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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第四章 新天地探索編
242/1111

4-50 帰路1

前半が乙女成分多めです。何故か力が入りました。

ダンジョンの外は既に日が傾き始めていた。ベロウやアイオーンは今日中に町に戻るべく下山を開始していたので姿は見えない。


「ナターリア、エルフの里はどの方角だ?」


「ここより更に南だが・・・どうするつもりなのだ、ユウ?」


「言っただろう、飛んでいくと。失礼するぞ」


疑問符を浮かべるナターリアを置き去りにして、悠はナターリアを横抱きにして持ち上げた。


「わっ!? に、にゃにを!?」


「あまり暴れるな、危ないぞ」


突然抱き上げられて混乱の極みにあるナターリアの視界が徐々に高くなっていく。


「え!? わ、わぁ!! 飛んでる!! ユウ、飛んでいるぞ!!」


「ああ」


自分が飛んでいるという現実に羞恥も恐怖も忘れてナターリアは悠の首に手を絡めた。


山頂から眺める景色よりも更に素晴らしい絶景にナターリアの目がキラキラと輝いている。


「あ、ユウ! あれはバローとアイオーンじゃないか?」


「ああ、そうだな」


ナターリアが指を指す遥か下方に米粒の様な人影が動いているのが見えた。


「ハハ! 小さいな、ユウ! そして世界は大きいな!!」


「ああ、大きいな。そして美しいな」


「ああ・・・美しい。とても美しい・・・」


ナターリアはこの旅で初めて年相応の素直な表情で悠の言葉を繰り返していた。そして世界を美しいと言った悠の顔を見てほんのりと頬を染める。


「そろそろ動き出すぞ」


「あ! ま、待ってくれ! もう少し、もう少しだけこの景色を目に焼き付けさせてくれ!!」


ナターリアは悠の腕の中でバタバタと慌てて懇願した。悠は声に出さず、小さく頷いてゆっくりとその場を旋回した。


(何と多くの出来事があった日だろう・・・。私がこの先どれだけ長く生きたとしても、今日以上に感動する日はきっと無いに違いない。仲間を失い、ただのエルフ扱いされ、ドラゴン退治に同行して、そして今空を飛んでいる!! そして、そして・・・)


自分の体に伝わる悠の熱にナターリアの体の芯が熱くなった。その手は自分の唇に触れている。


(エルフは身持ちが固いのだぞ? 口付けの意味を分かっているのか、ユウ?)


きっと悠は分かっていないだろう。いや、分かっていても命が懸かっているならば躊躇う様な男ではあるまいと、付き合いの浅いナターリアにも確信出来た。


ナターリアは悠の出自も冒険者をやっている理由も何も知らない。悠が『竜騎士』である事も。それでもナターリアには何となく悠がこの世界の者では無いのではないかと思えた。こうして悠の手の内に抱かれていると、その思いはより一層深まっていったのだ。


(聞けば答えてくれる気がする。・・・でも、聞いたらそれっきりになる様な気もする。呼べばどこに居ても来てくれる気がするが、世界中を探しても会えない気もする。・・・何故だろう、ユウから目が離せない・・)


ナターリアは自分が神話の世界に紛れ込み、その登場人物になった様な気持ちを覚えていた。その想像は、神話の英雄の隣に自分を落書きした様な気恥ずかしさを齎した。


(馬鹿な・・・。お伽話はもうとっくに卒業したはずだ。現実の英雄は神話の英雄とは違う。私達は地に足を付けて生きるただの生き物でしかない・・・でも、それならば・・・自在に宙を舞い、ドラゴンを討ち果たすユウは何なのだ? ・・・聞かせて欲しい、ユウの話を。・・・聞いて欲しい、私の話を)


ナターリアはいつしか景色では無く悠を見つめ続けていた。広く切り取られた世界の中で、自分と悠だけが居るという思いがナターリアの目を逸らさせなかった。


不意に、悠もナターリアを見た。兜越しであっても、何故か悠が自分を見つめているとナターリアには理解出来た。


「ユウ・・・お前はそこに居るか?」


「ああ、俺はここに居る、ナターリア」


言葉を交わせる事が奇跡の様に思えて、何故かナターリアは泣けて来た。涙が頬を伝い、雫となって遥か下界へと落ちていった。


「帰ろう、ユウ。もう、帰ろう・・・」


「・・・ああ。離すなよ、ナターリア」


胸の中で泣き続けるナターリアから視線を逸らし、悠はゆっくりと南に向けて動き出した。景色とナターリアの涙を置き去りにして。








それから15分ほど飛んだ所でナターリアが悠を制止した。


「ユウ、この辺りでいい。これ以上は緩衝地を超えてしまう。ここまでくれば大丈夫だ」


「そうか、では降りるぞ」


ナターリアの声に従って、悠は地面へと降下していった。少し先の方に街の様な物が見えるが、恐らくあれがエルフの里なのだろう。


地面に降りた悠がナターリアをそっと地面に立たせた。


「色々あったが、私には忘れられない経験になった。この礼は必ずするから、『伝心の指輪』を手放すなよ?」


「分かっている。・・・ナターリア、色々言いたい事はあろうが、一つだけ言っておく。俺の目的は世界を少しだけマシにする事だ。それは人間だけの世界を作る事では無く、特定種族に肩入れする物でも無い。全ての種族が他の種族を尊重し、この世界の良き隣人として暮らして行く事だ」


