5-6 凱旋6
「じゃ、帰ろうぜ、いい加減腹へっちまったよ」
「2人共、冒険者証を貸せ。明日刻印し直して返還しよう」
「ああ、頼んだ」
帰ろうとする悠達を呼び止め、アイオーンは冒険者証を預かった。
そこに外からノック音が響く。
「すみません、アイオーン様、入室してもよろしいでしょうか?」
「マリアンか、入れ」
「では失礼します」
部屋に入ったマリアンは開口一番、頭を下げて言った。
「申し訳ありませんが、素材の鑑定に時間が掛かりそうなので、支払いは明日に回して欲しいのですが・・・」
本当に申し訳無さそうに意見を述べるマリアンにアイオーンは怪訝そうな声で聞き返した。
「何故だ? 確かにそれなりに量はあろうが、お前が居ればそろそろ終わっていてもおかしくは無いはずだが?」
信頼を感じてマリアンの表情が崩れかけたが、周囲に他の者が居る事を思い出して表情を引き締めた。
「いい機会ですので、他のギルド職員にもドラゴンの素材の鑑定を教えておきたいのです。現状では私以外にドラゴンの素材を見た事がある者がおりませんので・・・」
マリアンの言葉に少し考えたアイオーンは悠達に尋ねた。
「済まんがそういう事で良いだろうか?」
「俺は別に明日でいいぜ?」「俺も構わん」
2人が了承したので、アイオーンもマリアンに頷きを返した。
「特に時間の掛かる物は買い取った後に改めて職員で研究しておけ。中にはアザリアの町の者に渡す分も含まれているから、明日までに済ませろ」
「了解しました!!」
ビッと背筋を伸ばして一礼し、マリアンは再び部屋の外へと出て行った。
「アザリアの町の者に渡す分っていうのは何だい?」
ローランは今出た話題について悠達を問い質した。
「アザリアのクエイドには随分と世話になったのでな、ドラゴンの素材の一部を礼として渡したのだ」
「そうだったのかい? それは随分とまぁ剛毅な事だね」
驚きながらもローランの思考は金銭の有効な使い道へと動き出していた。ローランも復興と新町長就任に関して纏まった額を渡すつもりなので、これを機にアザリアの町をもっと発展させる事を考えたのだ。ただある分の金銭を使い切ってしまうのは芸の無い事であり、為政者は手元にある金銭から更に金銭を生み出す様な政策を考えなければならない。
(それについては助言出来る人間を送るしかないかな? なるべくはクエイドの能力に期待したいけど、人格はともかく彼は政治については素人だからね・・・)
素早く算段を付けたローランは帰ったらその事を伝えようと決め、思考を中断した。
「さ、今日はこれまでにして、明日に備えるとしよう。明日はもっと忙しくなると分かっているのだからね」
ローランに促されて部屋を出た一行に、ギルド内の全ての視線が集中した。・・・正確には8割はベロウに対する物であったが。
「な、何だよ・・・?」
「バローさん、握手して下さい!!!」
思わず一歩退いたベロウに熱気高まる冒険者達の一人が前に出て、ベロウに頭を下げながら手を差し出した。
「あ、抜け駆けすんな!! バローさん、俺も!!!」
「あの、私も是非握手して欲しいんですけど・・・」
「待て待て、お前ら、まずは一杯奢らせて貰うのが筋だろ? ささ、バローさん、こちらへどうぞ!!」
次々差し出される手と言葉にベロウは混乱の極地に達していた。何故急に自分だけ英雄の様な扱いを受けているのだろうか?
