閑話 掛け違いの清算
この章は割と乙女成分多めの話で纏まっていたのに、ここに来てグロです。微グロでは無くグロです。読まなくても本編にはあまり影響しないので、苦手な人は飛ばして下さい。
ちなみにこれで第四章完結です。
時は悠達の出発の前日に遡る。
アザリアの町の北門には朝早くから10人前後の男達が集まっていた。そして門の前でその中の一人が兵士の格好をした人間を口汚く罵っている。
「どこへ行こうが俺達の勝手だろうが!! お前が夜は危ねぇっていうからわざわざ朝まで待ってやったんだぞ俺は!!」
その兵士の格好をした人物は前日に住民に支持されて町長代理となったクエイドだった。もう一方は住民に非難されて町長になり損ねたシモンだ。
クエイドは昨夜、夜に町を出ようとするシモン達を何とか説得して町に留まらせたのだが、それならばとシモンは冒険者にも声を掛け、人数を増やして朝早くに出直して来たのだ。
「せめて調査が済むまでは待った方がいい。今はこの辺りには魔物は見えないが、ここから離れたら襲われてしまうかもしれない。いくら冒険者を雇ったとはいえ危険だよ」
クエイドの言う事は全くもって正論であったが、時に正論は何よりも人を激昂させる事がある。それが今の状態であった。
「そんな事を言ってなし崩し的に町長に収まる気だろ!!」
「たまたま選ばれたからってもう町長面か? 本当は前々から狙っていたんだろうが!!」
「俺達を止めるのも町長の椅子を惜しんでるだけだ!!」
「違う!! 俺はただ・・・!」
クエイドは飛んでくる罵声の中で何とか思い留まる様に語り続けたが、誰もクエイドの話に耳を傾けようとはしなかった。説得の言葉も尽きた頃、シモンが全員を代表して改めて宣言した。
「そういう事で俺達は行くぜ? 領主様に訴えれば、必ずや俺を町長に指名して下さるに違いない。それまでお前は残り少ない町長の椅子の座り心地を楽しんでおくんだな!! 次は牢獄かもしれねぇんだからよ!!」
クエイドの胸を突き飛ばし、シモンと取り巻き、そして護衛の冒険者達は勝手に門を開いて次々と町の外へと出て行った。
全員が出て行った後、残されたクエイドは部下に命じて門を閉じさせた。
「はぁ・・・どうしてあと少しを待てないのだ・・・」
肩を落とすクエイドを部下の兵士達が労った。
「いいじゃないですか、クエイドさん、あんな奴ら居ない方が町が静かになりますよ」
「そうです、出て行きたいって言うんなら出て行かせればいいんです。今の領主様はそんなに酷い裁定を下すとは思えません」
「いざとなったら俺達が言ってやりますよ!! 「ウチの町長になにしやがる!!」ってね」
「お前達・・・心配をかけてスマンな」
部下の温かい言葉に励まされたクエイドはようやくささくれ立った心が落ち着き、顔に笑みが戻って来た。
「そうだな・・・俺が暗い顔をしていても始まらんか。・・・よし、アイオーンギルド長達が帰って来るまでしっかりと町を守るぞ!!」
「「「おお!!」」」
クエイドはそれを見届け、町の中心へと歩き出した。が、最後にもう一度だけ背後の門を振り返った。
(シモンも・・・あの子も昔はああでは無かった。多少ヤンチャではあったが、同年代の子供達を引き連れては町を闊歩していたものだ。門番をしていた俺の所に来ては自分の武勇譚を語っていたっけか・・・それが今はどうだ? あの子があんな風に育ってしまったのは俺達大人の責任では無いのか・・・?)
