5-13 修行準備2
「歩きながら今回の反省点のおさらいだ。が、その前に手を出せ、アルト」
「え? はい・・・?」
悠は歩き出す前にアルトの手に一枚の銅貨を置いた。
「ゴブリンの討伐報酬だ。貴族のアルトからすると大した額では無いかもしれんが・・・」
「いいえ!! 僕、ずっと大切にします!」
アルトは悠から手渡された銅貨を潤んだ瞳で大切そうに見つめた。これは自分が初めて自分の力で稼ぎ出した銅貨なのだ。アルトにはそれが金貨などよりもずっと美しく貴重な宝物に見えていた。
「そうか・・・。では出発する。まずアルトは少々慎重過ぎる傾向があるな。例えば最初に攻撃を加えた後だが――」
歩きながら、悠はアルトの今の戦闘に関する反省点を挙げていった。
相手が動揺している内に攻め切れなかった事や武装を許した事、ナイフを避け切れなかった事などを指摘し、アルトも一々頷いては残りの行程を消化して行ったのだった。
2時間少々でフェルゼンに着いた悠とアルトは早速ローランの家へと歩き出した。流通が再開した街は活気に満ちており、行き交う人々も心なしか足早に感じられた。それに反してアルトの足は鈍りがちだ。この後の説得の事を考えるとどうしても軽快な足取りという訳にはいかなかったのだ。
「・・・ふぅ」
「どう説得するのかまだ決まらないか、アルト?」
思わず溜息を漏らすアルトに悠が声を掛けると、アルトが情けない表情で頷いた。
「はい・・・正直、父さまも母さまも許してくれる気がしなくて・・・」
素直に心情を吐露するアルトに悠が少しだけアドバイスを送った。
「上手く説得しようなどという考えは捨てた方がいい。ローランは海千山千の大貴族だ。上辺だけの言葉などすぐに論破されるぞ」
「そう・・・ですよね、やっぱり。でも、それならどう言ったらいいのか・・・」
「自分の心情をそのまま伝えてみろ。俺ですら説得した言葉だ、ローランもミレニアも無碍にはせんよ」
「・・・はい!」
ポンと背中を叩く悠に励まされたアルトは少しだけ足を速め、家路へと急いだのだった。
「いけません、絶対にいけませんぞ若様!!!」
「・・・アラン、私より先に反応しないでくれないかな?」
「あらあら」
屋敷に着き、伝えるべき人間だけで集まった応接室で悠は事のあらましをローラン、ミレニア、アランへと説明した。流石に驚きを露わにした3人だったが、悠ならばあるいはと思い、何とか『竜ノ微睡』については理解した。
問題はその後にアルトが自分も参加したいと話した所からだった。その話に真っ先に反対の意を表したのは執事であるアランだったのだ。
「な、なんでそんなに反対するの、アラン?」
アルトの疑問にアランは明快に答えた。
「若様の日々成長なさる姿を見る事が爺のこの世で残された唯一の楽しみなのです!! そ、それを1年分も見逃すなど、爺には我慢なりません!! どうしてもと仰るなら、爺も付いて行きますぞ!!」
アランがアルトを溺愛しているのは今に始まった事では無く、忙しい日々の合間を縫ってアランはその年毎にアルトの肖像画を自作して残している。その熱情は凄まじく、単なる素人であったアランの作品を偶然見た貴族が一流芸術家の作品に払う金銭で買い取ろうとした逸話まであった。それだけアランが描いたアルトの肖像画は素晴らしい出来栄えだったのだ。
「そ、それとも若様はこの老い先短い年寄りなど必要無いと仰られますか!? 爺はショックで・・・うっ、ゴホッ、ゴフッ! ・・・ああ、考えただけで持病の胸の病が・・・」
しまいには泣き落としに掛かる始末である。
「君、この間使用人全員を検診して貰った時も後20年は問題無いって医者に言われてたでしょう?」
「はて、そんな事がありましたかな? 年を取ると物忘れが激しくなっていけませんなぁ」
ローランの突込みにもアランはとぼけて素知らぬ顔を決め込んだ。
「・・・はぁ、ま、アランは置いておくとして、流石に私も簡単には承服しかねる事だね、それは。アルト、お前はまだ若いんだ。いや、幼いと言ってもいい。そんなに焦って強くなる必要が果たしてあるのかな? これからゆっくり稽古を積み重ねるのではダメなのかい?」
