5-4 凱旋4
「エルフの事は今すぐという訳では無いとして、問題はドラゴンだね・・・」
ローランを一番悩ませたのは逃げ帰ったドラゴンであった。ドラゴンが龍王の意志の下に徒党を組んで攻め入る様な事があれば、間違い無くミーノスは陥落するだろう。
が、その意見を悠が否定した。
「そうはなるまい。斥候を放つという事は、未だドラゴン達は準備段階という事だ。それが撃退されたとあれば、今しばらくは手を出しては来んよ。俺の軍人としての経験からの予測ではあるがな」
悠が懸念しているのはむしろサイサリスの激発であった。
「ただ、逃げ帰ったサイサリスは俺やバロー、アイオーンを狙ってくるかもしれん。去り際のヤツの目は憎悪一色だった」
「や、やめろよ、俺だけじゃ絶対勝てねぇんだぞ!!」
ベロウは青くなり、アイオーンは好戦的な色を目に浮かべたが、悠は少し考えて自分の意見を訂正した。
「いや、恐らくサイサリスは誰よりもこの俺を狙って来るからそう心配はいらんだろうな・・・」
《・・・そうね》
これまで口を開いていなかったレイラも悠のその言葉を肯定した。サイサリスのスフィーロへの想いは悠もレイラも疑う余地の無い物だったからだ。
(愛の言葉が縛鎖となるか。業の深い事だ・・・)
(今ならサイサリスの気持ちが分からなくも無いわね・・・)
それぞれ物思いに耽る悠とレイラに疑問符を浮かべながらも、ローランは為政者として対策を怠る訳にはいかなかった。
「まぁ、もしドラゴンがやって来たら対応出来るのは今ここに居る4人だけだと思う。今の段階ではとてもじゃ無いがそれ以外の対応は無理だよ。国に報告はするけれど、ドラゴンと戦えるのは一騎当千の強者だけだからね・・・」
「一つ宜しいですか、ローラン様」
思い悩むローランにアイオーンが声を掛けた。
「なんだい? 他にもまだ懸念があるのかな?」
「はい」
雰囲気を軽くしようとしてワザと砕けた口調で尋ね返したローランの言葉にアイオーンは即答した。それを見てローランもこれからの話が軽い話題では無いと気を引き締め直した。
「私が懸念しているのは・・・ドラゴンの斥候が放たれたのはここだけでは無いのではないかという事です」
アイオーンの発言の重大さを理解し、ローランの顔が苦く顰められた。
「・・・すると何かい? アイオーンは他の領地にもドラゴンが派遣されたのではないかと言っているのかい?」
「然り」
短い答えであったが、内容は決して軽い物ではなかった。
「そもそもエルフの領地を超えて斥候が放たれたという事は、彼らの狙いが人間の土地にある事は明白。ならばフェルゼニアス領やミーノスのみならず、アライアットやノースハイアすら派遣されている可能性があります。この後ギルドに戻って各ギルド長に確認しますが、同じ様な魔物の襲撃事件が確認されているならば、その可能性は大であると思われます」
アイオーンが語り終えると、室内を重い沈黙が支配した。それはドラゴン対人間という絶望的な戦争の可能性を示唆するものに他ならない。
「・・・すぐでは無いにしても、ドラゴンは人間を攻めるつもりなのか?」
絞り出す様なローランの言葉に力は無い。それは人間の絶滅と同義であるから。
「そうなれば人の歴史はこれまでとなりましょう。『龍殺し』ですら生き残れますまい・・・」
「一体何を目的に・・・いや、そんな事を考えても仕方が無い。とにかく何か対策を・・・」
「案ずるな」
浮足立つ一同に悠が告げた。
「そうなれば俺が龍王を討つ。力で支配される集団であるならそれで瓦解しよう」
「い、いくらお前でも出来るのかよ、ユウ!?」
代表して尋ねるベロウも複雑な表情をしていた。悠の強さは知っていても、相手が龍王ともなればいつもの様に無条件で信じるという訳にはいかなかった。
「その様な者を除くのも俺がこの世界に来た意義の一つだ。だからやる、それだけだ」
ナナの依頼には世界を滅亡に導く者の排除も含まれている。それが龍王だというのなら、悠としては避けて通る事の出来ない相手だった。
「当面はアイオーンに確認をとって国内の治安を守るのが良かろう。斥候からの報告で人間侮り難しとドラゴンが考えれば侵略の足も鈍ろうというもの。出来ればある程度は斥候は排除しておきたい所ではあるな」