今更言っても詮無い事だと、クエイドは首を振って回想を追い払った。既に2人の道はすれ違い、もう2度と交わる事は無いのだ。
しかし、もし自分がこの町の舵取りを任せられるのなら、子供が心身ともに健やかに暮らしていける町にしようとクエイドは誓った。それが一時の事だとしても、何かしら種を植える事位は出来るかもしれない。
再び歩き出したクエイドの歩みにはもう迷いは無かった。
「なんだ、町から離れたって全然魔物なんて居ねぇじゃねぇか。もうとっくに収まってたんじゃねぇのか?」
シモンの強気の言葉に取り巻き達は賛同し、また口々に悠達やクエイドの悪口を言い始めた。町の防衛に加わっていない彼らは、魔物の恐ろしさなど知らないのだ。
旅程が順調だった事もそれに拍車を掛けた。出発してから2時間、殆ど魔物に襲われなかったのだ。これくらいの襲撃なら普通に移動している時と変わらない程度でしか無い。
シモンや取り巻きのみならず、冒険者達もすっかり油断し切っていた。元々ランクの低い冒険者ではあったが、シモン達と一緒に居る事でその油断までもが冒険者達に伝染してしまっていたのだ。
――破局は唐突に訪れた。
唸りを上げる棒状の物が回転しつつ林の中から飛んで来ても、それに反応出来る者は誰一人として存在しなかった。
それは先頭を歩いていた冒険者達の左から右へとそのまま通り過ぎた。・・・途中に居る冒険者達に悲鳴を上げる間も無く薙ぎ払って。
「・・・・・・え?」
急に消失した冒険者達の事をシモン達が認識するまでに実に10秒近くの時間を費やした。それが彼らの死への秒針を更に早回しにする。
脳が事態の把握を拒んでいる内に、今度は後ろの方を歩いていた取り巻き達が棒状の物に吹き飛ばされた。その衝撃で飛んで来た血がシモンにバシャリと叩き付けられ、鼻先の血の匂いがシモンを正気に――あるいは現実に引き戻した。
「う、う、うおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「な、なんなんだ!? なんなんだよぉ!!!」
「あ、足が!! お、俺の足があああああああああっ!!!」
あっという間に3人だけになったシモンが飛行物が飛んで来た方向に目を向けると、木の高さと同じ身長を持った、巨大な人影が存在していた。
「じ、ジャイアント(巨人)!? な、なんでこんな所に!?」
それは自分達が長年暮らしたアザリアの町での恐怖の代名詞であるジャイアントに他ならなかった。恐らく獲物が近付くのを待ち、手にした棍棒を投げ付けて来たのだろう。ジャイアントの足元にはまだ数本の作ったばかりと思われる棍棒が残されていた。
ジャイアントはある程度獲物を仕留めたと判断したのか、棍棒を持って林から出ると、一路シモン達を目指して歩み寄って来た。
このジャイアントは悠の作った結界を嫌ってここまで流れて来た、いわばはぐれジャイアントであったが、そんな事はシモン達には何の慰めにもならなかったに違いない。
歩いていると言っても巨大なジャイアントの一歩は人間とは桁が違う。子供の全速力に近い速度で近付くジャイアントに対し、シモン達が取った策は逃げる事だった。
「逃げるぞ!!!」
「わ、分かった!!!」
生き残りの取り巻きの一人はすぐにそれに続いたが、もう一人は先ほどの棍棒の投擲で足を酷く痛めていて逃げる事は出来なかった。
「ま、待ってくれぇ!!! あ、あし、足が折れてんだ!!! お、俺も連れて行ってくれ!!!」
そんな取り巻きの悲痛な叫びをシモンともう一人は無視し、全速力でその場を離れていく。やがて前方に森に近い林が見えると、2人は即座にそこに逃げ込もうとした。
「くっ、来るな!! 来るんじゃねぇ!!! ムグッ!?」
後ろから置いて来た男の叫びが聞こえて来て、思わず2人が振り返ると、そこには両足と頭をそれぞれジャイアントに掴まれてもがく男の姿があった。
「・・・!! ・・・!!!」
