5-7 『竜ノ微睡』1
アルトとの空の旅を続けるユウの目に小さな光点が映った。それは我が家の光だ。
「アルト、そろそろ屋敷だぞ」
「はい! やっぱり凄く速いですね、空を飛ぶのって」
悠はゆっくり飛んだのだが、フェルゼンから屋敷までの8キロ前後であれば本気でなら1分で着く距離である。ゆっくり飛んでも10分もすれば着いてしまうのだ。
「今度は明るい時にもっと速く飛んでやろう」
「はい、楽しみにしています! ・・・やった」
悠の言葉に嬉しそうに返事をしたアルトの視界が徐々に低くなっていく。それに伴い、視線の先の光点は大きくなっていった。
(ユウ、いくら人里から外れてるって言っても目立ち過ぎじゃないかしら?)
(確かにな。後で葵に尋ねておこう)
まだ月明かりのある内はいいが、月の無い夜はさぞ目立つ事であろう。無用なトラブルを引き込む前に対処すべきだった。
地表近くまで降下した所でアルトが悠の背から降り、悠も変身を解除する。
「ありがとうございました、ユウ先生。・・・あは、ちょっと足下がフワフワします」
「慣れない内はそうなる。徐々に慣らして行けばいい」
アルトの頭に手を置いて、悠はもう片方で結界に触れた。葵は外部への索敵機能を持たないので、こうして帰還を伝えているのだ。
程なく玄関の扉が開き、子供達が中からワラワラと現れた。
「「「おかえりなさい!!!」」」
「ああ、ただいま。遅くなって済まん」
「今晩は、お邪魔します」
結界が解除され、敷地内に入った悠とアルトを子供達が取り囲む。
「ゆうせんせー、早く早く!! おれハラへったよー!!」
「こらこら京介、悠先生はお仕事なんだから急かさないの」
「クンクンクン・・・ゆう先生から甘いにおいがする~」
「せんせい、おみやげ?」
「ああ、アルトの母君からだ。夕食が終わってから余裕があれば皆で頂くとしよう。恵、頼んだ」
「はい、後でみんなで分けますね」
「ゆうせんせい、ぼくがんばったよ?」
「ああ、そのようだな。偉いぞ始」
あちこち擦りむいた傷痕から始の努力を垣間見た悠が、始を片手で抱き上げた。
「わっ!? えへへ・・・」
恥ずかしそうにしながらも嫌がる素振りを見せない始に皆が羨ましそうな視線を向けた。
「おにいちゃん、めいも!!」
空いている方の腕に明が飛び付いて来たので、悠はタイミングよく明も抱き上げた。
「皆元気で何よりだ。食事の後で皆に伝える事もある、まずは広間に移るぞ」
「「「 はーい!!」」」
そうして悠は数日振りの平穏に戻ったのだった。
「いやぁ、それにしても流石はアニキ達ですね!! まさかドラゴンを狩ってくるなんて」
「本当ですよ、私達は付いて行かなくて良かったです・・・」
「2人共留守中はよくやってくれた。四六時中一緒に居る訳にはいかぬ俺としてはとても助かる」
食後、悠はビリーとミリーを労った。いつも一緒に居る事の出来ない悠としてはある程度の脅威に対抗出来る存在は非常にありがたい。だが、その感謝とは別に、悠は全員に向けて言わざる負えない事があった。
「それでは皆に言っておきたい事がある。全員静かに聞いてくれ」
悠が号令を掛けると、食後の歓談をしていた子供達は席に着き、悠へと注目を集めた。
「今回、俺はドラゴンを狩って来たが、その実力は予想を上回る物だった。・・・勿論、俺の手に余るという意味では無いが、もし俺が居ない間にここを襲われれば葵の結界では防ぎ切れんだろう」
悠はその意味が皆に伝わるまでに間を取って口に茶を含み、そして再び続けた。
「俺の知る限り、この世界でここより安全な場所は無い。しかし俺にはやるべき事があり、ずっとここにいる事は出来ん。まずはそれを理解して貰いたいと思う」
「・・・ゆうせんせい、助けてくれないの?」
「おい、はじめっ!!」
「だ、だって・・・」
危険な時に悠が側に居ないというのは子供達にとってとても恐ろしい事だった。前回は人間が相手だったので何とかなったが、それがドラゴンともなれば抗う術など無いだろう。
「無論、お前達が危機であれば俺はどこに居ても駆けつけるつもりではあるが、一瞬でこの場に帰るという訳にもいかん。早ければ数分だが、場所によっては数時間は掛かる事もあり得る。もし葵の結界を破れるレベルの相手ならば、とてもでは無いが俺が帰るまで守り切る事は出来ないだろう」
重い沈黙がその場を支配していた。皆自分達の安全が薄氷の上に築かれているのだと改めて思い知ったのだ。
「じ、じゃあ高ランクの冒険者を雇えば・・・」
ビリーがその重苦しい雰囲気を和らげようとして言ったが、逆に悠が尋ね返した。
「ビリー、お前はこの世界の冒険者をそこまで信じる事が出来るか?」
「うっ! ・・・そ、それは・・・」
冒険者が如何なる者か知るビリーは即答する事が出来なかった。
「お前やミリーの様に信じるに値する冒険者が居る事は知っている。だが、それ以上に危険な人間が多い事もまた知っている。ランクの高さが人間性を表す物でも無い。金と命を天秤に掛ければ、いざという時どれだけの者がここに残ってくれるだろうか?」
