1-19 質問提起3
最後だけ、ちょっとホラーテイスト。
志津香はまどろみの中で夢を見ていた。幸せな夢だ。
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今日は二人で皇都近くの草原へお出かけしていた。
「悠様、良いお天気ですわね」
頬を染める志津香の隣には、悠が微笑みを向けて志津香を見ている。
「ええ、陛下。このような陽気は久方ぶりですな」
「もう、悠様ったら。私達はもう夫婦になったんですから、陛下はお止めください。だから、あの、その・・・し、志津香、とお呼び捨てになって・・・敬語もイヤです・・・」
口をもにゃもにゃさせながら志津香がか細く告げると、悠は笑みを一段濃くしてその言葉に従った。
「ああ、ごめんな志津香。俺のお姫様」
そう言う悠の口元からこぼれる白い歯がキラっと光った。
「悠様・・・」
志津香はそっと隣の悠の肩に頭を乗せて目を閉じた。
「悠様から、お日様の匂いがします・・・」
「志津香からは花の香りがするよ。俺なんかには高嶺の花だな」
「もう、悠様ったら」
そのままそうしていると、陽気のせいもあって、志津香は次第にまどろんできた。
「あふ・・・済みません、悠様、なんだか私、少し眠くなってきてしまいました。・・・また、お膝をお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、どうぞ。安心して眠るといい。さぁ、お休み?」
悠はそう言って、志津香の頭をそっと自分の膝に横たえた。
「うふふ。悠様、愛しています」
「俺もだよ、志津香」
そして志津香は幸せな気持ちで眠りについたのだった。
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「ゆうひゃま・・・えへ・・・」
志津香がぼんやりと意識を取り戻し始めると、まだ自分の頭の下に悠の温もりを感じて、そのまま頬を膝に擦り付け、その匂いを堪能した。
「ゆうしゃまは・・・おひしゃまの・・にほひ・・」
心からの幸福を感じつつも、頭の遠い遠い所からは何故か緊急警報が聞こえてくる気がした。それは意識が鮮明になるにつれて、徐々に大きくなってくる。
それに比例して、志津香の顔はどんどん青褪めていった。
(わたくしは、ゆうさまとおさんぽにきていて、やすんでいたらだんだん眠くなってきて、それでゆう様のお膝を借りて、悠様はお日様の匂いがして・・・)
いや、違う。そもそも自分は悠と散歩になど出ていない。それ以前に悠と結婚もしていなければ、当然夫婦にだってなっていない。本当の自分は確か竜騎士達の到着を待つ間、控え室で少し政務をしていて、でも朝からの疲れが出て、少しだけ休もうと目を閉じた。それが今は何故かソファーで寝ていて、頭の下には暖かいものがあって、それはお日様の匂いが・・・
志津香は恐る恐るミリ単位で、寝たまま自分の後ろを振り返った。そこには勿論悠がいて、志津香の目覚めた気配を感じてそちらを見つめていた。そして二人の視線がバッチリと絡み合う。
「陛下、お早う御座います。少しはお休みになれましたでしょうか?」
――志津香は声無き声で絶叫した。
「申し訳ありません、陛下。無作法な真似、深くお詫び申し上げます」
悠は素直に頭を下げた。志津香を動揺させてしまった事は確かであったから。それに客観的に見ても、ある程度の謗りは免れない所でもあっただろう。特に男と女であっては。
「いえ、神崎竜将は悪くありませんわ! 私が大げさに驚いてしまっただけです。謝るなら私の方ですわ!」
そう言って頭を下げようとする志津香を悠は押し止めた。
「陛下。皇帝陛下が頭を下げてはなりません。それにやはり自分の配慮が足りなかったのです。申し訳ありませんでした」
「違いますわ! ですから私が――」
「・・・では、おあいこという事にしておきませんか?」
悠はどうしても謝ろうとする志津香に折衷案としてそう切り出した。志津香はしばしきょとんとしていたが、やがて笑みを浮かべて同意した。
「はい! ではおあいこ、という事で」
志津香は楽しそうに笑っていて、先ほどまでの悲壮な気配は霧散していた。悠はこっそり安堵した。
「・・・こうして神崎竜将と二人だけでお話するのは初めてかもしれませんね?」
「ええ、自分は戦地、陛下はご政務と忙しい身の上でしたから」
「神崎竜将にお命をお助け頂いてから、もう10年も経つのですね・・・」
「あの時は無礼な振る舞いをしてしまい、恥ずかしい限りです」
「いいえ、神崎竜将は必死に私を守ってくださいました。そのおかげで今の私があります。ありがとうございました」
「いえ、自分などには勿体無いお言葉です」
基本的に生真面目な二人に男女の甘さを求めるのは酷な話であった。悠は意図してそうしない様にしていたし、志津香は絶対的に経験が足りなかった。それでも志津香はもっと悠と話したくて、乏しい知識を活用して頑張った。
(何か、何かありませんかしら? ご趣味は? って、それではまるでお見合いですわ! 好きなお料理は? って、聞いても私、お料理は何も出来ませんわ!!どどど、どうしましょう、どうしましょう!!!)
志津香の残念な回路がフル活動していた。あたふたと周囲を見回した志津香はテーブルの上にポットとティーセットがある事に気付き、これだ!と思った。
(そうですわ! お料理は出来ませんけど、お茶を入れて差し上げる事くらいなら私でも出来ますわ!)
「神崎竜将、喉が渇きませんか? 私、お茶を入れて差し上げま――」
周りに気を配る余裕も無いまま、急ぎ立ち上がった志津香は、次の瞬間、椅子に足を取られて転びかけた。
「きゃ!」
そのまま床に倒れるかと思われたが、悠が即座に立ち上がり、志津香の体を抱き止めた。
「お怪我は御座いませんか、陛下?」
志津香はその事に顔を真っ赤にしつつ、慌てて体を離してから答えた。
「ええ・・・ありがとう存じます・・・」
そうしてまた沈黙が降りるかと思われたが、どこからか、何かを引っかくような音がした。それは志津香の後方にある、扉の方から聞こえてくるようだった。
かり・・かり・・・かりり・・・
恐る恐る振り返ると、そこには!
薄く開いた扉から中を覗いて、手だけを室内に入れて扉に爪を立てている朱理がいた。
――別の意味で、志津香は声無き声で再び絶叫した。
朱理のルビがエライ事に。