ドラゴン・・・というより龍との戦闘経験が豊富にある悠の意見に室内の一同は頷きを返した。
「ならば私達は出来る限り国内の治安維持に努めるのが人の身としての限界だね。アイオーンの杞憂であって欲しいけど・・・」
トラブルには事欠かない悠の姿が目に入り、ローランはそっと視線を外した。とてもそう楽な方に進むとは思えなかったのだ。
「どうも難しい時代に生まれついたみたいだよ。これも神のご意志なのか・・・」
「時代や神が動乱を求めようとも、決めるのはその世界に住む者達だ。目に見えぬものを憂慮しても仕方あるまい。それに神は動乱なぞ望んではおらんよ」
「君は揺るがないね、ユウ。私にはまだとてもそこまでは割り切れないよ」
そう言いつつもローランの目には決意の光が宿っていた。子供達の未来の為にも退く訳には行かないのだ。
「だけどそうも言っていられないみたいだ。子供が生まれたばかりではあるけど、また王都近い内に行かなければならないだろうね。ユウ、バロー、一応いつでも出発出来るように準備だけはしておいてくれ」
「心得た」「分かったぜ」
2人の了承を見届けたアイオーンがローランに声を掛けた。
「では詳細はギルドにて詰める事にしましょう。最低限今日やってしまわなければならない事は済ませておかなければ」
「冒険者証の更新は明日でいいよな?」
「構わん。だが各地の情報収集と今回の事件の報告については至急情報を回さなければならない」
「ああ、緊急を要する案件だからね。私もコロッサスに頼んで至急王宮に情報を渡して貰いたい。ただ、エルフについては今は伏せておいて貰えるかな?」
「確かに今はまだ時期尚早ですな。コロッサスにだけ話を通しておきましょう」
「助かるよ、アイオーン。ではアラン、私はちょっと出掛けてくるから留守を頼む。アザリアの皆にも何か出してやってくれ」
そう言って席を立ったローランにアランは恭しく頭を下げて答えた。
「畏まりました。既に馬車を待たせております」
「流石アラン、仕事が早いね。頼んだよ」
アランの手際に満足そうな笑みを浮かべてローランと一行は部屋を後にしようとドアを開くと、そこにはアルトが待ち構えていた。
「お帰りなさい、ユウ先生、バロー先生、アイオーンギルド長!! ・・・お話は終わりましたか?」
「悪いがアルト、私達はこれからギルドに行かなければならないんだ。遅くなるかもしれないから、食事は済ませておきなさい」
「え? ・・・あ、はい・・・」
萎れるという表現がピタリと嵌る様子でアルトは肩を落とした。その後ろ手には自分の剣があり、悠とバローの帰りを待ちわびていた事を如実に物語っている。それでも子供らしい我儘を言わずに大人しく引き下がるアルトの姿は大人達の胸に罪悪感を齎した。
そんなアルトの頭に悠が手を乗せて言った。
「もしアルトが待てるのなら今日は俺の家で食べるか? 何なら泊まって行けばいい」
「え!? ぜ、是非!! ・・・あっ、父様、か、構わないでしょうか?」
思わず満面の笑みで即答してしまったアルトは、恐る恐るローランに上目遣いで許可を願った。
「ユウ、いいのかい? 君も疲れているんじゃ・・・?」
親として一応の遠慮を入れてから尋ねたローランに悠は気にしない様に言葉を重ねた。
「今日はただ移動しただけだ、疲れてなどおらんさ」
「それならばお願いするよ。これからしばらくは忙しくてアルトに構ってあげられそうに無いのでね。せめてもの息抜きをさせてやっておくれ」
「分かった。アルト、準備をして待っていてくれ。後で迎えに来よう」
「分かりました! お待ちしています!!」
アルトは元気に答えて礼儀を守るギリギリの速度で自分の部屋へと早歩きで去って行った。
「さ、面倒な事はサッサと済ませてしまおう。・・・大人は辛いね」
ローランの言葉はその場の大人の心の声の代弁であり、全員の顔に苦い笑みが浮かんだのだった。
大人は忙しいものですが、子供にはそんな理屈は分かりません。いい子のアルトだってたまには我儘の一つも言いたいのです。
普段我慢している分、報われて欲しいなと思っています。




