5-8 『竜ノ微睡』2
まずは悠と一緒に居るアルトの心情から。
そのまま悠は外に向かって歩いて行った。それをアルトが問い掛けたそうにしながら付いて行ったが、このままでは埒が明かないと思ったアルトは意を決して悠に聞いてみた。
「あ、あの!!」
「・・・何だ、アルト?」
アルトは問い掛けた事を一瞬で後悔していた。それは悠の声が常に無く覇気に欠けている様に聞こえたからであった。
それでも口にしたからには聞いておかなければならないと思い、アルトは声を絞り出した。
「ユウ先生・・・本当はしたくないんじゃ無いですか?」
「何故そう思う?」
既に悠の声には揺れは無く、感情の存在を感じ取る事は出来なかったが、アルトは確信に近い思いを抱いていた。
「だって・・・今のユウ先生は、なんだか辛そうです。・・・それに」
アルトは先ほど悠が部屋から出る時に呟いた言葉を思い出していた。
「ユウ先生、「済まん」って言ったの、皆に対して言ったんじゃないんですか?」
「・・・」
悠は答えなかった。そして答えない事が肯定の証であった。
《そうね・・・本当はやりたくない。それがユウと私の本音よ》
だから不器用な相棒に代わってレイラがアルトに答えた。
《今の所、ユウの手に余る敵は居ないわ。でも世界は広いし、私やユウが死ぬ可能性を考えれば子供達を『虚数拠点』に収納したまま戦い続ける事は出来ないの。だからなるべく安全な場所に子供達を隠しておきたいけれど、それも完全じゃないわ。この世界にユウ位強くて信頼出来る人が居たら・・・例えば他の『竜騎士』が居ればこんな事はしなくて済むのだけど》
レイラが溜息の気配を漏らせた。
《・・・可能性が0で無い以上、子供達が殺されるリスクは常にあるわ。常に隠しておけない、強力な護衛を付ける事も出来ない。・・・ならば子供達の安全を高めるには、子供達自身に命を守れる位には強くなって貰うのが一番確実なのよ・・・でもそれは1年と言えど、子供達から時を奪う事になる》
その先を悠が続けた。
「子供の1年は大人の1年とは違う。それは本来もっと平和に、穏やかに過ごす為の物だ。・・・俺の力不足で子供達に無理難題を押し付けてしまった。実に不甲斐ない」
悠は一人の身の限界を感じていた。他の者からどう見えようが、自分の力が及ばない事など山の様にあるのだ。そのツケを子供達に払わせる事に、悠は忸怩たる思いを抱いていた。
「それでも俺にはこの方法しか思い付く事が出来なかった。最善の手だとは思うが、最良の手では無かろう。反対する者が居るなら何とかして次善の手段を考えねばならん」
内容とは裏腹に、悠は反対される事を期待しているのではないかとアルトには思えた。これまでの悠の行動から考えれば、その想像は大きく外れているとは考え難い。誰よりも子供達の安全に気を配って来た悠が子供達に負担を強いる事を是とする様には思えなかったのだ。
だからアルトは悠を後押しする様に言った。
「・・・じゃあもし全員が賛成するなら、僕も一緒に連れて行って貰えますか、ユウ先生?」
「何?」
「僕も皆と一緒に修業をさせて貰いたいんです。・・・僕はこれでも『兄弟子』ですから」
毅然として言い放ったアルトを悠は拒否した。
「・・・それは出来ん。アルトはこの世界の人間であるし、そもそもローランやミレニアが了承すまい。分かっているのか? 1年間は2人にも、生まれたばかりの姉弟にも会えなくなるのだぞ?」
「分かってないのはユウ先生です!!!」
立ち止まったアルトが突如あらん限りの声で悠に怒鳴った。
「ユウ先生がこの世界に使命を帯びてやって来たのは知っています! だけど、ここは僕が生きる世界です! 自分の居る世界の為に力を尽くす事がそんなにおかしいですか!? 父さまや母さま、生まれたばかりの姉弟達の為にも頑張りたいと思うのは許されない事なんですか!? それを僕が自由だって言ってくれたユウ先生が否定するんですか!? 子供だと思って馬鹿にしないで下さい!!!」
烈火の如く怒りを露わにするアルトに悠は返すべき言葉を持たなかった。アルトが言っている事は青臭くはあってもどこまでも正しく、そして真っ直ぐであったから。
事実、アルトは怒っていた。それは世界への憤りでもあったし、力不足な己を嘆く気持ちでもあった。平和とは程遠い世界、大切な人の力になれない弱い自分、ままならない現状・・・その全てにアルトはこれまで溜め続けて来た怒りをぶつけていた。
精神が昂り過ぎて、アルトの目から涙が零れた。これほど感情を露わにしたのは初めてだったアルトは今自分が泣いている事にも気付かずに悠を睨み続けていた。
それでも悠はアルトの願いには全面的には頷かなかった。
「・・・済まん、それについては俺が間違っていた。だがアルトの思いだけでは許可は出来ん。召喚された子供達とは違い、お前は自分で言った通りこの世界に係累を持つ存在だ。お前に親しい者の反対を振り切ってまで、勝手にお前の時を奪う事は出来ん」
「くっ・・・!」
アルトが悔しげに呻いて肩を落とした。悠の言う事ももっともであり、近くに居る両親に黙って悠に付いて行く事など出来ないとアルトにも分かっていたのだ。
しかし悠の言葉はそこで終わらなかった。
「だが俺はアルトが自由であると言った。ならば・・・ローランやミレニア、アランに聞いてみて、もし万一それを許す様なら・・・アルト、お前も連れて行こう」
「ユウ先生・・・!」
アルトは顔を上げて喜びを露わにしたが、それを悠の手が遮った。
「まだ早い。もし一人でも反対するのならこの話は無しだ。それと、説得に行く時は俺も付いて行く。黙ってここに来る事は絶対に許さん。いいな、アルト?」
「・・・分かりました、ユウ先生の前で、必ず皆を説得して見せます!!」
「それも子供達が賛成するかどうかだ。・・・アルト、俺は少し体を動かしてくるが、どうする?」
決意を滲ませるアルトから目を逸らして悠は外を見た。今はただ体を動かしていたい気分だった。
「お供します」
「そうか」
2人は連れ立って再び外を目指して歩き始めた。その悠の脳裏にレイラの声が響く。
(アルトだったら一緒にやるっていう気がしたのよね・・・。いいの、ユウ?)
(話を聞かせたのは俺の不覚だったが、アルトは何一つ間違ってはいない。本来、世界はその世界の者の手で救われるべきなのだ。子供だからといって、アルトの心を無碍にする事は誰にも出来ぬ。万一、アルトに何かあるようなら、子供達と合わせて俺が面倒をみよう。それがせめてもの罪滅ぼしだ)
(・・・魔界に堕ちるかもね、私達)
レイラの沈んだ声音にも悠の声は揺るがなかった。
(それで罪が雪がれるならば一向に構わん。だが何があっても子供達は無事に家に帰す。そして世界も救う。死した後の事など心配してはおれんよ)
(・・・いいわ、ユウと一緒なら)
(済まんな・・・)
(バカ、謝らないでよ。最近謝り過ぎよ、ユウは。らしくないわ)
(そうか? ・・・ならば、ありがとう)
(フフ、そうそう、それならいいわ)
悠もこれから起こる事への覚悟を決め、悠はアルトと共に外へと出て行った。
アルトが怒りました。普段怒らない人ほど怒った時の熱量は高い物ですよね。




