4-49 VSドラゴン8
「し、死ぬかと思った・・・」
スフィーロの姿が見えなくなると、ベロウはその場に五体投地して崩れ落ちた。スフィーロほどでは無いにせよ、サイサリスも十分にベロウの手に余る相手だったのだ。
「次はもう少し気の入った奴と手を合わせたいものだ」
槍を振って血を払うアイオーンの顔は所々流血していたが、その戦意は些かの衰えも無い。
2人が負傷しながらも戦いを互角に進める事が出来た訳は2つあった。一つはスフィーロの劣勢でサイサリスが戦闘に集中出来ず、戦い方が雑になっていた事。そしてもう一つは・・・
「ナターリアが居なかったら3回位死んでてもおかしくねぇな」
「ハァ、ハァ、・・・お、お陰で魔力がもう空だ、ぞ・・・」
ベロウとアイオーンを支援していたナターリアもその場に膝を付いて荒い呼吸を繰り返している。ナターリアは自分では有効な打撃を与える事が出来ない事は分かっていたので、最後方から撹乱と防御を手助けしていたのだった。サイサリスの全周爆破など、ダメージを防ぐ事が難しい攻撃も、ナターリアが防壁を張る事で2人を救っていたのだ。
「3人共、これを飲んでおけ」
悠が『冒険鞄』から『治癒薬』を取り出すと、3人にそれぞれ渡していく。これで手持ちの『治癒薬』は底を付いてしまったが、事が終わればまた買い足せばよいのだ。
「んぐ・・・ぷはぁ、染み渡るぜぇ・・・」
「感謝する」
「んく、んく、・・・ふぅ、あ、ありがとう、ユウ」
3人はそれぞれ受け取って一息付いた。長時間の戦闘では無かったが、これまでの人生のどの戦いよりも緊張を強いられた戦いだったので、それも無理は無い。
「お、ナターリアが素直に礼を言える様になったぜ、へっへっへっ」
「げ、下種な笑い方をするな!! わ、私とて感謝の気持ちを言葉に表す位の事はする!!」
「口移しじゃ無くて残念だったんじゃねぇのかね?」
「小さい声で何を言っている!? 聞こえる様に話さんか、バロー!!」
「騒々しい連中だな・・・ん?」
ベロウとナターリアの言い合いに辟易としてアイオーンが首を巡らすと、悠が地面に屈んで何かを拾い集めていた。
「ユウ、何をしているのだ?」
「スフィーロの鱗を拾っている・・・それと、これだ」
悠が掲げて見せたのは緑色の宝石が嵌ったペンダントだった。それを見たベロウとアイオーンの表情が驚きに包まれる。それもそのはずで、そのペンダントは普段悠の首にぶら下がっている物と酷似していたからだ。
「ま、まさか・・・ユウ、それは・・・!」
「ああ・・・スフィーロだ。強制的に竜器に転化させた」
「そんな事が可能なのか!?」
「魂・・・『星幽体』までを完璧に制御出来なければ不可能だ。それに個体としてあまりに脆弱でも竜器として形を成さん。魂の消滅してしまうからな」
悠の放った『竜ノ爪牙・強制転化』は融合奥義であり、肉体を竜器に再構成し、精神と魂をそれに封じ込める技だ。破壊と再生を同時に行う奥義であり、その消耗も激しい。
「で、でもよ、それがあれば、もしかして俺でも『竜騎士』になれる・・・のか?」
「なれるとも言えるし、なれんとも言える」
ベロウの目に一瞬渇望の色が宿ったが、悠の言葉を聞いて疑問符を浮かべた。
「どういうこった?」
「竜器を持てば誰でも『竜騎士』になれるほど『竜騎士』は甘く無い。まず第一に竜器は意思を持つ存在であり、相性もある。竜器の中の竜に認められなければ、これはただの宝石に過ぎん。そしてこの中に封じられているのはスフィーロだ。俺達に力を貸すはずも無い」
「なんだよ・・・敵に使っても意味ねぇじゃねぇか。なんでそんな手間を掛けたんだよ、ユウ?」
「・・・人間を殺す事は許容出来んが、スフィーロはそこまで邪悪なドラゴンでは無いと感じた。だからこうしたまでだ」
理解不能とばかりにベロウは肩を竦めた。反面、その竜器を熱い目で見つめるのはアイオーンだ。
「・・・私に譲ってくれ、ユウ。必ずやそのドラゴンを使役してみせる!」
「見当違いも甚だしいぞ、アイオーン」
アイオーンの申し出を悠は一言の下に切り捨てた。
「使役でも支配でも、ましてや屈服でも無い。竜と心を繋ぐとは思いを重ねる事だ。その様な了見の者に竜器は譲れんよ」
そう言って悠は竜器を自らの首に掛けた。
「私の思いが貴様に分かるのか、ユウ?」
アイオーンが槍を悠に突きつけたが、悠の顔には何の変化も及ぼさない。
「お、おい、アイオーン!」
「私には力が必要なのだ!! 誰にも負けぬ力が!! でなければ、奴を討つ事など到底・・・」
冷静なはずのアイオーンの顔には隠しようも無い焦燥があった。
「・・・私やコロッサスが属していたパーティー『六眼』は魔族と戦い、そして敗れた・・・仲間の一人は殺され、私達も半死半生の傷を負い、パーティーは解散した。・・・今でも夢に見る、傷付き倒れていく仲間達の姿を。断末魔の叫びを! コロッサスは諦めた様だが、私は諦めん! 必ず奴に復讐の刃を突き立てるのだ!! だからその竜器を私に渡せ、ユウ!!」