その答えは視線の先で楽器を爪弾く一人の詩人にあった。
「ヤハハ、今晩は。バローさんのお蔭でワタクシ、一躍有名人でございますよ」
「て、テメェはアザリアの吟遊詩人!? ローラン、様の所に居るはずじゃ!?」
思わず素でローランと呼ぼうとして慌てて付け加えたベロウだったが、何とかギリギリで礼儀を通し切った。吟遊詩人ハリハリはそれに構わず酒を一口含む。
「・・・うん、良い酒です。あ、話し合いはまだ続いておりますが、ワタクシの仕事は終わりましたので、こちらの酒場でバローさんのご活躍を一語りさせて頂いたのですよ。お蔭で良い稼ぎになりました」
その言葉にベロウの足から力が抜けた。せっかく話が広まる前に悠とアイオーンを巻き込もうとした計画がガラガラと脳内で音を立てて崩れ落ちていく。
「お、俺の計画が・・・」
虚ろな目をしたベロウが冒険者に引っ張られて連行されていった。もし地球出身者が居れば売られていく子牛の歌が脳内に流れたかもしれない。
「バローは忙しそうだから、私達だけ帰ろうか、ユウ?」
「それがよろしいかと」
冒険者の目が自分に向く前に、悠とローランはベロウを生贄に差し出して冒険者ギルドを後にしたのだった。
「お帰りなさい、父さま、ユウ先生!!」
すっかり日も落ちてから帰った2人を、旅装に着替えたアルトが出迎えた。が、一人足りない事に気付いてキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「あれ? バロー先生はどうしたんですか?」
「今回の冒険談を聞きたがる冒険者達に捕まってしまってな。今日はこちらに泊まるらしい」
細部は違うのだが、どうせそうなる未来なら構わないだろう。
「そうですか、残念ですね・・・」
心から残念そうに言うアルトを眩しく思ってローランはそっと目を逸らせた。
「そういう訳だから、今日はユウと2人で行ってきなさい。・・・あ、でももう日が落ちてしまったね。馬で行くにしても夜道では・・・」
そこまでは気が回らなかったローランだったが、それは悠が請け負った。
「大丈夫だ、俺に考えがある。心配はいらんよ」
「そうかい? それなら任せるよ。アルト、ご迷惑をお掛けしない様にね?」
「はい、分かりました父さま!」
「では俺達は行くが――」
「ああ、良かった、まだいらっしゃいましたね?」
そこに廊下の奥からミレニアが手に大きめの包みを持ってやって来た。
「ミレニア、大事はないか?」
「ええ、ユウさん、お陰様で元気に過ごさせて頂いていますわ」
《私が一緒に居るんだもの、当然よ》
「まぁ、ライラったら」
穏やかに笑うミレニアに悠が問い掛けた。
「ライラとは?」
「同じレイラさんの名前ではどちらの事か分からないのでこう呼ぶ事にしたんです」
《そういう事。よろしくね、ユウ、レイラ》
「そうか、よろしくな」
《よろしくね、ライラ。と言っても殆ど私と同じだけど》
挨拶を済ませる悠にミレニアが包みを手渡した。
「子供達へのお土産のお菓子です。お口に合えば良いのですけれど・・・」
「これは痛み入る。少々立て込んでいて土産を買う時間が無かったのでな、子供達も喜ぶだろう」
受け取りながら悠は素直な感謝と共に頭を下げた。
「皆さんにもよろしくお伝え下さい。アルトをお願いします」
ローランとミレニアに見送られ、悠とアルトは街の外へと出掛けたのであった。
月の美しい夜であった。
基本的に夜の鐘(午後6時)以降は街への出入りは制限されるのがこの世界の常識であるが、それも相手によるのもまた常識である。
幸いにも悠の事は知れ渡っており、更には街の統治者であるフェルゼニアス家の時期当主であるアルトが一緒にいて通れない場所などこの街には無かった。
暗い夜道の出発を心配されはしたが、何しろ悠はドラゴンとも渡り合う冒険者である。しかも魔物の出現頻度も激減しており、大丈夫だと言葉を重ねるアルトに警備兵達は遂に許可を出したのだった。
「シロンが居ればもっと早く説得出来たんですけど・・・」
「いや、シロンなら逆に自分も護衛につくと言って付いて来たかもしれんぞ?」
その予測はいかにも有り得そうに思えたのでアルトは笑い声を上げた。
今2人は手を繋いで一条の光を頼りに暗い道を歩いている。その光はアルトの手にする棒状の魔道具から発光しており、おそらく『光源』の魔法と同等の効果を秘めているのだと思われる。
「でもユウ先生、どうするんですか? 僕はこのまま歩いて行くのでも構いませんけど・・・?」
