5-9 『竜ノ微睡』3
室内では数分経っても誰も口を開かなかった。皆事態を受け止める事だけで頭が一杯だったのだ。
だが、ずっと黙っていても結論は出ないので、ミリーが口火を切った。
「・・・まずは皆が賛成か反対かを知りたいのだけど、手を上げて貰っていいかしら?」
「そう・・・ですね、まずは各自がどう考えているのかを知りたいですし・・・」
樹里亜も迷いながらそれに賛成して一同を見渡した。
「本当は無記名で賛成か反対かを聞きたいけれど、今はそんな時間は無いわ。だから皆正直に答えてね。・・・反対の人は手を上げて」
その言葉に上がった手は5本。
それぞれビリー、ミリー、樹里亜、恵、神楽だった。
「な!? 何で反対なんだよ樹里亜!!」
「黙って神奈。・・・まずは反対と賛成でテーブルを挟んで分かれましょう」
「・・・ちぇっ、分かったよ・・・」
樹里亜に詰め寄りかけた神奈を予測していた樹里亜が諌めた。そして樹里亜の言う通り、テーブルを挟んで反対派と賛成派で対峙する。
「じゃあまずは賛成、反対の人達だけで、何故賛成なのか、何故反対なのかを話し合って。こっちは私が意見を纏めるし、そっちは・・・智樹、あなたが意見を纏めて」
「え? 僕ですか?」
神奈や蒼凪を差し置いて自分が指名された事に智樹は戸惑いを覚えたが、その理由も樹里亜から説明された。
「そうよ。神奈や蒼凪だと、「悠先生が言ったから」って理由で終わっちゃうもの。だからあなたが冷静な立場で意見を纏めて?」
「わ、分かりました、やってみます」
不満そうな表情を浮かべた神奈と蒼凪だったが、樹里亜の言った通り悠が言った事であれば大抵の事は頷いてしまう2人であったので、口に出しては反論しなかった。
「じゃあ少し時間を取るから話し合ってね。その後、全員で議論しましょう」
そうして2派は個別の話し合いに移ったのだった。
それから30分後。
「そろそろいいかしら?」
「はい、大丈夫です・・・多分」
樹里亜の言葉にやや頼りない返事をして、智樹は席に着いた。
「ではまず何故私達が反対なのかを言っておこうと――」
「あの、その前に・・・神楽ちゃんは何でこっちに居るんですか?」
本題に入る前にためらいがちに尋ねる智樹の言う通り、神楽はいつの間にか賛成の側の席に着いていた。
樹里亜もその質問には眉間に皺を寄せたが、溜息と共に理由を語った。
「・・・反対していた理由が解決したのよ。だから賛成に回ったの」
「それは・・・?」
気にせず本題に入って欲しかった樹里亜は絞り出す様に一言呟いた。
「・・・・・・・・・オヤツ」
「・・・はい?」
当然、何を言っているのかサッパリ分からない樹里亜の発言に智樹が聞き返した。
「一年間、オヤツ抜きは耐えられないから反対って言ったの・・・」
「えーっと・・・解決した・・・んですよね?」
「恵が一緒だからオヤツは大丈夫っていう結論になったわ・・・」
「はぁ・・・」
もっとシリアスな理由を覚悟していた智樹は半ば思考停止したまま気の抜けた返事をした。というかそれが精一杯であった。
ほのぼのと顔を綻ばせる神楽の横では朱音がテーブルに顔を突っ伏している。呆れたのと、自分の事でも無いのに恥ずかしかったかららしい。
「とにかく!」
妙な方向に逸れそうになった話題を樹里亜が強引に引き戻した。
「まずは私達からどうして反対なのかを言うわよ! いいわね!!」
「あ、はい」
強い口調で言われて、智樹も何とか頭を切り替える。
「まず私達反対してる方では更に意見が2つに分かれているわ。ビリー先生とミリー先生、私と恵でね」
本題に入った樹里亜の言葉に全員が耳を傾けた。
「ビリー先生とミリー先生は、私達が『竜の微睡』を受ける事自体に反対よ。もしやるんなら自分達だけで受けると言っているわ」
「理由は言うまでも無いと思うが、一応言っておくぞ? それは皆が子供だからだ」
樹里亜の言葉を継いでビリーが発言した。
「体を鍛える事は悪い事じゃ無いと俺も思う。だけど、本格的に戦うにはまだ早過ぎる。血生臭い世界に子供は関わるべきじゃない。そういうのは大人がやるべきだ」