悠の言葉にナターリアは驚きの表情を作った。


「そ、そんな事が出来る訳が無い! エルフのみならず、人間だって他の種族と交流すら持とうとはしていないではないか!? 絶対に不可能だ!!」


「俺はそうは思わない。言葉が通じ、意思が通じるのならきっと繋がる事は出来る。例えそれが最初は細い糸の様な物であっても、いつかは切れない絆となると俺は信じている。・・・それにナターリア、お前は我々と繋いだではないか。今も人族を前と同じ様に下等な生物だと思っているか?」


「!」


悠の言葉にナターリアの否定の言葉が止まった。そうなのだ、確かに自分はもう人族がただの下等な生物だとは思ってはいない。ベロウの剣の冴えには思わず声を上げたし、アイオーンの魔法戦闘術はエルフのそれと比べても遜色が無いと唸らせられた。そして目の前の悠には・・・


「最初から仲良くしろと言われても難しいのは分かっている。だから、俺は少しずつでもこの世界に生きる者達の溝を埋めていこうと思う。例え底の見えない深淵だからといって積む事を諦めては溝は終生埋まるまい。だから、誰もやらないのなら俺がやる。それだけだ」


「・・・」


兜を上げた悠の目に、ナターリアは不退転の意志を見た。全てを飲み込む苛烈さを持ちながらも、それは全てを包み込む穏やかさもまた感じさせたのだ。


「隣国のミーノス、特にフェルゼンに居るフェルゼニアス公爵は穏健派だ。先代は随分とエルフ領にもちょっかいを出した様だが、ここしばらくはそれも途絶えているだろう? もしエルフに和平の話があるのなら、俺に伝えてくれ。俺が繋ぎを付ける。・・・もしその意図が無くても、俺からエルフの国に行くかもしれん。その時まで俺の事を秘密にしてくれるのなら礼など無くても構わん」


「・・・エルフの国を攻めるという意味ではあるまいな?」


悠が来るかもしれないという事にナターリアの胸が一瞬弾んだが、エルフの女王の長子としてその意図を尋ねない訳にはいかなかった。その事がナターリアの胸の内を小さく苛む。


「先ほども言った通り、俺は人間だけの世界を目指しているのでは無い。人間でも下種には容赦はせんし、エルフでも良き者には幸せを掴んで貰いたいと思う。ナターリア、お前は今、この世界を見て幸せに暮らしている者の方が多いと思うか?」


「・・・私は恵まれた環境に育ったから分からないが・・・悠の語った様な戦場が世界中にあるのだとすれば、それは幸せな世界とは言えまいな・・・」


「戦争など実に下らん。多少の地面を奪い合って勝っただの負けただのなど、ただの戯言だ。それによって失われる物に比べれば塵芥に過ぎん」


悠の火を吐く様な言葉にナターリアは言葉を返せない。戦場を知らぬナターリアには返すべき言葉が無かった。


「エルフの寿命は長いと聞く。もし今の御世でそれが成らないにしても、いつかナターリアが王位を継ぐやもしれん。その時には、今俺と交わした言葉を思い出して欲しい。世界は、生物は繋がる事が出来るのだと」


真っ直ぐに見つめて来る悠の瞳を見つめ返して、ナターリアは小さく頷いた。


「・・・分かった。私も今の言葉は忘れぬ。いつかエルフの民に話そう。人族とエルフが共に戦った、この戦いの事を。そこに居た世界を繋ぐ意志を持ったドラゴンの騎士が居た事を」


「我らは味方するドラゴンをドラゴンとは呼ばぬ。リュウだ。『竜騎士』と呼んでくれ」


「リュウ・・・『竜騎士』・・・か」


忘れない様に呟くナターリアの目の前に、悠の小指が差し出された。


「ナターリア、約束だ。遠き地の人族は、小指を小指を繋いで誓約を成す」


「まじないか? フフ、良かろう」


悠とナターリアが小指を繋ぎ、悠の口から言葉が漏れる。


「指切りげんまん嘘付いたら針千本のーます、指切った」


「怖いな人族は!? これでは呪いでは無いか!?」


慌てて悠から手を離したナターリアに、悠はいつも通りの無表情で告げる。


「ただの慣習だ。もっとも、俺は違える気も無いが」


「全く貴様は・・・! ・・・ク、ククク、アハハハハ!!」


そのギャップがおかしくて、ナターリアは体をくの字に折って笑い続けた。


「ハハハ・・・ふぅ・・・行くのか、ユウ?」


「ああ、行く。さらばだ、ナターリア。エルフの国の王女よ」


それを別れの契機とみなし、悠の体が宙に浮き上がって行く。


「さらばだ、ユウ。・・・遠い国の人族の『竜騎士』よ」


見上げるナターリアの首の角度が限界に達した所で悠は北へと飛び去って行った。その速度は先ほどとは比べ物にならず、見る見る間に空の彼方に小さくなって行き、やがて見えなくなった。


「さらばだ・・・そして、また会おう」


ナターリアもその場から身を翻した。その顔からは旅立つ前の険が取れ、清々しい物が新たに宿った様に見えたのだった。

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