「いや、それもいいが皆を待たせているからな。今日は近道をする」
「近道?」
疑問符を浮かべるアルトがどういう事かを首を捻っていると、フェルゼンからはもう見えない事を確認して悠は『竜騎士』へと変身した。
「わっ!? き、急にどうしたんですか!?」
「アルト、今日は飛んでいくぞ。俺の腰に掴まれ」
「え!? や、やった!! 僕、一度飛んでみたかったんです!!」
最初は戸惑ったアルトだったが、悠の言葉に大喜びして魔道具をしまい、後ろから悠の腰に抱き付いた。
本当はアルトを横抱きにして飛んでいこうと思っていた悠だったが、前にベロウに諭された事を思い出して今回は自分に跨らせる事にしたのだった。
「浮かび上がったら俺の腰の上に乗れ。結界で保護はするが、しっかりと俺の体を掴んでいろよ?」
「はい!!」
悠はそのまま少しずつ浮かび上がり、1メートルほど上昇した所で態勢を水平に切り替えた。その動きに合わせてアルトも移動し、丁度馬に乗る様な姿勢で悠に跨った。
「・・・あの、何だかユウ先生に失礼な気が・・・」
「気にするな。そろそろ動くぞ」
今更ながらに恐縮するアルトに悠は気にしない様に告げ、そのまま夜空を駆け上がって行く。
「うわぁ・・・!!!」
アルトは夜の故郷の風景に感嘆の声を上げた。月のある晩であったお蔭で淡く照らされる地上の様子を見る事も出来る。
「ユウ先生凄いです!! わぁ、フェルゼンだ!! キレイだな・・・」
悠は飛びながらチラリとアルトを振り返った。その感動を隠さない横顔は、悠に一人のエルフを思い出させた。
「知っているか、アルト? エルフも人と同じ様に景色を見て美しいと思うらしいぞ?」
「え!? せ、先生はエルフに会った事があるんですか!? こ、怖くありませんでした?」
「価値観が凝り固まってはいたが、同じ知恵ある生き物同士だ。怖くなどないさ」
「そうなんだ・・・僕、知りませんでした」
空を舞いながら、アルトは悠の言葉に耳を傾けていた。満天の星空と月光だけがそれを見ている。
「アルト、世界は広いぞ。こうして空を飛んでいるとよく分かる。何十年後かには人間と他の種族が混じり合って暮らしているかもしれん。彼らは大きな意味で言えば我らと変わらない、この広い世界の隣人なのだ」
「・・・ずっと昔のお伽話で読んだ事があります。人間、エルフ、ドワーフ、獣人、それに魔族までもが一緒に旅をするお話を。最初は皆仲が悪いんですけど、困難を乗り越えていく内に段々仲良くなっていく話なんです。僕は大好きな話なんですけど、国では有害図書になっていて・・・」
アルトは眦を下げて悲しそうな顔で言った。
「作者の人の名前すら伝わっていないんです。でも、そんな世界を夢見ていた人が居たんです。・・・今、ユウ先生の話を聞いて、思い出しました・・・」
2人の下を青い世界が流れていく。
「もしかしたら、それはお伽話などでは無いかもしれんぞ? 遥か昔には境界など無く、普通に皆混じり合って暮らしていたのかもしれん」
「・・・そうかもしれません・・・いえ、きっとそうですよ! だって、世界のどこにも誰かが決めた線なんて書いて無いんですもん!! ・・・ユウ先生はこういう景色を見ているからこそ、偏見が無いのかもしれませんね・・・」
アルトは目に焼き付ける様に流れゆく下界の姿を見つめ続けた。その目には薄らと涙が浮かんでいる。
「アルト、よく覚えておけ。お前の様な立場に居る人間は、きっとお前を縛ろうとする者達が現れる。彼らは常識、慣例、義務、責任をお題目に掲げ、お前を雁字搦めにしようとするだろう」
悠はアルトに静かに語り掛けた。心を解き放った今だからこそ、アルトに聞いて貰いたかったのだ。
「だがアルト、お前の体は縛れても、お前の心は何者にも縛る事は出来ない。それが例えローランや俺であろうとも。空に境が無い様に、人の心にも限界など無い。・・・お前はどこまでも自由なのだ。忘れるなよ」
「・・・! はい!! この月に誓って!!」
アルトはとても大切な事を悠が言っている事を悟り、目元を拭ってハッキリと悠に返事を返した。
――アルトはこの晩の事を終生忘れる事は無かった。
ハリハリのお蔭で(せいで)ベロウが有名になりました。ちなみにミーノスでは悠の方が有名で、フェルゼンではベロウの方が有名という構図になります。
そしてアルトと夜の空中デート。・・・と書いてもいいんじゃ無いのかなーなんて思ったり思わなかったり。