ビリーとミリーは自分達の悲惨な子供時代を子供達に既に語っていた。だからこそ、子供達には要らぬ苦労を負わせたく無いと考えたのだった。
「でもあたし達は――」
「待って、神奈。まだ私と恵の理由を話してないわ。それを聞いてからそちらの意見も聞かせて?」
「ん・・・分かったよ」
思わず反論しかけた神奈に樹里亜がストップをかけた。途中で議論が入り乱れては徒に時間を費やす事になると思ったからだ。努めて冷静に話そうとする樹里亜を見て、神奈も口を噤んだ。
「ありがとう。で、私と恵の意見としては、完全な反対じゃ無いの。でもやるのは年長者だけにすべきではないかと思うのよ。具体的にはビリー先生、ミリー先生、私、恵、神奈、蒼凪、智樹・・・あとは小雪ちゃんかな? 他の5人はしない方がいいと思う」
「ちょ、ちょっとまってくれよじゅりあねーちゃん!! おれたちだけなかまはずれはヤだぜ!!!」
「ぼ、ぼくたちも行きたいよ!!」
「めいもいくーーーーーーーーっ!!!」
「わたしも行くわよ、ぜったい!!」
「わたしも~。もうきめたもの~」
案の定、メンバーから外された5人が一斉に不満を言い立てたが、樹里亜が目で促すと、ハッと気付いた智樹が年少組を宥めた。
「待って皆、まだ理由を聞いてないよ! ・・・樹里亜さん、それはどんな理由ですか?」
自分の意図が伝わった事に樹里亜は軽い笑みを浮かべたが、すぐに顔を引き締めて理由を語った。
「理由は2つよ。まず第一に、年少組の皆はまだこの世界で本気で死に掛けた事が無いから。私が今名前を上げた7人は程度の差はあっても直接的な命の危険を体験しているわ。この前この屋敷が襲われた時の事は無しよ? あれは偶々上手くいってあまり命の危険が無かったから」
この前の事例を出して反論しようとした年少組が黙り込んだ。子供の反論など樹里亜にはお見通しだったのだ。
「緊張や恐怖は実力を出す妨げになるわ。いざという時に体が動かなければ、せっかくの力も意味は無い。いえ、むしろ足を引っ張る事になる。それで貴方達が傷付く事を悠先生は望みはしないでしょう」
必死に反論の言葉を探す子供達に向けて、樹里亜は更に言葉を重ねた。
「そして第二は・・・こっちが本命で、矛盾してるんだけど・・・傷付ける事に、慣れて欲しくないから」
言っている事の意味が理解出来ずに子供達の顔に疑問符が浮かんだ。
「恐らく悠先生が一番恐れているのはこの事だと思う。悠先生は皆が今のまま、元の世界に帰したいと考えているわ。皆のお父さんやお母さんが心配しない様に、優しいままで帰してあげたいのよ」
樹里亜の言葉は重く子供達に響いた。普段はあまり考えない様にしている両親の存在を出されて、反論の意志が萎んでいく。
「私や神奈は人を殺した事があるわ」
平和な世界では絶対禁忌である殺人の告白に子供達は小さく怯えの色を見せた。
「・・・ね、怖いでしょう? 生きる為に仕方無かったとはいえ、人を傷付ける人間が近くに居るという事は怖い事なの。この世界で戦うっていう事は、相手は魔物ばかりじゃ無く、人間とも戦うっていう事よ? そして戦うっていう事は・・・相手を殺す事もあるという事。それを背負うには、それだけの覚悟が要るわ。だから私は小さい子が戦うのは反対。以上よ」
実は正確に言えば、京介と朱音は既に殺害を経験している。それは『黒狼』に屋敷を襲われた時の合体魔法での事だ。だが、2人には相手を死に至らしめたという自覚は無く、樹里亜も意図的に隠していた。神奈に確認を頼んだのもその為であり、まだ知らせるべきでは無いと思ったからだ。
神奈も樹里亜が何をやろうとしているのかに気付いて他の年長組に目配せをして反論しない様に合図をした。・・・今反論しなければならないのは、置いて行かれようとしている子供達なのだ。ここで出しゃばってはいけないと、神奈は口をへの字にして無言を貫いた。
・・・反論も無く、ただ時間だけが流れていく。
憎まれ役を買って出る人って損な性分ですけど、私は大好きです。




