1-18 質問提起2
志津香ご褒美回。
街を抜けて皇居に辿り着いた悠は門の横の詰め所に行き、受付の軍人に用件を述べた。
「神崎竜将である。夜に打ち合わせをする予定なのだが、聞いているか?」
「ハッ、伺っております、一応、身分証明をお願いします」
「了解した」
悠は懐から軍の身分証明書を提示し、受付の軍人に尋ねた。
「もう皆集まっているか?」
「いえ、予定では午後7時より、第三会議室でとなっております。今いらっしゃるのは皇帝陛下と西城秘書官のみであります・・・はい、確認が取れました。どうぞお通り下さい。案内はお付けしますか?」
「不要だ。感謝する」
手短に答えて悠は身分証明書を受け取り、そのまま門に向かって歩き出した。
「開門!」
受付の軍人が声を掛けると、目の前の門が徐々に開き出す。悠は門が開き切る前に皇居の中に足を踏み入れた。
門を通り抜けてしばらく歩いていると、向こうから誰かがこちらに歩み寄ってきた。受付から悠の到着を知らされた朱理だ。
「こんばんは、神崎竜将。お早いご到着ですね?」
「ああ、真田竜将からは夜としか伺っていなかったのでな。ところで陛下は?」
「皇帝陛下は第三(会議室)の控え室にて待機されております。政務をされながら皆様をお待ちするとの事で、集まり次第本題に入る予定です」
こうした公的な場面、特に人目のある場所では、朱理はデキる女としての仮面を被っていて、男女問わず軍人達の憧れの的である。短く切っている髪の影響や中性的な容貌と相まって、さながら男装の麗人といった風情が漂っていた。
「では自分は第二の控え室で待たせて頂こうか」
「いえ、陛下も朝からの激務で少々お疲れだと思います。ですので、神崎竜将からも少し休むように進言し奉っては頂けませんか? 私が進言しましても、陛下は中々お休みになりませんから。どうか、陛下の為にもお願い致します」
真摯に頭を下げている朱理に、さすがに悠もこれを断るのは難しいと考え、了承の意を告げた。
「了解した。自分からも陛下にご進言奉ろう。ご無理が祟ってはいかん」
朱理は100%表情に出さないまま、しめた! と心の中でガッツポーズをした。悠と志津香が二人っきりになる機会など、そうそうあるものでは無い。この機会に、少しでも二人の仲が深まれば・・・そう考えた朱理は、他の竜騎士達の到着を可能な限り遅らせようと、思考回路を高速で回転させるのだった。
「では控え室の前まではご一緒させて頂きます。私も少々雑務を残しておりますので、陛下の護衛はその間、神崎竜将にお任せしますね」
護衛とはいっても、皇居にいる時の志津香の護衛などはほぼ必要の無い物だった。そもそもここまで龍の進撃を許す前に竜騎士達が死力を尽くして止めるであろうし、ここまで攻め込まれたら、戦う前に逃げる事を考える。皇居には万一を考えた脱出ルートが多数用意されているのだ。
しかし悠は生真面目にその言を受け取った。
「了解した。秘書官が来るまで自分がその任を受け取ろう」
そして二人は連れ立って控え室に向かって歩き出した。
「では、神崎竜将、私はこれにて」
「ああ、精勤ご苦労」
悠と朱理は互いに敬礼し合うと、朱理はそのまま足早にその場を立ち去った。
悠は第三の控え室の扉の前に立ち、軽くノックをして声を掛けた。
「皇帝陛下、神崎竜将であります。ご入室をご許可願えますでしょうか?」
10秒ほど待ってみたが、中から返事は無い。
もう一度悠は、少しだけノックの音を強めて中に向かって声を掛けた。
「皇帝陛下、神崎竜将であります。ご入室をご許可願えますでしょうか?」
更に10秒ほど待ってみたが、やはり中からの返事は無い。不審に思った悠の脳裏に、先ほどの朱理との会話が思い起こされた。
(いえ、陛下も朝からの激務で少々お疲れだと思います。ですので、神崎竜将からも少し休むように進言し奉っては頂けませんか? 私が進言しましても、陛下は中々お休みになりませんから)
もしやご体調を崩されたのではあるまいかと思い、悠はレイラに声を掛けた。
「レイラ、今室内には陛下はいらっしゃるか?」
《シヅカかどうかは分からないけれど、誰かが部屋に居るのは確かね。・・・でも、動いていないみたい》
その言葉に不安を感じ、悠は許可を貰っていないが室内に踏み込む覚悟をした。
「止むを得まい、出来れば西城に任せたかったが、忙しいようだからな」
そう言って、一応もう一度声を掛けてから悠はドアノブを捻った。
「失礼します、神崎竜将、入室致します」
そして室内に踏み込むと、志津香が机に書類をばら撒いたまま突っ伏していた。
「陛下!?」
急いで悠は志津香の下に駆け寄った。志津香の目は閉じられていて、少なくとも苦しそうには見えない。悠は一言断りを入れてから、志津香の額に手を当てた。同時に、レイラにも診察を頼む。
「失礼します。レイラ」
《了解よ。・・・・・・・・・》
レイラは注意深く志津香の体を確かめたが、やがて安堵の気配と共に答えた。
《大丈夫、ちょっと眠っているだけよ。多分、疲れたんでしょうね。シュリの言っていた通り休むのが苦手そうだから》
その言葉に悠もほっと息を吐き出した。確かに手から伝わってくる体温には特に異常は感じられなかった。特にその熱に執着するでもなく、悠は手を離した。
「しかし、お休みするとしても、この体勢はよろしく無いな。レイラ、周囲に誰か居るか?」
これ以上不躾に志津香の体に触れる事が躊躇われて、悠は近くに居るならば侍女にそれを任せようと思ったのだが、生憎レイラの答えは否だった。
《んー・・・駄目ね、この辺には誰も居ないわ。悠が運ぶしか無いわね》
「そうか・・・」
無表情だが、どこか途方に暮れたような気配を感じないでも無い悠だったが、軍人らしく素早く切り替えて悠は志津香を起こさない様に、優しくその体を、俗に言う『お姫様だっこ』で抱き上げた。確かに志津香はお姫様の様な者ではあるが。
足音も物音も立てずにソファーまで辿り着くと、悠は枕になる物と体に掛ける物を探したが、控え室と言えど枕と毛布は常備してはいない。仕方無く、悠は自分の軍服の上着を脱いで志津香に掛ける事にしたが、枕の代わりが見つからない。尻の下に引く薄いクッションに皇帝の頭を乗せるのはさすがに憚られた。
なので悠はソファーに志津香を横たえると、自分もソファーに掛けて、その膝の上に志津香の頭を乗せ、上着を脱いで志津香の体に被せた。
そして、志津香が目を覚ますまで、目を閉じて周囲の気配に注意を払い続けたのだった。
ほんとに残念な子だよこの娘は・・・
次回の展開が透けて見えそうですが、そこはご容赦下さい。
次回「志津香!後ろ後ろ!!」です。