5-11 『竜ノ微睡』5
「体がふらついているぞ、アルト。急がずにしっかりと踏み込め」
「はい!」
悠は自らで実践しながらアルトに基本の突きを教えていた。アルトは練習を欠かしていないらしく、その動きは最初よりもずっとスムーズだ。
「199っ・・・・・・200っ!! くはっ、ハァ、ハァ、ハァ・・・」
「よし、休憩だ。休憩中は自分の頭の中で最高の動きを想像しろ。そして現実の自分との違いを見つけ出せ」
「は、はい! ハァ、ハァ、ハァ・・・」
ぐったりしながらも、アルトは悠の言いつけを守って頭の中で自分の最高のイメージを組み立てる。ぶつぶつと「足の動きは・・・」とか「ここはもっと速く引いて・・・」などと呟きながら、現実の自分との差異を見つけ出そうと必死に頭を絞った。
悠はその隣で空を見上げながら少し前に気付いた事を考えていた。どこにでもある月のある星空の星と星を繋いでみて、やがて確信に至る。
(レイラ、この世界は大陸の形や住人を除けば俺達の世界と同じなのでは無いだろうか?)
悠の言葉にレイラも肯定を返した。
(ええ、今空に見える星座は冬の星座だし、月の大きさも満ち欠けも同じ。時間や日付の概念も同じね。という事は、星自体の大きさも変わらないはずよ。重力も同じだから)
(他の子供達にも聞いたが、どうも他の世界でも細かな概念や名称は違っても星や月、太陽や一日の間隔は同じらしい。俺が思うに、この『階層世界』は皆同じ条件なのでは無いだろうか?)
(サンプルが少ないから断定は出来ないけど、その可能性は高いわね。大元になるオリジナルがあって、それにナナみたいな神がそれぞれ多少手を加えたんじゃないかしら? どういう意図があるのかは分からないけれど。でも急にどうしたの、ユウ?)
分かったとしても特にデメリットの無い情報を今更考察する悠にレイラは疑問を感じて問い掛けた。
(いや・・・1年はここでも1年なのだなと思っただけだ)
(・・・そう)
その裏に悠の葛藤を感じてレイラはそれ以上何も言わなかった。代わりに実務的な事を口に出す。
(今回の『竜ノ微睡』は物質体情報を固定しないから、食料も買い込まないとね。それに怪我をした時の為の『治癒薬』も必要だわ。今回の報酬だけで足りるかしら?)
(どうせ竜気が回復し切るまでは『竜ノ微睡』は出来ん。それまでは金策に励む事にするさ)
悠は今回の戦いで大量の竜気を消耗していた。その回復には少なくとも3日以上は掛かると見てよいだろう。その間にやらなければならない事も多い。
(まず明日はフェルゼンへ行きローランへの報告とギルドでの報酬と冒険者証の受け取り。そしてミーノスのカロンにドラゴンの鱗も渡さなければならん。それに加えて食料や訓練用の武器、防具、『治癒薬』の買い込み・・・更にはサロメから魔法の情報の聞き取りや子供達の『能力鑑定』の可否となると、3日では足りんかもしれんな)
(それだけあれば間違い無く足りないわよ。決行には10日ほど掛かると思っておいた方がいいわね)
準備の膨大さにレイラが呆れた声を出した。悠一人の時にはここまでの準備は必要なかったのだが、今回は人数が違い過ぎた。
(それと、ジュリアやケイにも必要な物を聞いておいた方がいいわ。・・・いえ、いっそ一度全員を街に連れて行った方がいいわね。武器や防具は本人が居た方が選び易いし、ハジメとも約束してたでしょ、ユウ?)
(そうだな・・・しばらくは修行の毎日になるし出かける事も出来ん。一度羽を伸ばさせてやるべきか)
そこまで話した所で玄関の扉が開き、中から恵が現れた。
「悠さん、いらっしゃいますか?」
「ああ、ここだ」
悠が声を掛けると、恵が気付き側まで歩み寄り、手にしたタオルを渡して言った。
「話し合いの結果が出ましたので中に戻って貰えますか?」
「そうか、分かった。アルト、今日はここまでだ」
「はい!」
「どうぞ、アルト君」
「あ、ありがとうございます」
恵はアルトにもタオルを渡し、玄関の方へと歩いて行った。
「・・・」
「どうした、アルト?」
「えっ!? や、な、何でもありません!!」
恵の持って来てくれたタオルに顔を埋めて赤くなった顔を隠したアルトは咄嗟に話題を変えた。
「そ、それはそうと、一体どういう結論になったんでしょうかね?」
「行けば分かる。・・・準備が必要になるな」
恵の様子から大体の結論を察した悠の呟きはアルトには届かなかった。
「では全員賛成という事か?」
「はい、全員賛成です。ちゃんと皆に意志を確認しました。一生懸命頑張りますのでお願いします」
「「「お願いします!!」」」
樹里亜を先頭に、子供達全員が一斉に頭を下げた。そこから外れたビリーとミリーに視線を向けたが、ビリーとミリーも黙って頷きを返して来た。
「ならば決まりだな。・・・だが覚悟はしておいてくれ。俺はお前達の命を預かっている以上、教える場で手を抜く事は出来ん。辛く当たる事もあると思うが、やり抜いて欲しい」
「「「はい!」」」
悠は一人一人と目を合わせながら、その目にしっかりとした意志がある事を確認して頷いた。
「今回、皆に頑張ろうって言って励ましたのは始君なんですよ、悠先生」
「そうなのか、始?」
「う、うん・・・で、でもぼくはゆうせんせいとおはなししたことをみんなに言っただけだし・・・」
熱が去った始は恥ずかしそうに顔を俯かせた。顔を真っ赤にして口ごもるその姿からは先ほどの勇姿は伺う事が出来なかった。
悠は親しい者にしか分からないほど、ミリ単位の笑みを浮かべて始の頭を撫でた。
「よく頑張ったな、始。約束通り、修行に入る前に皆で街に行くか」
「えっ!? ほ、本当、ゆうせんせい!?」
「俺は嘘は好かん。特に約束を破るのはもっと好かん。数日後に出掛けるから、本を忘れずにな」
「うん!! やったぁ!!」
始の喜びが周囲に伝播し、子供達もその場で飛び上がって喜びを露わにした。やはり外に出られない生活は相当にストレスが溜まっていたらしく、その喜びはとても大きかった。
「恵、樹里亜、神奈。お前達は一年間で必要と思われる物をリストアップしておいてくれ。俺もやってはいるが、生憎俺は男で軍人だ。子供や女に必要な物がよく分からんのでな」
「分かりました、悠さん」
「頼んだぞ、俺とアルトは風呂に入ってくる」
「着替えは脱衣所に置いておきますね。アルト君の分も」
「あ、ありがとうございます・・・」
世話をされるのはメイドで慣れているはずなのだが、精神的に近い距離感で接する経験の無いアルトは恵の言葉に一々反応して赤くなっていた。姉や妹が居ない思春期の男子としては仕方無い反応であろう。
そんな、ある意味浮かれていたアルトだったが、悠の言葉で頭を冷やした。
「アルト、明日はローランやミレニアを説得しなければならんぞ? 今の内に言葉を考えておくんだな」
「あ・・・そ、そうでした・・・」
眠れない夜になりそうな気配に、アルトの肩がガックリと落ちた。
やる事が山積みですが、一つずつやっていくしかないですね。
約一名、忘れられている気がします。




