5-3 凱旋3
広間で皆に茶を振る舞いながら、ローランはアザリアの住民の話に耳を傾けていた。
「・・・と、いう訳で私達は町の事を大事になさってくれていたクエイドさんに町長の代行をお願いした次第でありまして・・・」
住民の代表として弁の立つ吟遊詩人の男が事の顛末を詳細にローランへと語っていった。
隣に座っているクエイドなどは青い顔をしながら脂汗を大量に流している。勝手に町長の代理を立てるなどといった行為は下手をすれば反逆の意図ありと見做されかねない行為であり、反逆罪は問答無用で死刑である。状況次第ではここに居る全員が明日には首を括っているかもしれないのだ。
そんな悲壮な覚悟を浮かべた顔をしたクエイドの負担を軽減してやろうとベロウはローランに口添えをした。
「付け加えて言うならば、クエイド様を町長代理に推したのは私です。どうぞ寛大なご処置を賜れますようお願い申し上げます」
静かに頭を下げるベロウにアザリアの住民達の好意的な視線が注がれた。彼らの中で高まっていたベロウの株が更に上がっていったが、ローランも正確にベロウの意図を見抜いて口を開いた。
「事情は分かりました。アザリアに私への反逆の意図が無い事も承知しています。ただ、困りましたね・・・」
ローランが悩ましい「フリ」をし、喜びかけたアザリアの住民達が食い付いた。
「や、やはり問題が!?」
「ええ、大問題です。・・・今、アザリアに派遣出来る代わりの町長候補が居ないのですよ。さて、どうしたものか・・・」
そんなローランに声を掛けたのは後ろで控えるアランであった。
「ならばローラン様、このままクエイド殿を正式に町長として任命しては如何でしょうか? 「不幸にも」前町長の御子息は行方不明という事ですし、幸いにもクエイド殿は善良な人格と町を守り続けた確かな実績、そして人望をお持ちのご様子。これ以上の人材には私は心当たりは御座いません」
アランの言葉を聞いて、さも良い提案を受けたとでもいうかの様な風でローランは顔を綻ばせた。
「なるほど!! どうだろうクエイド、私を助けてはくれないかね?」
この様にローランに言われてはクエイドに断る術などありはしなかった。
「さ、才無き身には過大なご期待かと存じますが、私などで良いのでしたら粉骨砕身、力を尽くさせて頂きます!」
こうしてクエイドは正式にアザリア町長として就任する事になったのだった。
町長としての仕事のレクチャーや書類上の手続きが必要という理由でアザリアの一行は別の応接室へと移動していった。その仕事は別の者に任せたので、今応接室に残っているのはいつもの面々のみである。
「さ、説明してくれよアラン」
裏事情を匂わせていたアランに対してベロウが質問すると、アランは頷いて語り出した。
「はい。・・・実は今回の件が無くてもアザリアの町長は替えるつもりだったのですよ」
アランの答えにベロウは眉を動かしたが、まだ説明が終わっていないと見て黙って先を待った。
「前町長のハモンドは子飼いの者達を使ってアザリア山脈で資源の調達をしていました。そしてそれを秘密裏に他領へと売り捌いて私腹を肥やしていたのです。偶然見かけた者の証言やハモンドの金銭の動きを調べた結果がここに纏めてあります」
ベロウが驚いた顔でその書類を受け取ると、町で上がる税収を誤魔化した程度では到底足りない額が詳細に記されていた。
「その様な行為はローラン様への裏切りであり、更にもしエルフに見つかれば新たな戦争の引き金になりかねません。今エルフがこちらに不干渉なのは、ひとえにローラン様がアザリア山脈の資源に手を出していない事が大きいですからね。大負けに負けて・・・死刑ですな」
本来なら町だけで無く、領地や国すら危うくしかねないハモンドの行為は一族郎党全員死刑といった所であるので、アランのいう通り大負けに負けて死刑なのだ。
「なんだよ、あの町長、俺達が何もしなくてももう終わってやがったのか?」
無駄な労力を使ったと嘆くベロウを慰める様にアランが笑みを浮かべながら続けた。
「いえいえ、私共も派遣する為の人材について悩んでいた所ですから、バロー様の推挙して下さったクエイド様は渡りに船で御座いました。下手に有能な人材を送り込むと左遷と捉えられかねません。ですのでバロー様があの町を守る意志の強い人間を探して下さったのは本当に助かりました。ありがとう御座います」
そう言って頭を下げるアランにベロウは手を振って答えた。
「俺は適当な人間を見繕っただけだよ」
そんな事を言いつつもベロウの顔は少し赤くなっている。割と照れ易い性格なのだ。
