイス)になっている事で門番の目からは緊張すら窺う事が出来た。Ⅷと言えば冒険者全体を見渡してもそうそうお目に掛かれるランクでは無く、賄賂などで不正に昇格した者で無い人物は更に少ない。門番の緊張もその相乗効果であろう。
大過なく街に入った悠はそのまま職人街へと足を向けた。
職人街は前回訪れた時よりも剣呑な雰囲気が薄れており、悠に害意を抱いた視線を送る者が少なくなっていた。中には悠を見た途端、あからさまな怯えを見せる者もおり、元はバラックの一派である事を窺わせた。
悠は今の懐具合を鑑みて前々から考えていた事を実行に移すべく、その内の一人に近づいて言った。
「そこの奴、メロウズに伝言がある。カロンの家まで来る様に伝えてくれ」
「え!? め、メロウズなんて、し、知らねぇよ!?」
惚け様とした男だったが、こう露骨に恐怖が全面に出ていれば別に悠で無くてもバラックの関係者だと見抜くのは難しくは無いだろう。
「別に呼び寄せてどうにかしようという話では無い。純粋に用事があるから伝言を頼んでいるのだ。・・・どうしても伝えないと言うのなら俺から乗り込んでもいいが?」
「ま、ま、ま、待ってくれ!! 分かった、伝える! 伝えるから勘弁して下さい!!」
ようやく落ち着きを取り戻したアジトに乗り込まれては堪らぬと、早々に男は口を割った。ここで抵抗してバラックの様な目に遭うのだけは死んでも御免だとその目が告げている。
「もし時間が掛かる様なら冒険者ギルドの方へ人をやってくれ。では確かに伝えたぞ」
ガクガクと首を振って、男は足を縺れさせながら一目散に走り去って行った。
《あまり恐怖を与え過ぎるのも考え物ね、ユウ?》
「だからといって最初から穏やかに諭して聞く連中ではないからな、別に恐れられても構わんよ」
男からすぐに目を外し、悠は再び歩き出した。周囲ではメロウズファミリーの一員を顎で使う悠を何者かと探る視線がこっそりと注がれていたが、悠が一瞥すると慌てて視線を外して逃げ散っていった。
「水清くして魚住まずとも言う。ある程度の悪は人とは不分離だが、度を超えた悪はやはり毒だ。少々調整が必要だろう」
《・・・ああ、だから呼びつけたのね?》
「そういう事だ」
悠のやろうとする事に見当が付いたレイラの言葉に悠も肯定を返した。
2人の意志疎通が終わった所でカロンの家に着いた悠が扉をノックして声を掛けた。
「失礼する。カロン、在宅しているか?」
悠が声を掛けてしばらくして中から返って来たのは、棘のある返答だった。
「依頼なら受けないよ!!」
それは確かにカリスの声であったが、声にいつもの明るさが感じられなかった。
「カリス、冒険者の悠だが、何かあったのか?」
「えっ!? ち、ちょっと待っておくれよ!!」
相手が悠だと知ったカリスは劇的に声のトーンを切り替え、慌ててガチャガチャと扉の鍵を外して扉を開いた。
「ごめんよ兄さん!! こっちにも色々事情があって・・・」
「構わんよ。中に入ってもいいか?」
「モチロン! さ、入って入って!!」
すっかり機嫌を直したカリスは悠の後ろに回ってその背中を押し、家の中へ入って行った。
カリスがご機嫌ななめの理由は次回に。




