5-5 凱旋5
悠達がギルドの中に入ると、ギルド内に満ちていた喧騒がピタリと止み、代わりにヒソヒソと囁く声がギルド内を満たした。
「おい、ありゃあ例の・・・」
「ああ、間違いねえ。『戦塵』の2人だ」
「スゲェな、アイオーンギルド長とフェルゼニアス公爵様が一緒なのに全然取り乱してねぇや」
「俺も入れてくれないかな、『戦塵』に・・・」
「馬鹿、アンタなんかが入ったら次の日にゃ死んでるわよ」
チラチラと視線を送って来る冒険者達を尻目に悠達はカウンターに向けて歩いて行くと、そこに奥からマリアンが笑みを浮かべてやって来た。
「アイオーンギルド長!! ご無事のお帰り、お待ちしておりました!!」
「騒ぐなマリアン。それにまずは公爵にご挨拶をしろ」
アイオーンの言葉に自分の失態を悟ったマリアンは慌てて後ろに居たローランに頭を下げた。弁護しておくが、マリアンは決してローランを軽んじていたのではない。単に先頭に居たアイオーンしか目に入らなかっただけだ。
「も、申し訳ございません、ローラン様!!」
「いやいや、気にしないでくれたまえ」
そう言いつつもローランも苦笑気味だ。相手がローランだったからこそ穏便に済ませているが、もしこれが他の貴族であれば一悶着あった事は疑いの余地が無い。自分が上位者だと思っている者ほど軽んじられる事に耐性が無いのだから。
「なぁマリアン、『戦塵』って何だ?」
耳聡く冒険者の話を聞いていたベロウがぞんざいに尋ねた。マリアンはアイオーンとの話を邪魔されて不快そうな表情を一瞬浮かべたが、アイオーンが目を細めると慌てて質問に答えた。
「あ、あなた方のパーティーの名前ではないのですか? 有名ですよ、『戦塵』のユウとバローと言えば、ミーノスでもフェルゼンでも今や知らぬ者の居ない、破竹の勢いの冒険者だと」
「はぁ?」
ベロウは横に居る悠を見たが、悠は申請ではパーティー名は白紙で提出したので心当たりは無かった。
「なんでも、2人が通った後は塵しか残ってないとか、行った場所が戦塵に塗れるとか、そういった事が由来だと聞きましたが・・・?」
「え、縁起でもねぇ名前を勝手に付けやがって・・・!」
「怒るな、有名人にはありがちな俗称という物だ。それよりマリアン、依頼の達成報告と買取の査定を頼む。かなりあるから手分けして行え。ユウ、貴様の分も出せ」
「ああ、頼む」
「はい、了解しました!」
憤るベロウを余所に、アイオーンは荷物をマリアンに渡し、そのまま執務室を目指した。
「量が量ですので、査定にはそれなりの時間が掛かりましょう。待つ時間も無駄ですから、先に中へどうぞ」
「ならば先に始めていようか。アルトも待っている事だしね」
そうして一行は執務室の中に入って行った。
さて、大騒ぎになったのはそのすぐ後の事である。
「お、おい、何だよこの量・・・。ほ、本当に3人だけでこんなに狩ったのか!?」
アイオーンが手渡した『冒険鞄』の中には魔物の討伐部位や素材が山の様に入っていた。それだけならまだしも、奥から出て来た素材に職員の口から掛け値無しの悲鳴が上がった。
「うわあああああああああああッ!!!!!」
「ど、どうした! あ、あああああああッ!!!!!」
「何を騒いでいるの? ・・・!!! こ、これはっ!?」
そこから出て来たのはドラゴンの素材の数々であった。何故か鱗が無いが、それ以外の目や角、牙、肉、皮、爪、血といった素材の数々は、殆どの職員が知識としてしか知らない物だ。
「ま、まさかギルド長達、ど、ど、ドラゴンを狩って来たんです・・・か?」
「これだけの魔物を狩りながらドラゴンまで!? し、信じられん・・・」
「・・・これは私が査定するしかないわね。全員を集めなさい!! いい機会だからドラゴンの素材の鑑定を教えておくわ!!」
「「「は、はい!!」」」
実は倒した魔物の半分以上は打ち捨てて来たなどとは露にも思わず、職員達は真剣な眼差しでマリアンに答えた。
その言葉が聞こえて来た冒険者達もまた俄かに騒がしくなり始めた。
「おい!! ど、ドラゴンだってよ!? たった3人でドラゴンを狩りやがった!!!」
「嘘だろ・・・信じらんねぇ・・・」
「俺らとは住む世界が違うぜ、マジで・・・」
「一体どんな戦いだったんだ? 誰か知ってる奴は居ないのかよ!!」
その時、色めき立つ冒険者達によく響く声が掛けられた。
「ワタクシが知っていますよ。宜しければお聞かせしましょうか?」
一斉に振り向いた冒険者達の視線の先に現れたのは帽子を目深く被った一人の吟遊詩人だった。言うまでもない事だが、彼はアザリアの町でベロウの語りにBGMを付けていた吟遊詩人である。
「あ、アンタは?」
「ワタクシはアザリアの町に住んでいるしがない吟遊詩人ですよ。でも、もしかしたら有名になるかもしれませんね、この新しい英雄の一幕を語る事で」
そう言って詩人は楽器を爪弾いた。
「ぜ、是非とも聞かせてくれ!! 金は払うよ!!」
「お、俺もだ!!」
「私は一杯奢るから聞かせて!!」
詩人は肩を竦めて冒険者達の中心まで歩いて行き、被っていた帽子を逆さまにしてテーブルの上に置き、側の椅子に腰掛けた。その顔がそれなりに整っている事もあって、冒険者達の顔に期待の色が浮かんだ。
