5-2 凱旋2
昼の鐘(正午)と夜の鐘(午後6時)の丁度間に当たる時間になる頃には、一行は無事フェルゼンに到着した。勿論一行を迎えるのは警備隊長のシロンである。
「おお! お帰りなさいませ!! ご無事で何よりです!!」
「相変わらずお前さんは熱いヤツだな。今帰ったぜ。首尾も上々だ」
シロンの熱い口調と視線に苦笑しながら、ベロウは事の次第を簡潔に話してローランへの先触れを頼み、シロンもそれを受けて部下をローランの居城へと走らせた。
「それにしても流石ですね、バロー様!! まさかドラゴンまで退治してしまわれるとは!!」
「様は止めろっつったろ? そもそもドラゴンを退治したのはだな・・・」
尊敬の眼差しで見つめるシロンを牽制して、ベロウは早速シロンに事態の真相を明かそうとしたが、戻って来たシロンの部下によって遮られた。
「報告します! 途中でフェルゼニアス公爵様の使者殿にお会いしましたのでお連れしました!」
「お帰りなさいませ、皆様。お迎えに上がりました」
そう言って腰を折って優雅に頭を下げるのはフェルゼニアス家執事長であるアランであった。
「これはこれはアラン殿、ご足労を」
人前であるので、ベロウの口調も猫を被った物になった。
「いえいえ、我が主人も首を長くして皆様のお帰りをお待ちです。・・・ところでそちらはアザリアの町の方々とお見受けしますが?」
街に入る手続きをするクエイドを見たアランが疑問の顔で問うて来たので、ベロウが事情の説明を行った。
「実はアザリアの町で少々トラブルに巻き込まれてしまいましてね、臨時で町長を代行して頂いている駐留隊の隊長であるクエイド様をお連れしました。詳しい話はローラン様に直接行いたいのですが・・・?」
「く、く、クエイドと申します!!」
様付けで呼ばれる事など無いクエイドが慌てて走り寄って来てアランに向けて深々と頭を下げた。
「なるほど、そうで御座いましたか。・・・それは都合が良い」
「は?」
楽しげに語るアランの言葉の後半は小さくてクエイドには聞き取れなかったが、アランは手を振ってそれを流した。
「いえ、何でもご御座いませんよ。では皆様にも同行して頂きましょう。我らの後に付いて来て頂けますか?」
「り、了解です!!」
思わず兵士らしく敬礼したクエイドを微笑ましく見やってから馬車へと向かうアランにベロウが小声で声を掛けた。
「おい、都合がいいってのはどういう意味なんだ?」
「ここは人目がありますから、詳しくは我らだけになった時にお話ししましょう」
「あいよ」
人前で出来ない話である事を察したベロウがあっさりと引き下がり、自分の馬へと戻って行った。
「お連れの皆さんの身柄もアラン殿が保証してくれましたので、これで結構です。・・・時間のある時に是非一手ご指南下さい、バロー様」
「だから様は止めろよ。尻がむず痒くなってくらぁ」
「ですが、仮にも『龍殺し』の英雄を私ごときが尊称も無く呼ぶのは・・・」
「いいから止めてくれ。それにだな、本当の所は・・・」
「行くぞバロー、ローラン様をお待たせする事は出来ん」
「・・・チッ、また今度な、シロン」
既に動き出した一行に混じる悠にそう言われて、ベロウは渋々説明を諦めた。
「はい、バロー殿」
深々と頭を下げるシロンに不安を感じはしたが、遅れる訳にも行かないベロウは馬を引いて歩き出した。ちなみに街中での騎乗は緊急時を除いて禁止されている。
小さくなる一行を見つめるシロンに部下達が話し掛けて来た。
「それにしても凄いっスね、隊長。ドラゴンとやりあって五体満足で帰って来るなんて」
「ああ、本当だな。私もいつかはその様な手合いと戦ってみたいとは思うが、まだまだ未熟だからな。バロー殿には是非ご指南を仰ぎたいものだ・・・」
「ドラゴンの首を一刀の下に叩き落とすなんざ、まるでお伽話の英雄みたいですねぇ・・・」
いつの間にかしっかりベロウがドラゴンを倒したという話で纏まっていて、更にその警備兵の会話が一般の市民達にも漏れ聞こえ、その日の内に街を駆け巡ろうとは流石のベロウも予想出来ないのだった。
「やぁ、お帰り。大方の話はミレニアから聞いているよ」
居城に着いて玄関を潜った一同に、開口一番、ローランが労いの言葉を投げかけた。
「ただいま戻りました、ローラン様」
悠がそう口上を述べた事で、ローランもこの場に自分達以外の第三者が居る事を悟り、表情を多少改める。
「ふむ・・・誰を連れて来たんだい?」
「はい、アザリアの町で少々諍いがあり、臨時の町長を代行なさって下さった駐留隊のクエイド様をお連れしました。事の次第は直接彼らにお聞きして頂ければと存じます」
「く、くえ、クエイドと申します、閣下!!」
アランと出会った時よりも更に緊張を募らせてクエイドは直角を超えたお辞儀をローランに対して行った。先代の時ですら遠くから見る事が精々で、今代のローランにしても就任の際の領内の挨拶回りの時に出会って以来10年振り位に顔を合わせるのだ。緊張をしないというのは無理な相談だった。
しかし、ローランは気さくに笑いながらクエイドに声を掛けた。
「久しぶりですね、クエイド。あなたの勤務振りは私の耳に届いていますよ。いつの間にか髭まで生やして貫禄がつきましたね?」
ローランの言葉を聞いたクエイドはバッと顔を上げて呟いた。
「わ、私などを覚えておいででしたか、閣下?」
「勿論ですとも。私がアザリア方面を任せておけるのもあなたの様な勤勉な兵士が居ればこそですから。今回の事も苦労を掛けましたね。足りない物資や資金の話がありましたら言って下さい。力になりましょう」
「は、ははーっ!!」
クエイドは感動のあまりその場で平伏して頭を下げた。共に来たアザリアの一行もローランの言葉に打ち震え、クエイドに倣ってその場に平伏し始める。
「頭を上げて下さい。詳しい話は広間で聞きましょう」
慈悲深い領主の姿にアザリアの者達は忠誠心を新たにしながらその場に立ち上がった。ローランの人心掌握術の手並みは鮮やかという他に無い。
「積もる話もあるでしょうが、まずはアザリアの町の者の話を聞かせて貰うよ。構わないね、ユウ?」
「ローラン様の仰せのままに」
悠もその流れを邪魔せずにローランに向かって頭を下げる。感情が揺れない悠が行うと嘘臭い演技の様には見えないのが利点かもしれない。
アザリアの町の者達は恐縮しながらも顔を綻ばせてその後に続いて行った。
皆猫を被ってます。人はいかに外面しか見ていないかという皮肉も含んでますが。