「・・・コロッサスが諦めた、だと? 『氷眼』も熱で曇っていると見える」
「何?」
悠は厳しい目付きでアイオーンを睨みながら続けた。
「ならば貴様とコロッサスが手合わせし、勝ったなら竜器を渡そう。だが、負けたなら諦めろ。貴様にはまだ早いという事よ」
「・・・その言葉、忘れるなよ、ユウ!」
とりあえず槍を下ろしたアイオーンは外に向けて歩き去っていった。
「・・・いいのか、ユウ? コロッサスに内緒でそんな事決めちまってよ?」
ベロウが顰め面で悠に問い質した。
「確かに勝手ではあるが、俺がいくら叩きのめしてもアイオーンは諦めぬだろう。ならば元パーティーメンバーであるコロッサスが適任だ。それに・・・コロッサスは負けぬよ」
「いやに言い切るじゃねぇか?」
「2人の手合わせを見ればお前にも分かる。それよりそろそろ出立するぞ。薬はもう効いているだろう?」
「ん? おお、もう大丈夫だ。ナターリアは・・・」
立ち上がったベロウはナターリアを見たが、未だナターリアは青い顔をして俯いていた。
「ま、待て、魔力の枯渇は体力ほど早く回復しないのだ」
「ではこれも飲んでおけ」
悠はクエイドに貰った『魔力回復薬』を取り出すと、ナターリアに渡した。それを受け取って飲むナターリアを見ながら、悠は今更の事に気が付いた。
「そういえば、このままナターリアを置いて行く訳にはいかんな」
「ってもよ、俺達がエルフの領域に入るのはまずいぜ? 問答無用で攻撃されちまう」
「・・・ふむ、仕方が無い。俺が飛んで送っていく。アイオーンとバローは先に帰路に着け。アザリアの町で落ち合おう」
ドラゴンを退治したと言っても、今度は魔物が戻って来て襲われるかもしれないので、ここでナターリアを放置する事は出来ない。手短に済ませるには、悠が送っていくのが一番手っ取り早いのだ。
「何の話だ? 飛んでいく? 何を言っている?」
「あー・・・まぁ、見れば分かるって。頼んだぜ、ユウ」
一々説明するのが面倒になったベロウが手をひらひらと振りながら外に向けて歩き去っていった。そしてその場に悠とナターリアだけが残される。
「・・・」
「・・・」
悠はナターリアの回復を待つ間無言で座っており、ナターリアはちらちらと悠を見ながら口を開いたり閉じたりしていたが、やがて意を決して悠に声を掛けた。
「ゆ、ユウ! こ、今回の事は感謝している! 認めたくは無いが、お前達が居なければ私はこの山で屍を晒していただろう・・・仲間の事は残念だが、せめて遺髪を持って帰る事が出来るのもお前のお陰だ・・・か、感謝する!」
散々迷いながらも、最後の言葉と共にナターリアは頭を下げた。他の人間が見たら驚愕を隠せなかっただろう。大陸広しといえど、エルフが人間に頭を下げるなど、前代未聞の事なのだから。
「サイサリスとの戦いではナターリアの力無くしてはベロウもアイオーンもあれだけの怪我では済まなかっただろう。俺からも感謝する。・・・それと、これを持っていけ」
悠は鞄から戦いの中で撒き散らされたサイサリスの鱗を数枚、ナターリアに手渡した。
「ユウ、これは・・・?」
「ナターリアの戦利品だ。これを持って国で告げるがいい。脅威となっていたドラゴンは追い払ったとな」
「ば、馬鹿な!? 私は何も!」
「いいから受け取っておけ。証拠が無くば納得しない者も居よう。お前の務めは民に安心を与える事だ。それに、俺の事は秘密にしておいてくれると助かるのでな」
思わず返そうとするナターリアの手に自分の手を添えて、悠はサイサリスの鱗をもう一度ナターリアに握らせた。悠の手に触れて、ナターリアの顔が赤く染まる。
「う・・・わ、分かった・・・これは貰っておく。・・・ゆ、ユウ、お前も手を出せ」
ナターリアは受け取った鱗を腰の袋にしまうと、代わりに一対の指輪を取り出した。
「これは『伝心の指輪』という魔道具だ。片方を持っている者に自分の言葉を伝える事が出来る。・・・今回の件でユウには随分と散財をさせた。この借りは必ず返す! 連絡するから、その時に金銭で賄おう。・・・ちゃ、ちゃんと持っていろよ!!」
ナターリアは長い耳の先まで赤く染めながら、悠に指輪の片方を手渡した。しばらくその指輪を見て考えていた悠だったが、やがてそれを懐にしまった。
「分かった、頂いておく。・・・ではそろそろ出るぞ、ナターリア」
悠が立ち上がり、ナターリアに手を差し伸べると、ナターリアも素直にその手を取って立ち上がった。・・・いつからだろうか? ナターリアは悠の手を取る事に違和感を感じなくなっていた。
(エルフの女性が男に指輪を送る意味を、ユウは知りはしないだろうな・・・フン、いいさ、これはあくまで伝達手段として渡したのだ。わ、私に他意など無い!!)
誰も聞いていない言い訳を心の中で述べて、悠とナターリアは並んで外へと歩いて行ったのだった。
随分としおらしくなりました、ナターリア。反面、アイオーンはこじらせ気味です。