「お聞きしたい方は幾らでも構いませんので、この帽子にお捻りをお願い致します。ワタクシも商売ですので悪しからず」
気障な仕草で肩を竦める詩人の帽子に次々と冒険者達からお捻りが投じられ、瞬く間にその帽子は硬貨で一杯になった。酒も瓶ごと林立し、テーブルを埋めていく。
「重畳重畳、それでは始めましょうか。詩人ハリハリが語る新たな英雄譚をご堪能下さいませ・・・」
・・・こうして後の世にまで語り継がれる事になる一代英雄譚、『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)バローの冒険』が日の目を見る事になったのだった。本人のあずかり知らぬ内に。
「馬鹿に騒がしいな、俺達の事を肴に盛り上がってやがるのか?」
「荷物の中にドラゴンの素材が混じっていたから、それを見つけて騒いでいるのだろう。我らは我らの仕事に掛かるぞ」
「自分だけ」が酒の肴にされているとは夢にも思わず、バローは訝しげにドアの方を見たが、アイオーンはサッサと『伝心の水晶球』を起動させてミーノス冒険者ギルドを呼び出した。
《・・・・・・はい、こちらミーノス冒険者ギルドです。アイオーン様、どの様なご用件でしょうか?》
「サロメか? コロッサスはどうした?」
《・・・何度も脱走してアザリア山脈へ向かおうとしましたので、執務室の椅子に縛り付けてあります。用件でしたら私から――》
《ふんぬっ!!!》
サロメが後ろから聞こえて来たブチブチという音にうんざりした表情を一瞬浮かべて会話を途中で止めた。
《・・・お代わりになるそうです。・・・次は鎖にしないと駄目ですね・・・》
小さいが恐ろしい内容を口にしながら水晶球から消えたサロメの代わりに、コロッサスが水晶球に浮かび上がった。
《よう、待たせたな!! で、早速聞かせてくれるんだろ?》
子供の様に目をキラキラとさせて話をせがむコロッサスにアイオーンは冷たく言い放った。
「悪いが緊急事態だ。掻い摘んで説明するから黙って聞け」
面食らうコロッサスに構わず、アイオーンはこれまでの経緯をコロッサスに語った。エルフ、ドラゴン、戦争と聞く内に、コロッサスの顔が難しい物へと変化していく。
《・・・大体は把握した。確かに急を要する事態だ。サロメ、お前は城に行って今の話を伝えて来い。エルフの事は抜きにしてな》
《了解しました。簡単に書類を作りますからギルド長の印をお願いします》
《おう。・・・それとアイオーンが危惧してる通りだ。少なくともここ以外の3ヶ所で魔物の暴走が起きてやがる。ミーノスとアライアット、ノースハイア、そして小国群のど真ん中辺りだな》
「やはりか・・・」
アイオーンが危惧した通り、人間国家の全ての場所で魔物の暴走が起きている様であった。
《幸いミーノスはお前らが倒したお蔭で鎮静に向かいつつあるが、他はまだ駄目だな。特に小国群はヤバイ。下手すりゃ国が落ちる。そうなる前に併合を願い出るだろうが・・・》
「ギルド本部は?」
冒険者ギルドは小国群の一つに本部を置いていた。他の3大国に本部を置かなかったのは、大きな権力と物理的にも距離を置きたいという意図からだ。
《あそこは中心からは大分外れてるから大丈夫らしい。それにあそこには守り手がついてるからな》
「む、ヒストリアか」
《ああ、『奈落の申し子ヒストリア』だ。アイツがいりゃあ本部は落ちねぇよ。・・・誰も近寄れないけどな》
謎めいた呟きを残してコロッサスは話題を他の国へと移した。
《アライアットにはイカレ野郎のバルバドスが居るし、ノースハイアも世界最大の大国だ。そっちの二つは何とかなるだろう》
アイオーンはその予測に頷きを返して態度を改めてコロッサスに言った。
「では本題だ。コロッサス、私と戦え」
《・・・・・・突然脈絡も無く何言ってんだお前?》
「それは俺から説明しよう」
全く予想外の話に混乱するコロッサスに、悠が事の次第を話した。
《勝手な真似をしやがって!! 俺は嫌だぞ!!》
当然の如く怒りを露わにするコロッサスだったが、悠は交換条件を突き付けた。
「無論タダでとは言わん。・・・見た所随分とサロメに絞られている様だが?」
《うぐっ! そ、それがなんだってんだ!?》
指摘されたコロッサスん顔に動揺が走った。
「手合わせを受けるなら、近い内に高ランクの魔物討伐へ連れ出してやる。それでどうだ?」
《なっ!? ほ、本当か!? 嘘だったら許さねぇぞ!?》
「嘘は言わん。どうする?」
《し、仕方ねぇな、やってやるよ。日時は後で伝えるぜ? っと、そろそろ魔力が切れそうだ、また連絡する!!》
「上機嫌」で通信を終えたコロッサスを見て、ベロウが悠に呆れた顔を見せた。
「お前も随分交渉上手になったじゃねぇか、ユウ?」
「さて、近くに良い見本が居るからだと思うが?」
「おいおい、酷い事言われてるぜ、ローラン?」
「間違い無く君の事だよ、バロー?」
笑顔で擦り付け合う醜い大人達を余所に、アイオーンだけは瞳に闘志を滲ませて最早何も映っていない水晶球を見つめ続けていた。
最後のアイオーンとの温度差が酷いです。
余談も余談ですが、最近このサイトが重くて重くて執筆が大変です。書いている皆さんは平気なんですかね?