「さて、アザリアの町の話はこの位でいいかい? そろそろ本命の話を聞きたいんだが・・・」
「おう、ちょっと長い話になるぜ? まずはだな・・・」
悠とアイオーンはベロウに説明を任せて所々で補足するに留めた。それだけベロウの話す内容がよく纏まっている証拠であって、決してベロウに説明を押し付けている訳では無い・・・と思われる。
全てを聞いたローランは大きく溜息を付きながら目と目の間を揉み解した。
「やれやれ、どうもユウとバローが一緒だと事件が大きくなる気がしてならないね。ドラゴンの斥候? エルフの王女? どちらか一方でも私の手に余るよ」
ローランが愚痴を零すのも仕方が無い。苦心してエルフとの相互不干渉を貫く事で領地の安寧を守って来たローランにとって、エルフの王女など間違っても接触したい相手では無かったのだ。それに加えてドラゴンとくれば、ローランの許容値を完全にオーバーしていた。
「ナターリア、姫とはユウが交渉して連絡用の魔道具を貰ったらしいぜ? 『伝心の指輪』だっけか?」
「ああ、これだ」
悠は懐から精緻な細工の施されている指輪を取り出した。
「ナターリア姫は礼の準備が出来たらこれで連絡して来るらしい。また、もしエルフが人間と交渉する気があるのならこれで伝えてくれと言っておいた。そう上手く事が運ぶとは思えんがな・・・」
「仮に、万が一交渉出来るとしても、せめてこの国の王位が次代に継承されてからにして欲しいね。ルーファウス様ならもしかしたら話に乗って下さるかもしれないが、現王にそんな事を勧めたら私は売国奴として処刑されかねないよ」
嫌そうにローランが首を振った。例えミーノスの大貴族といえど、ローランが勝手にエルフと交渉などを持ったとしたら、他人の目にはエルフと通じている裏切り者にしか見えないだろう。エルフの力を借りて国を乗っ取るつもりかと攻められる口実にされかねない。そして現王ルーアンは猜疑心の強い人間であった。必ずや何らかの疑いを掛けて来るだろう。
「そういう事情なら出来るだけ早くユウとルーファウス様との面会を予定した方がいいね。第二王子派がちょっかいを掛けてきそうだけど、四の五の言ってはいられないな」
ローランは顎に手を当てて思考をフル回転させていた。そしてハッと気付いた様にベロウを見てニヤリと顔を歪めた。
「・・・ローラン、今お前悪い事考えてるだろ?」
その笑みに悪寒を感じたベロウが嫌そうに尋ねると、ローランは一層笑みを深くしてベロウに答えた。
「悪い事? とんでもない、凄くいい事さ!! 見つかったんだよ、面会の理由がね」
「一応聞くけど、どんな理由だ?」
ベロウには薄々ローランの言いたい事が分かったが、念の為にもう一度尋ねてみた。
「バロー、君は新たに『龍殺し(ドラゴンスレイヤー)』になったんだってね? 新たな『龍殺し』ともなれば殿下に紹介してもおかしくは無いんだよ。私の友人にしてランクⅧ(エイス)の冒険者、『龍殺し』バローとなれば資格は整う。いやー、いい時期に手柄を立ててくれたね、バロー?」
ローランの言葉の途中からベロウはテーブルに突っ伏していた。どうにもドラゴンを退治してから碌な事が無い。これはきっとドラゴンの呪いに違いないと半ば迷信的な考えに現実逃避していたのだった。
「だから俺だけの力で倒したんじゃねぇんだと何度言ったら・・・」
「で、話を戻すけど、ユウ、ナターリア姫の人品はどうだった?」
ベロウの呟きをさっくり無視してローランが悠に問い掛けた。
「根は素直で真面目な者だと思う。が、最初は尊大かつ傲慢で交渉の余地は無かったな。護衛の者も同じだ。交渉に漕ぎ付けるには相当な意識改革が必要だろう」
「ふむ・・・ナターリア姫が意識改革出来たのは良い事だけれど、流石に私達にはエルフの代替わりをのんびり待つ様な寿命は無いね。出来るなら私が存命の内に子供達には平和な世界を遺してあげたいものだけど・・・」
「ならば女王を説得するしか道はあるまいよ」
さらりと爆弾発言をする悠にローランは溜息を付いた。
「ユウ、それが出来れば苦労はしないよ? 大体どうやってアリーシア女王と面会する気だい?」
「ナターリア姫に頼むか、俺が直接出向けばよかろう。そうでなくてもナターリアが動けば必ずや監視も共にやってくる。今回の様にな」
「絶対ウチの領内では止めてくれよ、ユウ? 万一ユウとアリーシア女王が戦闘にでもなったりしたら一帯が焦土になりかねないからね?」
「心得ている。俺からは手は出さん」
そこはかとなく不安を感じさせる悠の返答に、ローランはもう一度溜息を付いた。