冒険者は聖人君子などでは無い。むしろどちらかと言えば荒事を生業にする者達だ。そういう者達が一番大切にするのは自分の命であって他の誰かでは無いのだ。
「俺が居続ける事も出来ず、さりとて他の誰かに任せる事も出来ないのであれば・・・お前達にどうにかして貰うしかない」
悠の言葉にミリーが反論した。
「ユウ兄さん、確かにここの皆は素晴らしい才能を持っています。・・・それでも無理です!! どうあっても数日で強くなる事は出来ません!! せめて2年、いえ、1年は訓練しないと・・・」
ミリーの言葉に子供達は悔しげな表情を作った。今自分達は精一杯やっているが、それでもまだ胸を張って強くなったと言えない事をもどかしく思っていた。
人は決して楽をして強くはなれない。例え高い魔力を持っていようが、常人離れした筋力を持っていようが関係無い。強くなるには地道な努力が必要なのだ。学び、覚え、実践し、積み上げる。それだけが本人の力となる。扱い切れない力は自らを滅ぼす諸刃の刃だ。
だから悠はミリーを見返して言った。
「ミリー、1年あれば強くなれるのだな?」
そう問い返されてミリーは一瞬言葉に詰まったが、悠が本気で問い掛けているとその目から悟って頷いた。
「・・・子供達の才能と努力を鑑みれば、必ず。・・・でもユウ兄さんは1年もこの場所で留まっている事は出来ないのでしょう?」
「出来ん」
短く答えた悠の言葉にミリーは眦を下げたが、悠は構わず先を続けた。
「だが、一日を1年にする事は出来る」
その言葉に驚いて、全員が悠の方を見た。
「最後の手段として考えていたが、レイラとも相談して決めた。だが、行うのは全員の承諾を得てからと考えている」
「そ、それは一体・・・」
《『竜ノ微睡』よ》
疑問の声を上げたビリーにレイラが答えた。
「・・・あの、『竜ノ微睡』とは何でしょう?」
《『竜ノ微睡』とは、一定の範囲内の時間を極端に遅らせる技術よ。悠が誰よりも強いのは、『竜ノ微睡』を繰り返す事で誰よりも長く修業を積み重ねたからに他ならないわ》
「「「!?」」」
驚きの超技術にしばらく誰も言葉が出なかったが、ふと気付いた樹里亜が手を上げて発言した。
「あ、あの・・・私には悠先生がそんなに年を取っている様には見えないのですが・・・?」
樹里亜の言う通り、悠は年齢と同じ容姿を持っている様にしか見えない。悠やレイラの言っている事が本当であれば、悠はもっと年上になっているはずである。
その疑問に答えたのはまたしてもレイラだった。
《いい所に気が付いたわね、ジュリア。悠は確かにまだ26歳よ。・・・「肉体的な年齢」は》
「肉体的な・・・年齢?」
《『竜ノ微睡』はある程度の設定が可能なの。肉体的には年を取らない様に物質体情報を固定して、技術だけを練磨する事も出来るわ。つまり年を取らずに学習する事も出来る訳ね》
「はぁ・・・」
頭では理解出来るが、現実としては実感出来ずに樹里亜は間の抜けた言葉を返す事しか出来なかった。
《でも精神体情報や星幽体情報を固定する事は出来ないの。それは思考の放棄を意味しているから。不可能なのでは無く、それを行うと冬眠しているのと変わらないのよね・・・つまり・・・》
そこで悠がレイラの言葉を継いだ。
「つまり、この世界では一日しか経っていなくても、『竜ノ微睡』の範囲内に居る者は1年精神的に年を取る事になる。しかも全員を連れて行くとなれば、物質体情報の固定までは竜気が回らん。つまり、真実一日で1年年を取るという事だ。・・・京介、始、朱音、神楽、明、俺の言っている意味が分かるか?」
悠は幼い子供達に今の話が理解出来たかどうかを問い掛けた。
「えっと・・・な、なんとか」
「よく分からないところもあるけど、少しわかりました・・・」
「・・・うん」
「一日で1年かぁ~・・・」
「めい、おっきくなるの?」
一番理解が及んでいない明に悠は答えた。
「そうだな。そしてそれは帰るまでの日が一年延びる事でもある」
実質的には一日しか経っていなくても、肉体的、精神的に1年を過ごすのであれば、それは悠の言っている通りだ。子供達は1年長く成長するのだから。全てのデメリットを隠さずに悠は話し終えた。
「これは全員の未来に関わって来る事だから、俺は決して強要はしない。誰か一人でも反対するのならこの話は無かった事にして、他の方法を探してみよう。だから一晩考え、話し合って結論を出してくれ。ビリー、ミリー、話し合いの間、子供達の事を頼む。アルトと俺は席を外そう」
一言も発しない一同の中から悠は立ち上がり、ビリーとミリーに託して広間から出て行った。その際、ドアから出る瞬間、悠の口が小さく動いた。
その言葉に気が付いたのは一番悠に近い場所に居たアルトだけだった。
悠の強さの秘密はこの『竜ノ微睡』による物です。デメリットも大きいので仲間の『竜騎士』すらこの事を伝えていませんが(プロテスタンスは知っていますが)、今回、どうしても必要に駆られて切り出しました。
次回からは子供達の反応に切り込んでいきます。