「焦ってはいないつもりですが、理由はあります」
「ほう? 聞かせて貰おうか?」
ローランのアルトを見る視線は厳しい。大抵の事ではもうアルトの行動に口を挟まないつもりのローランであったが、息子が一日で1年も年を取って帰って来るなどという事態は大抵の事の範囲外であろう。
そんなローランの視線を受けても覚悟を決めたアルトは動じなかった。
「まず第一に僕が強くなりたいと思っているからです。まだ先の事を決めている訳ではありませんが、こうしてちゃんとした修行を積む機会がそうそうあるとは思えません。そしてユウ先生やバロー先生といった先生方に習う機会も。であれば、これを機にしっかりとした修行を受けたいと思ったのです。幸い、この世界では一日しか掛からないようですから」
「ふむ・・・他には?」
アルトの言葉を咀嚼しながら、ローランは先を促した。
「はい、それと・・・僭越ではありますが、僕は自分の大切な者は自分で守りたいと思います。父さまや母さま、アラン、そして生まれたばかりの姉弟・・・もし何かあった時、僕はただ震えている子供のままで居たくはありません。だから僕は、少しでも強くなりたいんです・・・お願いします!!」
アルトは自分の心情を言葉に乗せて深く腰を折った。それを聞いたアランなどは「わ、若様っ! ふぐっ!」などと言って胸から取り出したハンカチで目を押さえている。守るべき対象の中に自分が入っている事に感極まったのだ。
そんなアランを尻目に、ローランは隣で2人の赤子を抱くミレニアに視線を移した。
「ミレニアはどう思う?」
「アルトのしたいようにしたらといいと思いますわ」
ミレニアの返事は予想外に肯定的な物であった。片眉を上げてその真意を問い質したそうなローランにミレニアは理由を語り出した。
「アルトもよくよく考えての事でしょう。理由もしっかりとした物ですし、反対する理由がありません。・・・正直に言えば、私もアルトの成長が1年分見られないのは寂しいとは思いますけど、そんな事で男の子の決意を妨げてはいけませんわね・・・」
その言葉通り寂しそうな表情を浮かべたミレニアだったが、それもすぐに消してアルトに微笑みかけた。
「母さま、ごめんなさい・・・」
ミレニアの愛情を感じてアルトは更に頭を下げた。申し訳無いとは思うが、それで決断を翻しては、せっかく賛成してくれたミレニアの心意気を無駄にしてしまうと思ったのだった。
「・・・翻意するつもりは無いんだね、アルト?」
「はい」
大きな声では無いが強い意志を感じさせる声音にローランは目を閉じて言った。
「・・・ユウ、アルトをよろしく頼むよ」
「分かった」
「父さま!? では・・・!」
「途中でユウに説得の手助けを頼む程度の覚悟なら許さない所だったけど、アルトは最後まで自分の言葉で語り切ったからね。行ってきなさい」
「ありがとうございます、父さま、母さま!!」
ローランの許可を得たアルトは頭を上げてローランに抱き付いた。
「私はまだ賛成した訳では・・・」
「アラン、アルトの成長を妨げてはならん。アルトを大切に思うならば笑顔で送り出してやってくれ」
「・・・」
アランはまだアルトを送り出す事を渋っていたが、悠の言葉に黙り込んだ。
やがて大きく溜息を付き、弱々しい言葉を呟いた。
「・・・そうですな・・・私の考えで未来ある若様を縛るのは良くありませんな・・・ユウ様、くれぐれも、くれぐれも! 若様を宜しくお願い致しますぞ!!」
悠の肩を掴んで頼み込むアランからは普段の冷静さは失われていた。アランにとってアルトは自分の命と引き替えにしても惜しくは無い、大切な自分の孫にも等しい存在だったのだ。
「承った。帰って来たらアルトを寿いでやってくれ。反対されたままではアルトも心苦しかろう」
「はい、必ずや・・・」
アランは悠から手を離し、真心を込めて静かに腰を折った。
・・・説得には参加しないと言った悠だが、この位の手助けはよかろうと思ったのだ。
(相変わらず子供には甘いんだから・・・)
レイラの言う通りであろうが、空気を読んでそれを言葉として発しなかった為、その言葉は誰の耳にも届かなかったのだった。
最後にちょっとだけ手助けしちゃうのでした。