自由になる手だけで必死の抵抗を試みる男だったが、ジャイアントの手は小動もしなかった。そしてジャイアントはそのまま男を自らの頭上に持って行き・・・千切った。
「うげぇぇぇぇええッ!!!」
「オェェェェエエッ!!!」
それを見た2人はその場で嘔吐した。ジャイアントは千切った男から流れ出る血を大きな口を上げて上手そうに嚥下していた。更に流れ出る血が少なかったのか、両手に力を込めて男の分かれた上半身と下半身を果実の様に絞った。
ジャイアントの両手の中から何かが砕ける異様な音が周囲に響き、新たな紅の糸が指の隙間から溢れ出す。ついでとばかりに垂れて来た腸を麺を啜る様に口内に吸い込んでいく。
2人は嘔吐しながらも林の中へと飛び込んだ。これ以上見ては心が破壊されてしまうと本能が察していたのだ。
だが、シモン達の受難はまだ終わってなど居なかった。
「ひぃ、ひぃ、うぷっ・・・はぁ、ひぃ、ヒグッ!?」
シモンの後ろを走っていた男の首筋に深く牙が突き立てられていた。その痛みと気道を締め上げる圧迫感に男は無茶苦茶に暴れるが、首を絞める牙は暴れるほどに深く突き立ち、見る見る間に男の上半身を朱に染め上げていく。
「あがっ!? はがっ!!! あ゛っ!?」
「ひ、ヒィィィィイイイ!!!」
男の首を絞める者の正体はフォレストウルフ(森林狼)である。2人は恐ろしい魔物から逃れる為に、別の恐ろしい魔物の領域へと踏み込んでしまっていたのだ。
フォレストウルフに声帯を破壊された男は虚ろな目でシモンを見ていた。最後の力を振り絞って伸ばされた手に、更に横合いから別のフォレストウルフが飛び込んで来て、その手に噛み付いた。それを契機に何匹ものフォレストウルフが出現し、男の体の至る所に牙を突き立てていく。一度大きく痙攣して動かなくなった男をフォレストウルフ達は引き裂き、そして柔らかい部分から喰らっていった。
「あは・・・ははははは」
シモンは既に逃げる事など出来ずにその場にへたり込んでいた。股間からは異臭がする湯気が立ち、何故か笑いがこみ上げる口元からは吐瀉物の一部と涎が零れている。
そんなシモンの耳元に生暖かい吐息が吹きかけられた。もうここまで来れば子供でも分かる。振り向いたシモンの耳元に、一際大きなフォレストウルフが殺意に濡れる瞳でそこに鎮座していた。
(何でだ・・・何でこんな事になっちまったんだ? 俺は町長の息子なんだぞ!? それがなんでこんな所で死ななきゃならない!?)
シモンが思考する間にもフォレストウルフの口は近付き、やがて大きな口をゆっくりと開くと、そのままゆっくりシモンの首に噛り付いた。
「あ、アガアアアアアアアッ!?」
徐々に強くなっていく痛みにシモンは慌ててフォレストウルフの口を押さえたが、碌に鍛えてもいない男の腕力ではその進行を止める事は出来なかった。
自らの喉が噛み潰されていき、次第に麻痺する痛みの中、シモンはこれまでの人生が通り過ぎるのを感じていた。
(・・・ガキの頃は楽しかった・・・俺が何をしても大人はオヤジにビビって怒ったりはしなかった。あの小さな町で俺は王様だったんだ。・・・そういえば、よく仕事中の、門番に話をしに、行ったっけ? あれ、誰だったっけな・・・?)
失血で意識を半ば消失させつつ、シモンは必死に頭を働かせていた。そして遂にその解答に行き当たった。
(そうだ、クエイドさんだ!! 一回、だけ、槍を・・・勝手に持って・・・怒られ、たっけ? ・・・俺、どこ、で、間違っ、たのか・・・な? クエイドさ)
思考の最後まで辿り着く前に、シモンの首が噛み潰されてあらぬ方向を向いて断ち切られた。光を失ったシモンの肉を、フォレストウルフが引き裂いていく。
――掛け違ったボタンを直す時間は既に遠い昔に過ぎ去ってしまって戻らなかった。
ラストの閑話が後味悪い感じですいません。でも一応顛末を書いておかないと私の後味が悪いもので。ご容赦願います。




